トイレの聖女様! ~我々が必要としているのは聖女であって便所ではない! と追放された召喚聖女、砂漠の獣と奇跡を起こす!~

神通力

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聖女降臨? 編

ミラクル3 大嫌いからの大好きは鉄板?

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トイレの聖女様による便所飯を済ませ、外に出ようとドアを開けたら虎がいた。慌てて閉めた。何今の? と頭を抱える御手洗清美。何も何もアレはそう、ンノカジ族の族長とかいうクソオヤジだった気がする。向こうも相当驚いていたようだが、それ以上に清美も心臓が止まるかと思った。それぐらい驚いた。

「女、我らに敵意はない」

ドア越しに虎男の声が聞こえてくる。マジ? 防音性薄くない? と清美がどうすべきか迷っているが、そんな心の迷いが族長の声を通していることに彼女は気付いていない。仮にも神様から与えられたチートである。その気になれば完全に防音できるということはつまり、清美自身が状況説明を欲しているということに他ならない。

「敵意ではなく殺意だとでも言いたいわけ?」

「先の非礼を詫びたい。そなたの水を飲んだ子供達の容体が安定したのだ。皆辛うじて命を繋ぎ止めることができた」

「今はそうでも、そのうち遅効性の毒が回っていきなり苦しみ始めるかもしれないわよ?」

「すまなかった。この通りだ」

この通り、と言われても。清美は襲われそうになったらいつでも熱湯をぶっかけてやれるよう電気ケトルを片手に、恐る恐るドアを開く。幸い敵が襲ってくる気配はなく、ドアの向こう側に四角く切り取られた砂漠の上で、巨躯の虎獣人が跪いてこうべを垂れていた。

「この砂漠において、水は宝石よりも金よりも、食料よりも命よりも価値のあるもの。それをアレだけの量譲ってくれたこと、深く感謝する。同時に、人間の身でありながら獣人たる我らにそれ程までの慈悲を与えてくれたそなたに非礼を働いてしまったことを心より詫びる。本当にすまなかった」

「……まあ、そこまで言うのなら、謝罪を聞き入れてあげなくもないですけど……」

相手が喧嘩腰で来るなら即座に喧嘩腰になる清美だが、相手が下手に出ると必要以上に強く出られなくなるのが彼女の性分だ。この性格のせいでブラック時代に『こんな会社やめてやる!』と叩き付けた退職届を何度ズルズルと撤回する羽目になってしまったかは思い出したくもない。

「聞けばそなたは当面の仮住まいと食料を欲しているそうだな。こちらにはそれを手厚く提供する準備がある」

「……信用できません。寝込みでも襲われようものなら、ひとたまりもありませんから」

「そうだな。我らがそなたに働いてしまった無礼を考えれば、そなたがそう考えるのも無理からぬ話であろう。であれば、族長たる我が破れぬ誓いを交わそう」

「破れぬ誓い?」

「ああ。このような面妖な魔術を使うそなたのことだ。破れぬ誓い程度の魔術であれば、造作もなく使えるであろう?」

あるのか、魔法。いや異世界なのだからあってもおかしくはないが、と清美は頭の中で計算を働かせる。魔法使いのフリをする、というのはアリかもしれない。むしろ、神様からもらったチート能力です、なんて言い出すよりかは、遥かに無難な選択肢に思える。

「……私のいた国にはなかった魔術ですね」

「そうなのか?」

「ええ。あなたが本当に申し訳ないと思っているのなら、幾つか質問に答えてもらえるとありがたいのですが」

少し考えて、清美はこの男の提案に乗ることにした。相手が引け目を感じて下手に出てきた以上、ここで無駄に意地を張って突っぱねるのはどう考えても悪手だ、と打算を働かせられるだけの冷製さが今の清美にはあった。

族長の態度が軟化したのと、お腹が膨れているのと、神様と少しばかり話をしたから、というのもあるかもしれない。もしここで騙されたのならば……そんな奴がこの先異世界で生きていけるとも思えない、と思ったのもある。

   ☆★☆

「……てなことがりまして」

「なるほど、そのような事情が」

ンノカジ族の集落まで戻る道すがら、清美は身分を偽ることにした。聖女召喚の魔術や、約束を破ったら死ぬ魔術なんてものがある世界なら、水を無尽蔵に生み出す魔術があってもおかしくはないだろう、と考えたのだ。

