トイレの聖女様! ~我々が必要としているのは聖女であって便所ではない! と追放された召喚聖女、砂漠の獣と奇跡を起こす!~

神通力

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聖女降臨? 編

ミラクル4 聖女らしい日常を

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「行きますよー!」

わー! と虎獣人の子供達が歓声を上げる。シャワーヘッドを外してチートドアの中から伸ばしたシャワーホースから、勢いよく噴出する冷水が、雨水を貯めておくための樽にジャーっと貯まっていくのをキラキラした目で見つめる虎の子供達は、まるで動物園の小動物触れ合いコーナーに来たかの如き愛らしさだ。

清美は子供が苦手だが、相手が生きたヌイグルミのような可愛らしいフワフワモコモコの毛玉達であれば話は別。まだ彼女にも可愛げがあった小学生の頃、部屋に飾ってあったテディベアのパチモンを思い出させる熊のヌイグルミめいて、無邪気に歓声を上げる虎の子達は可愛い。

「初回限定の特別サービスですから、好きなだけ飲んでいいですよー!」

「ほんと!?」

「やったー!」

「ありがとーミタライ!」

「妹達も呼んでくるー!」

追放聖女・御手洗清美こと魔術師ミタライによるンノカジ族の集落での新生活は概ね順調だった。最初のうちは人間風情が、と遠巻きに敵意を向けてくる虎獣人達も少なくはなかったが、この終わらない乾季がもう十年も続いている不毛の砂漠で水は命の次に大事な貴重品である。

サンドリヤン王国では莫大な金銭と引き換えに極々少量だけ取引されるそれらを幾ばくかの食料品や生活用品を差し出すだけで好きなだけ物々交換してくれる清美の存在は、そんな彼らにとってはまさしく神様か聖女様かといった勢いで、程なくしてンノカジ族の虎獣人達はその多くが清美を崇めるようになっていった。

気まずい、とは当人の弁である。清美はこの悲惨な大旱(おおひでり)が神様野郎による聖女降臨のためのマッチポンプであることを知っているため、この状況がタチの悪い自作自演にしか過ぎないことを理解しているのだ。どのツラ提げて、と清美でなくとも同じ立場になれば思うかもしれない。

ちなみに雨が降らないのにどうやって食料を確保しているんだ、という問題に関しては、さすが魔術があり獣人のいる異世界と言うべきか。砂イモや砂イチゴといった水をやらなくても育つ植物に加え、地下水脈を汲んで育つ水分たっぷりの砂サボテンや、砂漠を泳ぐ砂魚等の不思議な動植物が食糧源となっているのだそうだ。

「冷たーい!」

「美味しい!」

「そ、よかったね」

この世界に召喚されたばかりの頃は会社に行くためのスーツ姿だった清美の服装も、今は水との交換で得たンノカジ族の伝統衣装、砂狼の毛皮や砂鳥の羽根で織られた露出度の高いパレオを着用しており、暑さの厳しい砂漠で暮らすにはピッタリの快適具合を満喫している。足元もヒールではなくサンダルだ。

砂漠といえば朝晩の寒暖差も大きいものと相場が決まってはいるが、幸いこのサンドリヤン砂漠では日中は最高気温40度ぐらい夜でも最低気温10度ぐらいの過ごしやすい安定した気候となっており、神様の作為的なものを感じずにはいられない。

「いいのか、ミタライ」

「まあね。ここで最初に惜しみなく与えて水の味を占めさせれば、後から後から欲しくなるのは人の常でしょう? ……なんてね。別にそこまで悪意があるわけじゃないから心配しなくていいですよ。本当に初回サービスですから」

子供達がはしゃいでいるのに気付いて歩み寄ってきた族長ロアと、その側近のテオが虹をかけて樽の中に注がれていく水と、それを注ぐ清美の横顔を見つめる。

「怖ろしい女だな、そなたは。確かにこの十年、誰かが死ぬことになろうとも極力水を節約し続けてきた我らにとって、何より辛抱の利かぬ子供らにとっては、何よりの甘美な毒となり得るであろう」

「私だって生きていくために必死だもの。自分の価値はなるべく高めておかないとね」

「それでも、子供達に涙が枯れ果てる程の我慢を強いずに済むのであれば、それに越したことはない、と俺は思いますけどね」

テオの言葉は重い。これだけの水を供与する見返りとして、族長ロアはサンドリヤン王国と全面戦争になった際にミタライを守るため自らの命を懸けてでも魔術師ミタライを守る契約を結んだ。差し出せるものがそれぐらいしかなかったからだ。コレはいわばその担保。

