金魚の庭

美里

文字の大きさ
20 / 44

しおりを挟む
新しいジーンズをはいて帰ってきた私を見て、男はきつく眉を寄せた。
 「なつみか?」
 私は無言で首を振り、男の横をすり抜けて自室に引っ込もうとした。男と二人で住んでいたアパートには、ごく狭くはあったが、一応私の自室があったのだ。
 しかし男は私の腕を掴み、じゃあ、どうした、と言った。
 「自分で買った。」
 男の目を挑むように見上げて答えると、男は目に見えて怯んだ。昔からそうだ。私は無力な子供だったのに、男はそれでも律儀に私に怯えた。
 「金は?」
 「自分で稼いだ。」
 そこで男はさらに怯んだ。私の売春を責める資格が自分にあるのかと、そんな自問自答でもしたのだろう。私は子供だったのだから、問答無用で叱り付けて部屋に閉じ込めでもすればいいものを。
 「金が必要なら、」
 「いらない。」
 男の言葉を遮って吐き捨てる。男はそれ以上なにも言わなかった。ひどく硬くて冷たい数秒間。
 やがて私は痺れを切らして男の胸のあたりを拳で殴りつけた。
 「なんか言ったらどうなの!?」
 何度も何度も全力で拳を叩きつけながら発した言葉は、ほとんど悲鳴だった。母のようなことをしている。そう思うと尚更振り上げる手が止まらなくなった。
 男は母に殴られていた時と同じように、無抵抗に私の拳を受けとめていた。
 「言えよ!!」
 叫ぶ私と、俯いた男。部屋の空気は完全に冷え切って、夏だというのに凍えそうなくらいだった。
 私は男を殴るのをやめ、買ったばかりのジーンズを毟り取るように脱いだ。まだ身に馴染まずごわつくそれを、男の顔に投げつける。男は微動だにせずそれを受けとめ、そっと床に下ろした。むき出しになった私の下着は、隠しようもなく血で汚れていた。
 男はフローリングに膝をつき、私の肌に触れないように慎重にその下着を脱がせようとした。その動作にきっちりと貼り付けられた理性にどうしようもなく苛立った私は、途中で男の手をふりはらい、自分で血まみれの下着を脱いだ。
 「痛い?」
 その問いは、母親と暮らしていたアパートを出た夜と同じトーンでなされた。私は男の髪を両手で鷲掴みにし、乾いた血がパリパリになってこびりついている下肢にその顔を押し付けた。
 私の血と、誰だかも知らない男の精液の臭い。それを嗅ぐ義務が男にはあると思った。私の父親であろうが、なかろうが。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...