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聖女降臨? 編
ミラクル1 召喚聖女は役立たず?
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「おお! 召喚成功だ!」
「やった! やったぞ!」
「聖女様! 聖女様だ!」
「どうか我らをお救いください!」
「万歳! 聖女様万歳!」
どうしよう、と見知らぬ異世界で、御手洗清美は途方に暮れる。目の前には赤や青や黄色や緑や紫といったとてもカラフルでお洒落なヘアスタイルが個性的な、褐色のイケメン青年達が集団で大喜びをしている。中には感極まったのか号泣している者もおり、とても気まずい。
パッと見いかにもオリエンタルな雰囲気を漂わせているお城、とても仰々しい祭壇の上に描かれた魔法陣の中心で、これから会社に行くつもりで家を出てきた格好で、私場違いじゃない? と困惑し立ち尽くす清美。女子中高生ならば様にもなろうが、アラサー女がやらされるにはちょっときついシチュエーションだという自覚はあった。そんな彼女の前に一歩踏み出し跪いたのは、いかにも王子様然としたワイルド系の銀髪のイケメン青年だった。
「遥か異郷の地より、よくぞ参られた聖女殿。私はサンドリヤン王国第一王子、タマリンド・C・サンドリヤン。どうかアナタ様の手で、この国を救って頂きたい」
「……む」
「む?」
「無理ですごめんなさい! 私には、どう足掻いても絶対無理!」
城内に響き渡る拒絶の絶叫。キラキラとした爽やかスマイルを曇らせる王子様以下、困惑に顔を引き攣らせるイケメン一同。ああもう、最悪の月曜日だ! と清美は頭を抱える。
☆★☆
聖女・御手洗清美にできること。それはドアを出したり消したりすること……だけ。そのドアの向こうには、ビジネスホテルが如きエアコン完備の手狭なユニットバスが広がっている。清潔で涼しく、洗面台には使い捨ての紙コップや歯ブラシ、カミソリに席巻等のアメニティも完備。
一旦外に出ればそれらは自動的に補充されるらしく、根性なしの現代人が異世界で暮らしていく上ではこの上なく便利な環境が整ってはいるものの……それでどうやって世界を救えと言うのか。
「つまりアナタが聖女としてできることは……」
「清潔なトイレをいつでもどこでも提供できることぐらい、ですね……」
さっきまではお祭り騒ぎだったイケメン達の間に、沈痛なお通夜ムードが漂う。無理もあるまい。救いの聖女を召喚した筈が、出てきたのがコレだったのだから、絶望するなという方が難しい。
「……我々が必要としているのは聖女であって、便所ではない」
「ですよねー! その、なんかごめんなさい! 何かの手違いだと思いますので、一旦クーリングオフしてもらって、神様に別の聖女様とチェンジしてもらってください! 世界とか救えそうな、ちゃんとした若い子に!」
「無理だ」
「え?」
笑って誤魔化すしかないため無理に愛想笑いを浮かべていた清美の笑顔が引き攣る。
「聖女召喚のための膨大な魔力は、皆が一丸となって十年がかりで必死にかき集めたものなのだ」
「それって、つまり」
「君を送還できるだけの魔力なんて残っていないし、再び貯まるにしても十年……ともすればそれ以上といったところか。悪いがその魔力は、別の聖女を召喚するために使わせてもらう」
空気が重い。どうすんだこの状況、笑うしかないを通り越して、乾いた笑いすら出ないぞ、と清美は通勤鞄を両手で握り締める。
「ふ、ふざけるな!」
「この聖女もどきが!」
「お前など聖女様ではない!」
「この魔女め!」
「どう落とし前をつけるつもりだ!」
ほらやっぱり、と清美は口々に浴びせかけられる罵声と敵意に満ちた憎悪の眼差しに拳を握り締める。だから異世界になんか来たくなかったんだ! と内心絶叫しながら、話が違うじゃねえか! これのどこがイージーモードで楽勝なんだよ! と件の銀髪糸目のイケメン神へありったけの暴言をぶつける。
「よさぬか見苦しい!」
「ですが殿下!」
「この女は我々の十年来の悲願を踏み躙ったのですぞ!」
