観音通りにて・駆け落ち、その後

美里

文字の大きさ
14 / 31

しおりを挟む
銭湯みたいな暖簾をくぐったサチさんは、風呂場にいた女郎全員に一気に囲まれた。総勢8人。それだけの女たちが一斉に口を開くから、風呂場はわあわあと反響して凄まじい騒ぎになった。
 「身請けを断ったって本当?」
 「堺さんはいい男だったのに。」
 「堺さんじゃなくて近藤さんじゃなかったの?」
 「どっちだって同じよ。断ったんでしょ?」 
 「どうして?」
 「男がいるから?」
 「ねえ、どうして?」
 裸の女たちに取り巻かれたサチさんは、おかしそうに笑っていた。
 私はサチさんが、断ったわよ、堺さんね、男がいるからよ、などと応えているのを横目で見ながら、身体をざっと洗い、ちゃぽんと湯船に入った。
 すると、湯船の中に一人、女がいることに気がついた。
 唯一サチさんを囲む輪に加わっていなかったのは、削げた頬と短い髪が目立つ、痩せた女だった。
 私は、この女の人は、サチさんと仲が悪いのだろうか、と一瞬思ったけれど、彼女がサチさんを見る目でそうではないと知れた。
 逆だ。この人は、サチさんを単なる好奇心で質問攻めになんてできないくらい、サチさんと仲がいいのだ。
 しばらくして、ようやく女たちの輪から逃れたサチさんが、私の隣にやってきた。
 サチさんは削げた頬の女に向かってちょっとだけ笑い、あんたと同じになったわね、と言った。
 私はそれで、この女もかつて、サチさんみたいに身請けばなしを断ったことがあるのだと知った。
 女は、削げた頬に笑みを浮かべた。それは、単に微笑と言うには苦すぎる表情に見えた。
 「同じじゃない。私は絶対に迎えに来ない人を待っているバカ野郎だけど、サチさんはそうじゃない。」
 女の声は低く、耳に優しかった。私は、この女もきっと、サチさんみたいな売れっ子なのだろうな、とその声を聞いて思った。
 「同じよ。」
 サチさんも、女と同じような笑みを浮かべた。
 「浩一だって、私を待ってるわけないもの。……私がここに来て、もう8年よ。」
 女は短い自分の髪を片手で梳き下ろしながら、8年なんて、と呟いた。
 「きっと、待ってるよ。」
 女の言葉はぎこちなかった。私は、この人はなんて正直なんだろう、と、胸を締め付けられる気分になった。
 それは、多分サチさんも同じだったのだろう。彼女は白く細い両腕を伸ばし、ざばり、と女を抱きしめた。
女は、驚いたように固まっていた。私も驚いた。サチさんは、そのまま少しだけ泣いた。サチさんの涙は、湯船に紛れてすぐ消えた。私は、サチさんを取り囲んだ女たちがこの涙に気が付かないように、一心に祈った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...