自分は異国の人間であり、水を召喚する魔術が得意であること、そのせいで聖女呼ばわりされ、無理矢理サンドリヤン王国に連れてこられたものの、役立たずの無能のフリをしてお城から逃げ出してきたこと、祖国はあまりにも遠すぎるので、徒歩で帰るのは絶望的であることなどをある程度ボカシて騙る。

嘘は吐いていない。清美が望まず連れてこられた違う国の人間であることは本当だし、神様チートで水を使い放題なのも本当。揉め事を起こして城から逃げてきたのも紛れもない事実であるため、その言葉に不自然な点はなかった。

「この赤きマナが充満し、青きマナがほとんど枯渇しているに等しい砂漠の地で水をそれ程までに自在に操るとは……事実であれば恐ろしきことだ。ともすれば戦争の火種にもなろう」

「でしょうね」

40度近い砂漠を歩き続けていて若干疲れたのと喉が渇いたのとで、清美は族長を立ち止まらせるとチートドアを呼び出し、それを開く。扉の中から流れ出てきた冷気に族長が驚愕するのを横目に清美は中に入ると、ふたつの紙コップに水を汲んで出てきた。

「どうぞ」

「……いいのか?」

「試飲ですから」

氷水のようにキンキンに冷えた水を、族長は美味そうに飲んだ。

「美味い。この目に見ても、俄かには信じ難きことだ。ああ、そなたを愚弄しているわけではないぞ」

「それぐらいは判りますよ」

「これ程までに冷えた水を飲んだのは、何年ぶりだろうか」

歓喜に見開かれた族長の目から、涙がこぼれ落ちるのを、何も泣かなくても、と清美は見上げる。そして実感するのだ。この十年雨の降らない砂漠で生き抜いてきた者達にとって、水は涙が出るぐらい貴重なものなのだ、ということを。

自分の力が、この力を持つ存在が、この国でどういう意味をもたらすのか。それを理解した以上、今後の身の振り方を考えるのは急務であった。

プランA。今からでも城に戻る。コレは却下だ。ではプランB。別の国に移住する。身元不明の異世界人にそんなことができるのか、という疑問への答えは、目の前の彼らがくれた。

あきらかに身分証明書の類いなど持っていなさそうな蛮族である彼らが普通に生きていけるアバウトな世界なのだから、そこを気にする必要はないのだろう。

「人間達の社会には冒険者ギルドなるものがあると聞く。ンノカジ族の中には移動村を出て冒険者を志した者もいないわけではない。そなたの水を自在に生み出す力があれば、冒険者になるのは容易かろう。何に付けても飲用に耐え得る水の存在は必須だからな」

「冒険者ですか。いかにもって感じですね」

プランC。水を見返りに、このまましばらくンノカジ族の村で旅の行商人か何かとして逗留する。現状コレが一番無難な選択肢に思えるが、密告者が出ればたちまちのうちにサンドリヤン王国の軍隊が攻めてくることだろう。他のマイナーな獣人達の部族が私に目を付けないとも限らない。

「サンドリヤン王国の人間共は、この砂漠全てが己らの所有物である等と驕っておる。もしも水源を思うがままに捻出できる力がそなたにあると知れば……間違いなく口封じのためンノカジ族を滅ぼし、そなたを捕らえにかかるであろう」

「人を一方的に呼び出しておいて、役立たずと判ったら怒って殺そうとするようなアイツらならまあ、やるかもしれませんね」

十年続く乾季のせいで水は枯渇する一方なのに、いきなりンノカジ族だけが水の回りがよくなったら誰でも不自然に思うだろう。清美の魔術を利用して何かしでかしてやろう、と先走る輩が出ないとも限らない。

「耳が痛いな。我らとて一枚岩ではない。族長の座を欲し、我の命を狙う血気盛んな若人達がそなたを利用せぬとも限らぬ。……そういう意味では、矮小な人の身、それも女でありながら、臆することなく我に喧嘩を売ったそなたの度胸は驚嘆に値する」

「そりゃ、残業と早出と休日出勤と税金と年金と車検料以上に怖いものなんてこの世にはありませんから」

悩んだ末に、清美はンノカジ族の移動村への滞在を選んだ。恩と引け目の相手の厚意に付け込むようで少しばかり気が咎めたが、交換条件を付ければ対等。否、清美側が大きく優位である。