「王家をコケにした報いを受けさせねば、王家の面子が立ちませぬ!」
「聖女召喚に失敗したと諸外国に漏れれば、サンドリヤン王国はいい笑い者だ!」
「王家の醜聞とならぬよう、口封じをすべきでは?」
「公開処刑だ! 邪悪な魔女が聖女召喚の邪魔をしたと国民達に知らしめれば、国民感情の怒りの矛先は全てこの女に向く筈!」
銀髪イケメン王子はなんとかこの場を穏便に収めようとしているものの、後ろのカラフルイケメン達は今にも剣を抜いて清美に襲いかかってきそうな雰囲気である。だがそうなる前に、清美がキレた。
「はあ!? ふっざけんじゃないわよ! 私だって好き好んでこんなところに連れて来られたわけじゃないってーの! そもそも他力本願で縁もゆかりもない聖女ひとりに一方的に全部なんとかしてもらおうって魂胆で無責任に責任を押し付けた挙げ句、都合のいい目論見が失敗したら逆ギレするその魂胆が浅ましくて見苦しいのよ!」
おとなしそうな地味眼鏡の印象から一転。突如鬼のような形相で暴言を吐き始めた清美に全員が呆気に取られる。が、彼女の名誉のために言っておくと、さすがにいつもこんなキレ方をするわけではない。
右も左も分からぬ異世界に放り出され、世界を救え、などと言われようにもつい30分ほど前までは平凡なただの社会人に過ぎなかった彼女が寄ってたかって悪意をぶつけられ、挙げ句公開処刑だ! などと言われたが故のパニックも相俟ってのものである。
「挙げ句何よ後悔処刑って! どういう神経してんのか信じらんない! お前らみたいな性根の腐ったクゾ共の国なんかだーれが救ってやるもんですか! 勝手に滅んじまえバーカバーカ!」
「この! 小娘があ!」
「言わせておけばいい気になりおって!」
「成敗してくれる!」
「もうよい! 捨て置け!」
中指を立てて一目散に、全力ダッシュで逃げ出した清美の後を追おうとカラフル頭のイケメン達が怒り心頭でいきり立つものの、銀髪イケメン王子の一喝により全員が身を竦ませる。
「救国の聖女ではないと判明した以上、もはやあやつに用はない! どこへなりとも消え失せるがいい! ……我々には、この国を救う義務があるのだ。役立たずの小娘ひとりに構っている暇なぞない! ……そうであろう?」
半ばヤケクソ気味にそう叫ぶ王子の言葉に、全員が意気消沈した様子で肩を落とす。一方、土地勘の全くない見知らぬ城の内部を、とりあえず出口っぽい方角目指して走り抜ける清美も、内心途方に暮れていた。
なんせ縁もゆかりも土地勘も身分証もお金もない異世界で、唯一助けになってくれるかもしれなかった王子様連中相手に盛大に喧嘩を売ったのだ。とはいえ、あの場であまりの言い草にキレたことについての後悔は全くない。彼女はあそこまでコケにされて、おとなしく黙って泣き寝入りするような女ではなかった。
そういう性格だから、色んな会社を転々として、ブラック企業からブラック企業へと行き当たりバッタリの出たとこ勝負で生きていくしかない人生を歩んできたのだから。その果てが日本どころか地球ですらない異世界だったとしても、それでも清美は自分の心に従って突き進む女なのである。
☆★☆
やってしまった、と清美は頭を抱えながら、砂漠の国の乾ききった街並みを散策していた。降り注ぐ日差しは真夏の猛暑日並みにきついが、湿気が皆無なためカラっと乾燥しているのはまだ救いか。左程高くはない石造りの建物の影に入れば、幾分か涼しいのは助かる。
とはいえデコボコした石畳をヒールで歩くのは辛いし、何より熱吸収の強い黒のスーツ姿では目立つ一方だ。アラビアンナイトめいた世界に日本人の女が独り紛れ込んではかなり浮いてしまうのもやむなし。町人達の『なんだあの女』といった訝しげな視線が方々から刺さる刺さる。
清美は誰もいない物陰でチートドアを呼び出すと、その中に一旦隠れた。エアコン完備のユニットバス内はとても涼しく、洗面台のノブを捻れば冷たい水もお湯も出る。清美は眼鏡を取ると砂漠の砂塵で汚れた顔を洗い、それから紙コップに冷水を注いで一気に飲み干した。
