守護神

美里

文字の大きさ
2 / 26

しおりを挟む
なんで泣いているの、なんて訊けなかった。永遠子のすっきりとうつくしい両目には、陽奈子より苛烈な色が浮かんでいたから。うつくしい少女の燃える瞳は、私を夢遊病者のように完全に虜にした。
 私たちは、黙って向かい合ったまま、数十秒間過ごした。私は永遠子に見とれ、永遠子は私を睨んでいた。
 無言の間の後、永遠子は前に向き直り、そのまま歩き去って行こうとした。
 私はどうしていいのか分からず混乱したまま、永遠子に手を伸ばした。
 私の手は、永遠子の腕をかすった。真っ白い永遠子の腕は、ひどく冷たかった。その日は、もう夏に近い日差しが射していたというのに。
 永遠子は、私の腕を振り払った。強く。
 「新島さん、」
 必死だった。幼い私の薄い胸の中で、恋心が鮮烈に叫んでいた。
 「新島さん、」
 名前を呼ぶしかできない私を、永遠子は静かに身体ごと振り返った。もう両目に涙の色はなく、ただくっきりと黒い双眸が私を映していた。
 多分永遠子には、この時もう、私が永遠子を好きだと分かっていたのだと思う。永遠子は大人びていたし、私は幼すぎた。
 「なあに、三倉さん。」
 静かな声だった。中学一年の女の子の声とは思えないくらい、しんと深い雪みたいに。
 呼ばれた私は、縋るように一歩、彼女に近づいた。
 彼女はその場に立ったまま、じっと私を見ていた。細い風に、彼女の長い黒髪がひらひらと踊っていた。
 「……うちに、寄って行って。」
 声は、情けないくらい掠れた。あまりに唐突な台詞だと理解していたし、きっと断られると、そのことだって分かっていた。
 永遠子は少しの間黙っていた。そして、ぎゅっと握りしめて震える私の両手を見た。身体に沿って垂らしたそれは、私の緊張と必死さをありありと示していた。
 こんな、懇願するみたいな声を出したら、変に思われる。分かっていても、誤魔化す言葉さえ出てはこなかった。
 「……うん。」
 ぽつん、と永遠子が言った。低く落ち着いた声だった。
 え、と、私は裏返った声を出した。
 永遠子が、じわりと滲むように笑った。
 「三倉さんのうちって、あの大きな木のところでしょう。」
 「うん。」
 「行ってみたかったわ。」
 「うん。」
 信じられないような気がして、うん、と、それ以上の言葉が出なかった。永遠子はそんな私を見て、赤い唇を笑わせていた。永遠子が私をどんなふうに見ていたのかは分からない。ただ、あの頃の永遠子は、私の恋心を玩ぶほどひどい性格をしていなかったとは、信じたい。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

初体験の話

東雲
恋愛
筋金入りの年上好きな私の 誰にも言えない17歳の初体験の話。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...