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銭湯みたいな暖簾をくぐったサチさんは、風呂場にいた女郎全員に一気に囲まれた。総勢8人。それだけの女たちが一斉に口を開くから、風呂場はわあわあと反響して凄まじい騒ぎになった。
 「身請けを断ったって本当?」
 「堺さんはいい男だったのに。」
 「堺さんじゃなくて近藤さんじゃなかったの?」
 「どっちだって同じよ。断ったんでしょ?」 
 「どうして?」
 「男がいるから?」
 「ねえ、どうして?」
 裸の女たちに取り巻かれたサチさんは、おかしそうに笑っていた。
 私はサチさんが、断ったわよ、堺さんね、男がいるからよ、などと応えているのを横目で見ながら、身体をざっと洗い、ちゃぽんと湯船に入った。
 すると、湯船の中に一人、女がいることに気がついた。
 唯一サチさんを囲む輪に加わっていなかったのは、削げた頬と短い髪が目立つ、痩せた女だった。
 私は、この女の人は、サチさんと仲が悪いのだろうか、と一瞬思ったけれど、彼女がサチさんを見る目でそうではないと知れた。
 逆だ。この人は、サチさんを単なる好奇心で質問攻めになんてできないくらい、サチさんと仲がいいのだ。
 しばらくして、ようやく女たちの輪から逃れたサチさんが、私の隣にやってきた。
 サチさんは削げた頬の女に向かってちょっとだけ笑い、あんたと同じになったわね、と言った。
 私はそれで、この女もかつて、サチさんみたいに身請けばなしを断ったことがあるのだと知った。
 女は、削げた頬に笑みを浮かべた。それは、単に微笑と言うには苦すぎる表情に見えた。
 「同じじゃない。私は絶対に迎えに来ない人を待っているバカ野郎だけど、サチさんはそうじゃない。」
 女の声は低く、耳に優しかった。私は、この女もきっと、サチさんみたいな売れっ子なのだろうな、とその声を聞いて思った。
 「同じよ。」
 サチさんも、女と同じような笑みを浮かべた。
 「浩一だって、私を待ってるわけないもの。……私がここに来て、もう8年よ。」
 女は短い自分の髪を片手で梳き下ろしながら、8年なんて、と呟いた。
 「きっと、待ってるよ。」
 女の言葉はぎこちなかった。私は、この人はなんて正直なんだろう、と、胸を締め付けられる気分になった。
 それは、多分サチさんも同じだったのだろう。彼女は白く細い両腕を伸ばし、ざばり、と女を抱きしめた。
女は、驚いたように固まっていた。私も驚いた。サチさんは、そのまま少しだけ泣いた。サチさんの涙は、湯船に紛れてすぐ消えた。私は、サチさんを取り囲んだ女たちがこの涙に気が付かないように、一心に祈った。
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