あれだけ怒鳴ったのと砂漠の街を歩き続けたのとで、喉がカラカラだったのだ。仕事鞄を漁ってその中に飲みかけのミネラルウォーターのボトルがあったのを確認すると、その中に水を注ぎ、それからスーツを脱いで、カーテンレールにぶら下がっていたハンガーにスーツの上着をかける。
ああ、本当に、これからどうしよう、と清美はバスタブのフチに座って途方に暮れた。頼れる相手は誰もいない。この世界で使えそうなお金もない。頼みの綱のこのチートドアだって、中にいる間は移動できないことに気付いたのだ。
もしあの王子野郎一派の追手がこのドアを包囲してしまった場合、清美は一生この中に引きこもっていることしかできないわけで。ほんとどうしたもんかな、と苛立ち紛れにグシャグシャ頭を掻けば、長い黒髪が乱れる。
何もかも全部、元を辿ればあの神様野郎のせいではないか。神様のバカヤロー! と内心盛大に叫びながら、清美は冷水の詰まったペットボトルを通勤鞄にしまい、ユニットバスを出る。とにもかくにも行動が必要だ。黙って引きこもっていても事態が進展しないことは、底辺社畜と底辺社畜の合間の無職機関でよーく思い知った。
眼鏡をかけ、帽子代わりにタオルかけにかかっていたタオルを取って頭に巻く。少しお行儀が悪いが、ブラウスのボタンは最低限を残して開けてしまおう。ストッキングは……脱がない方がいいか。足が砂まみれになりそうだし、と清美は恐る恐るドアを開けた。幸い周囲に人影はない。
それから三十分ぐらい、清美はこのサンドリヤン王国の王都であろう街中を歩いた。滅びかけの国と言うからには、異世界らしく魔王がいたり魔物が襲ったりしてくるのかと思いきや、どうもそうではなさそうである。
ミイラの如くガリガリに痩せた町民達は疲れ果てた様子で黙り込み、市場には活気も商品もほとんどなく、まるで国全体がスラム街といった様相だ。清美はブラック勤務時代に培ったコソコソ移動術で人目を避けつつ様子を探っていると、不意に広場の方から大声がした。
「頼む! 誰か、誰か水を売ってくれ! 金は幾らでも出す! なんなら小便でもいい!」
広場の真ん中で、虎の着ぐるみ……いや違う。アレは、獣人だろうか。腰に布を巻き、頭には羽根飾りのような髪飾りを挿して、原始的な槍を持った二足歩行のマッチョな虎が、人間の言葉で喋っているのを、さすがは異世界! とちょっと感動しながら清美は見つめる。
だが町民達はそんな彼を迷惑そうに、或いは憐れむように、痛ましげな視線を向けるばかりで、誰も水を売ってやろうという気はないようだ。
「頼む! 子供が死にそうなんだ! 俺に差し出せるものならなんでも差し出す! 俺にできることならなんでもする! だから、頼む! どうかこの通りだ!」
しまいには、広場のど真ん中で土下座を始める虎獣人。異世界にも土下座ってあるんだ、と感心している場合ではないと、清美はその虎の元へ一目散にすっ飛んでいった。
「あの! そこのアナタ! 今なんでもするって言いましたよね!」
這い蹲ったまま顔を上げた虎は、妙な格好の人間の女に面食らったかのように目を瞬かせる。
「あ、ああ。水、いや、小便でもいい。とにかく飲み物さえ売ってくれるのなら、なんでもするさ!」
「それって私に当面の食料と滞在できる場所をくださいって言ったらくれるんでしょうか!」
「そんなものでよければ幾らでも!」
やった! と心の中でガッツポーズしながら、清美は鞄から結露して水滴の滴る冷水の詰まったペットボトルを取り出す。
「これでどうでしょう!」
清美が差し出したペットボトルを、虎獣人は信じられないものを見つめる目で食い入るように見つめた。虎獣人だけではない。事の成り行きを遠巻きに見ていた砂漠の町民達もまた、あり得ない! とザワめき始めたではないか。
「こんなに!? ほ、本当にいいのか!?」
「別にいいですよこれぐらい。ささ、早く案内してください」
「すまない! 恩に着る! ありがとう、本当にありがとう!」
「ええ、幾らでも重ね着してください。そして私の当面の生活を保障して頂ければ御の字です」
清美の顔ぐらいある大きな両手でペットボトルを握り締めながら、咽び泣くマッチョな虎を相手にたかが水一本で何をそんなに号泣してるんですかね、と若干引いてしまいつつも、清美は愛を笑いを浮かべる。虎の目には、それが慈愛に満ちた聖女の微笑みのように映っているとも知らず。
