行きずり

美里

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 その夜、雛子がおんなを引っかけたのは、別に特別なことではなかった。時々あることだ。ただ、自分が投げやりになっている気配は感じていた。いつもなら、おんなを引っかけるのは路上か、適当に入った大箱のビアンバーのどちらかだった。行きつけのバーでおんなを引っかけることはなかった。めんどうごとは極力避けたかったからだ。だから、自分の名前すら、普段は相手に明かしていなかった。
 「男のひとに、身体を触られたりするのが嫌いなの。不潔な感じがするのよ。」
 そのおんなは、まだ子どもと行っていいほど若かった。行きつけのビアンバーのカウンターで一人酒を飲んでいた雛子の隣に座り、バーテン相手に、そんなことを言っていた。見たことのない顔のおんなだな、と、雛子は思った。バーはカウンターが8席あるだけの狭い店で、客はほとんど常連しかいなかったので、お互いの顔は把握しあっていた。その中で、新顔のその若いおんなは、ひどく浮いていた。
 デニムのミニスカートに、黒いオフショルダー、青のスニーカー。細く小さな身体と長い巻き髪にそれらはよく似合っていたけれど、雛子の好みではなかった。雛子は、白いブラウスにパステルカラーのスカートを合わせるような女が好きだった。だから、おんなの言葉に反応なんてする気はまるでなかったのに、なぜだか勝手に口が動いていた。
 「へえ、それでおんなを試しに来たんだ?」
 もっと、違うことを言ってやってもよかった。おんなが嘆いていた内容は、彼女が同性愛者だからというよりは、幼い潔癖からきているだけで、適当な男と交際してみればそのうち緩和されるだろうと、教えてやってもよかった。それなのに、なぜだか。
 雛子が女をナンパするところを見たことがないバーテンが、驚いたように肩をすくめた。多分彼女は、そのおんなの幼い潔癖を指摘してやるつもりだったのだと思う。雛子が、余計なことを言わなければ。
 「……だって、男のひとが、好きじゃないんだもの。」
 おんなは軽く眉を寄せ、雛子の方を見た。そしてその顔が、やっぱり幼い期待でごく淡い桃色に染まる。雛子は、自分の外見が、男嫌いの若いおんなに刺さることを知っていたから、にこりと誘惑的に微笑んで見せた。
 「じゃあ、私で試してみる?」
 好奇心や、性的な関心からではなくて、ただの投げやりから出た言葉だと、自覚はしていた。バーテンが、たしなめるような目でこちらを見ているのも分かる。それでも雛子は構わず、おんなの腰に手を回すと、勘定をすませて店を出た。
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