守護神

美里

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それでも私には、永遠子に愛のありかたなんて嘯くことはできなかった。やはり、そこに伴う責任を背負う度胸がなくて。
 「……きっと、違うわね。」
 呟いた私の声は、私自身の耳にも、ぞっとするほど寂しそうに聞こえた。
 「違うの?」
 永遠子はやはり無心に尋ねてきた。
 「ええ。」
 私は頷いて、永遠子に伸ばしかけた手を引っ込めた。すると、永遠子は私のその手を取って、自分の胸元に引き寄せた。それは、とても滑らかで自然な動作だった。そこに微塵の好意も含まれていないと分かってしまうくらいの滑らかさ。永遠子はずっとこうして生きてきたのだろう、と、私は切なく思った。ずっとこうやって、自分に向けられる好意を見逃さず、確実に手玉にとって生きてきたのだろう。
 「……ほんとうに? 私、あなたを好きならいいのにって、ずっとずっと思ってきたんだけど、やっぱり違うの?」
 違う。好きならいいのにだなんて思う時点で、もう違う。私が永遠子に対してそうであったみたいに……そうであるみたいに、足元の穴に落ちるみたいにすっと気持ちを奪われる。それが恋だ。少なくとも、私にとっては。
 永遠子の柔らかさを感じた右手が泣いていた。もっと彼女に触れたいと、震えて泣いていた。永遠子には、それが分かったのだと思う。彼女は私の左手も引き寄せようとした。私は、それを拒んだ。
 「……久子?」
 永遠子が不思議そうに首を傾げる。分かっている。あの頃の私は条件反射みたいに永遠子に欲情し、手を伸ばした。こんなふうに永遠子を拒んだことはなかった。一度も。
 「……不思議ね。」
 永遠子が細い眉を軽く寄せて微笑んだ。
 「こうやって二人でいると、あの頃に戻ったみたいだわ。なのにあなたは、遠くにいるのね。」
 ええ、と、私は頷いた。それはただの強がりだった。本当は私の心はまだ永遠子の隣にいたし、右手どころか全身が泣いていた。それでも今の私には、強がることしかできなかった。
 「……ここに、しばらくいる?」
 多分永遠子には、東京にいられなくなった理由があるのだろう。そう思って発した台詞なのに、端々はまだ、未練に濡れていた。
 短い沈黙の後、永遠子は静かに首を横に振った。
 「私は、ここでは暮らせない。」
 私はここでは暮らせない。
 それがすべてだと思った、永遠子はここでは暮らせないし、私はここ以外では暮らせない。
 お母さん、と、細い声がした。
 部屋の入口のところに、不安そうな顔をした洋介くんが立っている。
 永遠子はすぐに私の手を離し、洋介くんのところへ行くと、彼の手を引いて寝室へと向かって行った。
 その晩私は、眠れなかった。早朝、永遠子と洋介くんがアパートを出て行く物音を、はっきりした意識で、目を見開いたまま聞いていた。
 別れの言葉、ひとつもなかった。それっきり、私は永遠子には会っていない。
 
 
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