「約束する! テオの名に懸けて! それじゃあ、ついてきてくれ!」
「は?」
呆気に取られる間も呼び止める間なく、虎獣人は自動車のような速さで走り去ってしまった。
「は? ちょっと! 待ちなさいよこの嘘吐き泥棒野郎!」
絶叫してももう届くまい。私が甘かった! と清美はガックリ肩を落とす。海外旅行先ではスリや詐欺やひったくりに気を付けろとは言うが、まさか異世界にもいるとは思わなんだ。そんな清美に、飢えた様子の町民達がゾンビ映画の如くフラフラと歩み寄ってくる。
「お恵みを!」
「どうか!」
「お水、頂戴!」
「うっさいわね! アイツに騙し取られちゃったからもう残ってないわよ!」
しっしっ! っと鬱陶しげに手を振る清美に、近寄ってきた老若男女はガックリとその場に崩れ落ちる。なるほど、この国では水はよっぽどの貴重品であるらしい。あの虎が言っていたように、それこそ小便すらも飲まなければ生きていけない程度には。
砂漠には乾季と雨季がある、程度の知識は清美にもある。なるほど、つまり今は乾季なのだろう。この国の人間達は、深刻な水不足に悩み、苦しめられているようだ。
「うう! こんな世界、こんな世界滅んじまえバカヤロー!」
嫌味なぐらい晴れ渡った青空に、清美の叫びが木霊する。なお逃げやがったとばかり思っていたあの虎男は、しばらくしてから猛烈な勢いで戻ってきた。
「君! なんでついて来ないんだ!? 頼む急いでいるんだ急いでくれ!」
「ついていけるかー! 一体何キロ出してんのよアンタ! 人間技じゃないわよ!」
どうやら獣人というのは、人間とは身体能力が大分違う生き物らしい。それなのに言葉は通じてるのよね、と今更ながらに首を傾げる清美を、虎はお姫様抱っこで抱き上げる。
「ちょっと!?」
「すまない! 本当に子供が死にそうなんだ! 辛抱してくれ!」
そう懇願されてしまっては、さすがに嫌とは言えない清美であった。
「やった! やったぞ!」
「聖女様! 聖女様だ!」
「どうか我らをお救いください!」
「万歳! 聖女様万歳!」
どうしよう、と見知らぬ異世界で、御手洗清美は途方に暮れる。目の前には赤や青や黄色や緑や紫といったとてもカラフルでお洒落なヘアスタイルが個性的な、褐色のイケメン青年達が集団で大喜びをしている。中には感極まったのか号泣している者もおり、とても気まずい。
パッと見いかにもオリエンタルな雰囲気を漂わせているお城、とても仰々しい祭壇の上に描かれた魔法陣の中心で、これから会社に行くつもりで家を出てきた格好で、私場違いじゃない? と困惑し立ち尽くす清美。女子中高生ならば様にもなろうが、アラサー女がやらされるにはちょっときついシチュエーションだという自覚はあった。そんな彼女の前に一歩踏み出し跪いたのは、いかにも王子様然としたワイルド系の銀髪のイケメン青年だった。
「遥か異郷の地より、よくぞ参られた聖女殿。私はサンドリヤン王国第一王子、タマリンド・C・サンドリヤン。どうかアナタ様の手で、この国を救って頂きたい」
「……む」
「む?」
「無理ですごめんなさい! 私には、どう足掻いても絶対無理!」
城内に響き渡る拒絶の絶叫。キラキラとした爽やかスマイルを曇らせる王子様以下、困惑に顔を引き攣らせるイケメン一同。ああもう、最悪の月曜日だ! と清美は頭を抱える。
☆★☆
聖女・御手洗清美にできること。それはドアを出したり消したりすること……だけ。そのドアの向こうには、ビジネスホテルが如きエアコン完備の手狭なユニットバスが広がっている。清潔で涼しく、洗面台には使い捨ての紙コップや歯ブラシ、カミソリに席巻等のアメニティも完備。
一旦外に出ればそれらは自動的に補充されるらしく、根性なしの現代人が異世界で暮らしていく上ではこの上なく便利な環境が整ってはいるものの……それでどうやって世界を救えと言うのか。
「つまりアナタが聖女としてできることは……」
「清潔なトイレをいつでもどこでも提供できることぐらい、ですね……」
