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望んでいた通りの言葉を与えられたソラは、その空しさに驚いていた。自分がただの身代わりだとはっきり知ってしまったからだろうか。もう、純粋にユウのそばにいたいと、それだけを願っていた頃には戻れないのだ。
「……院長さんと、なに、話してきたんですか。」
ソラが、どうしようもない空しさを抱えたまま、崩れ落ちそうな自分を律して淡々と問うと、ユウは俯いて静かに答えた。
「……別に、大したことは話してないよ。……最近どうしてるのかとか、そんなこと。俺、売春してるの黙ってるから、嘘ばっかりついたよ。話したこと、全部嘘だ。」
途中から、声がひどくひび割れた。全部嘘だ、と口にしたときには、聞き取るのも難しいくらいに。
ソラは、自分とはじめて会ったときのユウの様子を思い出していた。
しつこい客でさ、家に来るってきかなくて、困ってたんだ。
そう、あっけらかんと言ったユウ。そこに、男娼であることを隠そうとする意思は全くなかった。
そんなものだろう、と思う。やっぱりユウにとって自分は単なる代用品でしかなくて、嘘をついて守ろうとする価値すらなかった。
ソラは、ユウの肩を抱こうとして、躊躇い、その手を下した。触れるのは、怖かった。孤独な孤児としての身体が、体温に負けてしまう。
「嘘は、悪いことじゃないですよ。何事も永遠じゃないんだから、つける嘘はついておけばいいと思います。」
ソラに言えるのは。それだけだった。イズミもソラも去れば、ユウはきっと、孤独になるのだろう。聖人と言われるような院長との仲が進展するとも思えない。それを分かって、離れていくのだから、これ以上、ユウにかけられる言葉なんかない。
ユウは、なにも言わなかった、なにも言わないで、ソラの手を握った。一瞬後、ソラが頷くと、その手はほどけた。もっと強く掴んで、離さないでくれ、と、地を這うように祈る自分がいることに、ソラはちゃんと気が付いていた。気が付いて、でも、気が付かないふりをしていたのだ。
部屋のドアを開け、朝の眩い日差しが射す路地に足を踏み出す。背後のドアは、後ろ手でそっと閉めた。振り返る勇気はなかった。
「もう終わり?」
すらりとそんな物言いをしたのは、ドアのすぐ横で煙草を吸っていたイズミだった。ソラは、自分がとても疲れていることに気が付いて、深く長い息をつきながら、はい、とだけ答えた。
「そう。じゃあ、中華屋。話しつけに行くよ。」
そんなソラに構わず、イズミは先に立ってすたすたと歩きだした。ソラは慌ててその背中についていきながら、ユウとのことはもう、思い出すまい、と念じた。もう、ずっと、そう、一人で生きて行けるようになるまでは、なにも思い出すまい。
「……院長さんと、なに、話してきたんですか。」
ソラが、どうしようもない空しさを抱えたまま、崩れ落ちそうな自分を律して淡々と問うと、ユウは俯いて静かに答えた。
「……別に、大したことは話してないよ。……最近どうしてるのかとか、そんなこと。俺、売春してるの黙ってるから、嘘ばっかりついたよ。話したこと、全部嘘だ。」
途中から、声がひどくひび割れた。全部嘘だ、と口にしたときには、聞き取るのも難しいくらいに。
ソラは、自分とはじめて会ったときのユウの様子を思い出していた。
しつこい客でさ、家に来るってきかなくて、困ってたんだ。
そう、あっけらかんと言ったユウ。そこに、男娼であることを隠そうとする意思は全くなかった。
そんなものだろう、と思う。やっぱりユウにとって自分は単なる代用品でしかなくて、嘘をついて守ろうとする価値すらなかった。
ソラは、ユウの肩を抱こうとして、躊躇い、その手を下した。触れるのは、怖かった。孤独な孤児としての身体が、体温に負けてしまう。
「嘘は、悪いことじゃないですよ。何事も永遠じゃないんだから、つける嘘はついておけばいいと思います。」
ソラに言えるのは。それだけだった。イズミもソラも去れば、ユウはきっと、孤独になるのだろう。聖人と言われるような院長との仲が進展するとも思えない。それを分かって、離れていくのだから、これ以上、ユウにかけられる言葉なんかない。
ユウは、なにも言わなかった、なにも言わないで、ソラの手を握った。一瞬後、ソラが頷くと、その手はほどけた。もっと強く掴んで、離さないでくれ、と、地を這うように祈る自分がいることに、ソラはちゃんと気が付いていた。気が付いて、でも、気が付かないふりをしていたのだ。
部屋のドアを開け、朝の眩い日差しが射す路地に足を踏み出す。背後のドアは、後ろ手でそっと閉めた。振り返る勇気はなかった。
「もう終わり?」
すらりとそんな物言いをしたのは、ドアのすぐ横で煙草を吸っていたイズミだった。ソラは、自分がとても疲れていることに気が付いて、深く長い息をつきながら、はい、とだけ答えた。
「そう。じゃあ、中華屋。話しつけに行くよ。」
そんなソラに構わず、イズミは先に立ってすたすたと歩きだした。ソラは慌ててその背中についていきながら、ユウとのことはもう、思い出すまい、と念じた。もう、ずっと、そう、一人で生きて行けるようになるまでは、なにも思い出すまい。
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