「ハア……滞在初日にまた売り言葉に買い言葉で喧嘩になって、出ていく羽目になったらどうしよう」

「何、我らとて野生に生きる獣の群れ。荒っぽいぐらいが丁度よかろう。それに、だ。臆することなく我に食ってかかったそなたの姿は、魅力的であったぞ」

「は?」

いきなり何を言い出すんですか、とジト目になる清美をまっすぐに見つめながら、壮年の虎はニイっと雄渾に笑う。清美に子を産ませれば、その子供もまた水を操る魔術を行使できるのではないか、という打算もあろうが。彼の表情は嘘偽りなく、清美を魅力的な女性と断じた男のそれであった。

   ☆★☆

「君! 見付かってよかった! さっきは本当にすまなかった!」

「あー……別にいいですけど。お子さん、助かったんですか?」

「ああ! 君のお陰だ! 本当に、本当にありがとう!」

「そうですか。じゃあ、よかったですね」

族長に連れられンノカジ族の集落に戻ると、最初に清美をこの村に案内したテオが真っ先に駆け寄ってきた。なんでも子供達が一命を取り留めたのを見て、族長であるロアが手分けして私を追うことを決めたらしい。ただし、嫌がる私を力尽くで無理矢理連れてくることは許さぬ、と厳命した上で。

「皆の者! 聴け! 此度は旅の魔術師たる彼女……女、名をなんと言う?」

「御手洗」

「魔術師ミタライを我が賓客としてこの村に迎え入れるものとする! ミタライへの無礼は我への無礼、ミタライへの攻撃と我への攻撃と心得よ!」

集められたンノカジ族の虎獣人達、ザっと200人以上はいるだろうか。彼らの目の前で高らかに宣言する族長ロアの言葉に、皆が清美に好奇や反発の視線を向ける。負けじと睨み返してやる……のはグッと堪え、清美は入社初日の中途採用の新入社員めいて愛想笑いを浮かべた。

「魔術師の御手洗です! よろしくお願いします!」

「なおミタライの事情を鑑みて、平時は我が! 我の不在時はテオが彼女の面倒を看るものとする! 以上だ! では解散!」

パン! と大きく手を叩いた族長ロアの言葉に、虎達はどよめき騒めいた。清美は知る由もなかったが、族長が直々に人間の女の面倒を看るというのはつまり、そういう意味なのだ。族長ロアの妻たる4人の虎獣人の美女達が、どういうことかと顔を顰める。

ロアはそんな4人の妻を自らのテントに伴いながら入っていった。残された清美に近付いてきたのはテオだ。彼は族長ロアの側近という立場にいるらしく、他の側近数名を伴って挨拶に来たのである。

「よろしくな、ミタライ! 後でうちの子達を紹介するよ!」

「あ、そういうのいいんで。よそ様のご家族と家族ぐるみの付き合いとか気疲れするだけでなんの得もなさそうですし、あくまで仕事上の付き合いということでよろしくお願いします、テオさん」

「そ、そうか? それは残念だが、君がそう言うのならしょうがない」

紹介するよ、と副族長であるテオに族長の側近たる村の重役達を紹介された清美だったが、顔と名前を一致させるには相当の苦労が必要そうだった。この虎はどこの動物園の誰君でしょう? みたいなクイズを全く知識のない人間にやらせるようなものだ。

虎獣人達は揃いも揃ってみんな虎の顔をしており模様も左程差がないため、人間である清美からすれば誰が誰なのか全く見分けが付かないのである。なので、当面は頭に挿している羽根飾りでするよりなさそうだ。

「フー……」

清美に割り当てられたのは、ンノカジ族の獣達も使っている小さなテントだった。小さいといってもひとつの核家族ぐらいであれば問題なく暮らせそうな広さがあり、鍵などはないため防犯性は皆無に等しく、しばらくはあのチートドアの中で眠るよりなさそうで憂鬱だ。

テオが組み立ててくれた寝床の上に敷かれた布を持ち込めば、少しは寝られるかも、と考える。どうせならエアコンとシャワーとウォシュレットだけでなく、ベッドも神様にお願いすればよかったと後悔した。そうすればユニットバス使い放題などではなく、ビジネスホテルの一室使い放題ぐらいにはランクアップしていたかもしれないのに。そう愚痴りながら清美は乾燥した空のバスタブに敷き布団代わりの布を敷き詰め、試しに入ってみた。

大丈夫、あまりの激務に帰宅後お風呂で寝落ちしてそのまま朝を迎えてしまったことは何回かあった。寝れる筈、と目を瞑ると、肉体的な疲れと精神的な疲弊が相俟って、すぐに眠りに落ちていく。少なくとも寝込みを襲われる心配をせずに眠れるというのは幸せなことだと、彼女は自分にそう言い聞かせた。
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