さっきまではお祭り騒ぎだったイケメン達の間に、沈痛なお通夜ムードが漂う。無理もあるまい。救いの聖女を召喚した筈が、出てきたのがコレだったのだから、絶望するなという方が難しい。
「……我々が必要としているのは聖女であって、便所ではない」
「ですよねー! その、なんかごめんなさい! 何かの手違いだと思いますので、一旦クーリングオフしてもらって、神様に別の聖女様とチェンジしてもらってください! 世界とか救えそうな、ちゃんとした若い子に!」
「無理だ」
「え?」
笑って誤魔化すしかないため無理に愛想笑いを浮かべていた清美の笑顔が引き攣る。
「聖女召喚のための膨大な魔力は、皆が一丸となって十年がかりで必死にかき集めたものなのだ」
「それって、つまり」
「君を送還できるだけの魔力なんて残っていないし、再び貯まるにしても十年……ともすればそれ以上といったところか。悪いがその魔力は、別の聖女を召喚するために使わせてもらう」
空気が重い。どうすんだこの状況、笑うしかないを通り越して、乾いた笑いすら出ないぞ、と清美は通勤鞄を両手で握り締める。
「ふ、ふざけるな!」
「この聖女もどきが!」
「お前など聖女様ではない!」
「この魔女め!」
「どう落とし前をつけるつもりだ!」
ほらやっぱり、と清美は口々に浴びせかけられる罵声と敵意に満ちた憎悪の眼差しに拳を握り締める。だから異世界になんか来たくなかったんだ! と内心絶叫しながら、話が違うじゃねえか! これのどこがイージーモードで楽勝なんだよ! と件の銀髪糸目のイケメン神へありったけの暴言をぶつける。
「よさぬか見苦しい!」
「ですが殿下!」
「この女は我々の十年来の悲願を踏み躙ったのですぞ!」
「王家をコケにした報いを受けさせねば、王家の面子が立ちませぬ!」
「聖女召喚に失敗したと諸外国に漏れれば、サンドリヤン王国はいい笑い者だ!」
「王家の醜聞とならぬよう、口封じをすべきでは?」
「公開処刑だ! 邪悪な魔女が聖女召喚の邪魔をしたと国民達に知らしめれば、国民感情の怒りの矛先は全てこの女に向く筈!」
銀髪イケメン王子はなんとかこの場を穏便に収めようとしているものの、後ろのカラフルイケメン達は今にも剣を抜いて清美に襲いかかってきそうな雰囲気である。だがそうなる前に、清美がキレた。
「はあ!? ふっざけんじゃないわよ! 私だって好き好んでこんなところに連れて来られたわけじゃないってーの! そもそも他力本願で縁もゆかりもない聖女ひとりに一方的に全部なんとかしてもらおうって魂胆で無責任に責任を押し付けた挙げ句、都合のいい目論見が失敗したら逆ギレするその魂胆が浅ましくて見苦しいのよ!」
おとなしそうな地味眼鏡の印象から一転。突如鬼のような形相で暴言を吐き始めた清美に全員が呆気に取られる。が、彼女の名誉のために言っておくと、さすがにいつもこんなキレ方をするわけではない。
右も左も分からぬ異世界に放り出され、世界を救え、などと言われようにもつい30分ほど前までは平凡なただの社会人に過ぎなかった彼女が寄ってたかって悪意をぶつけられ、挙げ句公開処刑だ! などと言われたが故のパニックも相俟ってのものである。
「挙げ句何よ後悔処刑って! どういう神経してんのか信じらんない! お前らみたいな性根の腐ったクゾ共の国なんかだーれが救ってやるもんですか! 勝手に滅んじまえバーカバーカ!」
「この! 小娘があ!」
「言わせておけばいい気になりおって!」
「成敗してくれる!」
「もうよい! 捨て置け!」
中指を立てて一目散に、全力ダッシュで逃げ出した清美の後を追おうとカラフル頭のイケメン達が怒り心頭でいきり立つものの、銀髪イケメン王子の一喝により全員が身を竦ませる。
「救国の聖女ではないと判明した以上、もはやあやつに用はない! どこへなりとも消え失せるがいい! ……我々には、この国を救う義務があるのだ。役立たずの小娘ひとりに構っている暇なぞない! ……そうであろう?」
半ばヤケクソ気味にそう叫ぶ王子の言葉に、全員が意気消沈した様子で肩を落とす。一方、土地勘の全くない見知らぬ城の内部を、とりあえず出口っぽい方角目指して走り抜ける清美も、内心途方に暮れていた。
なんせ縁もゆかりも土地勘も身分証もお金もない異世界で、唯一助けになってくれるかもしれなかった王子様連中相手に盛大に喧嘩を売ったのだ。とはいえ、あの場であまりの言い草にキレたことについての後悔は全くない。彼女はあそこまでコケにされて、おとなしく黙って泣き寝入りするような女ではなかった。
そういう性格だから、色んな会社を転々として、ブラック企業からブラック企業へと行き当たりバッタリの出たとこ勝負で生きていくしかない人生を歩んできたのだから。その果てが日本どころか地球ですらない異世界だったとしても、それでも清美は自分の心に従って突き進む女なのである。
☆★☆
やってしまった、と清美は頭を抱えながら、砂漠の国の乾ききった街並みを散策していた。降り注ぐ日差しは真夏の猛暑日並みにきついが、湿気が皆無なためカラっと乾燥しているのはまだ救いか。左程高くはない石造りの建物の影に入れば、幾分か涼しいのは助かる。
とはいえデコボコした石畳をヒールで歩くのは辛いし、何より熱吸収の強い黒のスーツ姿では目立つ一方だ。アラビアンナイトめいた世界に日本人の女が独り紛れ込んではかなり浮いてしまうのもやむなし。町人達の『なんだあの女』といった訝しげな視線が方々から刺さる刺さる。
清美は誰もいない物陰でチートドアを呼び出すと、その中に一旦隠れた。エアコン完備のユニットバス内はとても涼しく、洗面台のノブを捻れば冷たい水もお湯も出る。清美は眼鏡を取ると砂漠の砂塵で汚れた顔を洗い、それから紙コップに冷水を注いで一気に飲み干した。
あれだけ怒鳴ったのと砂漠の街を歩き続けたのとで、喉がカラカラだったのだ。仕事鞄を漁ってその中に飲みかけのミネラルウォーターのボトルがあったのを確認すると、その中に水を注ぎ、それからスーツを脱いで、カーテンレールにぶら下がっていたハンガーにスーツの上着をかける。
ああ、本当に、これからどうしよう、と清美はバスタブのフチに座って途方に暮れた。頼れる相手は誰もいない。この世界で使えそうなお金もない。頼みの綱のこのチートドアだって、中にいる間は移動できないことに気付いたのだ。
もしあの王子野郎一派の追手がこのドアを包囲してしまった場合、清美は一生この中に引きこもっていることしかできないわけで。ほんとどうしたもんかな、と苛立ち紛れにグシャグシャ頭を掻けば、長い黒髪が乱れる。
何もかも全部、元を辿ればあの神様野郎のせいではないか。神様のバカヤロー! と内心盛大に叫びながら、清美は冷水の詰まったペットボトルを通勤鞄にしまい、ユニットバスを出る。とにもかくにも行動が必要だ。黙って引きこもっていても事態が進展しないことは、底辺社畜と底辺社畜の合間の無職機関でよーく思い知った。
眼鏡をかけ、帽子代わりにタオルかけにかかっていたタオルを取って頭に巻く。少しお行儀が悪いが、ブラウスのボタンは最低限を残して開けてしまおう。ストッキングは……脱がない方がいいか。足が砂まみれになりそうだし、と清美は恐る恐るドアを開けた。幸い周囲に人影はない。
それから三十分ぐらい、清美はこのサンドリヤン王国の王都であろう街中を歩いた。滅びかけの国と言うからには、異世界らしく魔王がいたり魔物が襲ったりしてくるのかと思いきや、どうもそうではなさそうである。
ミイラの如くガリガリに痩せた町民達は疲れ果てた様子で黙り込み、市場には活気も商品もほとんどなく、まるで国全体がスラム街といった様相だ。清美はブラック勤務時代に培ったコソコソ移動術で人目を避けつつ様子を探っていると、不意に広場の方から大声がした。
「頼む! 誰か、誰か水を売ってくれ! 金は幾らでも出す! なんなら小便でもいい!」
広場の真ん中で、虎の着ぐるみ……いや違う。アレは、獣人だろうか。腰に布を巻き、頭には羽根飾りのような髪飾りを挿して、原始的な槍を持った二足歩行のマッチョな虎が、人間の言葉で喋っているのを、さすがは異世界! とちょっと感動しながら清美は見つめる。
だが町民達はそんな彼を迷惑そうに、或いは憐れむように、痛ましげな視線を向けるばかりで、誰も水を売ってやろうという気はないようだ。
「頼む! 子供が死にそうなんだ! 俺に差し出せるものならなんでも差し出す! 俺にできることならなんでもする! だから、頼む! どうかこの通りだ!」
しまいには、広場のど真ん中で土下座を始める虎獣人。異世界にも土下座ってあるんだ、と感心している場合ではないと、清美はその虎の元へ一目散にすっ飛んでいった。
「あの! そこのアナタ! 今なんでもするって言いましたよね!」
這い蹲ったまま顔を上げた虎は、妙な格好の人間の女に面食らったかのように目を瞬かせる。
「あ、ああ。水、いや、小便でもいい。とにかく飲み物さえ売ってくれるのなら、なんでもするさ!」
「それって私に当面の食料と滞在できる場所をくださいって言ったらくれるんでしょうか!」
「そんなものでよければ幾らでも!」
やった! と心の中でガッツポーズしながら、清美は鞄から結露して水滴の滴る冷水の詰まったペットボトルを取り出す。
「これでどうでしょう!」
清美が差し出したペットボトルを、虎獣人は信じられないものを見つめる目で食い入るように見つめた。虎獣人だけではない。事の成り行きを遠巻きに見ていた砂漠の町民達もまた、あり得ない! とザワめき始めたではないか。
「こんなに!? ほ、本当にいいのか!?」
「別にいいですよこれぐらい。ささ、早く案内してください」
「すまない! 恩に着る! ありがとう、本当にありがとう!」
「ええ、幾らでも重ね着してください。そして私の当面の生活を保障して頂ければ御の字です」
清美の顔ぐらいある大きな両手でペットボトルを握り締めながら、咽び泣くマッチョな虎を相手にたかが水一本で何をそんなに号泣してるんですかね、と若干引いてしまいつつも、清美は愛を笑いを浮かべる。虎の目には、それが慈愛に満ちた聖女の微笑みのように映っているとも知らず。
「約束する! テオの名に懸けて! それじゃあ、ついてきてくれ!」
「は?」
呆気に取られる間も呼び止める間なく、虎獣人は自動車のような速さで走り去ってしまった。
「は? ちょっと! 待ちなさいよこの嘘吐き泥棒野郎!」
絶叫してももう届くまい。私が甘かった! と清美はガックリ肩を落とす。海外旅行先ではスリや詐欺やひったくりに気を付けろとは言うが、まさか異世界にもいるとは思わなんだ。そんな清美に、飢えた様子の町民達がゾンビ映画の如くフラフラと歩み寄ってくる。
「お恵みを!」
「どうか!」
「お水、頂戴!」
「うっさいわね! アイツに騙し取られちゃったからもう残ってないわよ!」
しっしっ! っと鬱陶しげに手を振る清美に、近寄ってきた老若男女はガックリとその場に崩れ落ちる。なるほど、この国では水はよっぽどの貴重品であるらしい。あの虎が言っていたように、それこそ小便すらも飲まなければ生きていけない程度には。
砂漠には乾季と雨季がある、程度の知識は清美にもある。なるほど、つまり今は乾季なのだろう。この国の人間達は、深刻な水不足に悩み、苦しめられているようだ。
「うう! こんな世界、こんな世界滅んじまえバカヤロー!」
嫌味なぐらい晴れ渡った青空に、清美の叫びが木霊する。なお逃げやがったとばかり思っていたあの虎男は、しばらくしてから猛烈な勢いで戻ってきた。
「君! なんでついて来ないんだ!? 頼む急いでいるんだ急いでくれ!」
「ついていけるかー! 一体何キロ出してんのよアンタ! 人間技じゃないわよ!」
どうやら獣人というのは、人間とは身体能力が大分違う生き物らしい。それなのに言葉は通じてるのよね、と今更ながらに首を傾げる清美を、虎はお姫様抱っこで抱き上げる。
「ちょっと!?」
「すまない! 本当に子供が死にそうなんだ! 辛抱してくれ!」
そう懇願されてしまっては、さすがに嫌とは言えない清美であった。
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聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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