万が一の際にはテオを含む村の戦士達が、村を守ることより清美を逃がすために全力を尽くす手筈となっている。それはつまり、折角助かったテオの子供達を、テオは見捨ててでも清美を守らなければならないということを意味しているわけで。できればそんなことにはなってほしくないな、と彼女は思う。

「そういえば、今日は奥さん達は連れてこないんですね」

「そなたが嫌がると思ってな」

「そりゃまあ、そうですけど。本当は適度に仲よくできればよかったんですけどね」

ンノカジ族に限らず、獣人達の間では優秀な雄は沢山の子供を残さなければならない、どうせ身ごもるなら強い雄の子供がいい、といった風潮があるようで、族長であるロアには現在4人の妻がいる。名前はエリザヴェス、ヴィクトリア、ヴェラトリックス、アレキサンドラ。

族長ロアの見初められるだけあっていずれも若く強く美しく才能があり負けん気も強い彼女達は事ある毎に張り合い誰が一番優れた子を産むかで張り合っていたのだが、ここへ来て清美の存在が一石を投じることと相成った。

というのも、どれだけ産んだ子が強かろうが頭がよかろうが、水を生み出す魔術というとんでもない劇物に比べればそんなものは左程重要視されないからである。清美へのあまりにもあからさま過ぎる特別待遇を見れば、族長ロアがあわよくば清美を妻に、と考えていることは見え見えであるわけで。

となれば彼女達は面白くないに決まっている。無論砂漠に生きる命であるが故に水の重要性は理解しているため清美が族長の子を産んだ場合のメリットがどれ程のものかを計算できない筈がないのだが、それでも損得勘定だけで納得できないのが感情というものの厄介さだろう。

憎い憎い恋敵でありながら絶対に逃せないあまりにも巨大な魚に目の前で悠々と泳がれては、幾ら歴戦の猛女達とてギスギスしてしまうのは避けられなかった。となれば人一倍敵意や悪意に敏感な清美が、そんな4人分のギスギスを察知できない筈もなく。

「すまんなミタライ。彼女達は皆愛が重いのだ。無論、そんな深い愛を向けられることは一匹の雄としてこの上ない喜びであるのだが」

「愛を免罪符にすれば何をやってもいいわけじゃないんですよ??」

「当然、理解しておるとも。なればこそそなたに迷惑はかけぬよう細心の気を配りつつそなたを口説いておるのだ」

さりげなく清美の肩に手を回そうとして、ペシっと叩き落とされるロア。そんな清美のつれない態度すらも、彼は楽しんでいるかのように笑みを深める。対する清美の方も、言葉とは裏腹に満更ではなさそうだ。誰もがいい男が自分を熱心に口説いてくれるだ。嬉しくないことはない。頭は虎だが。

「口説かないという選択肢はないんですか?」

「愚問である。この状況下でそなたを口説き落とすことを考えぬ者に、族長が務まると思うか?」

族長とは群れの守護者であると同時に群れの利益を最大限追求すべく尽力する者である。それだけの価値を彼らは清美に見出していた。

もしも清美が4人の妻と別れて自分だけを愛してくれるなら結婚してあげると言い出せば、ロアは躊躇いなくそうするであろう。無尽蔵の水源という利益をンノカジ族の確たるのものとするために。ロアだけではない。彼の側近達は少なくとも全員がそういった覚悟を持っている。

「精々後ろから刺されないように気を付けなさいよ」

「フ。そうはならぬよう、我が可憐なる妻達を満たしてやらねばな」

「父上、また浮気ー!」

「不倫だ不倫ー!」

「母上達に言い付けてやろっと!」

「否! 我はいつだって目の前のただひとりを本気で口説いておる! 我が愛の言葉に一切の嘘偽りは非ず!」

「余計にタチが悪いですよ??」

少なくとも自分の実の子供達の目の前でよその女を口説くような父親は旦那にするには不安よね、と清美は樽の周囲に集まって父親に多種多様な視線を向ける群れの虎児達を見回す。

「父ちゃーん!」

「父ちゃんお水!」

「おお、よかったなタオ、ハオ」

虎獣人の幼児、タオとハオの兄弟はテオの息子達だ。深刻な脱水症状により死にかけていたふたりだったが、清美が売った水のお陰で一命を取り留めた。それ以来ふたりは清美を命の恩人と慕っており、村の子供達の中でも殊更彼女に懐いている。

ふたりの母親は数年前にテオと別れ村を出ていってしまったとのことで、現在彼はシングルファーザーを頑張っている。そのこともあって息子達への愛は強く、彼がふたりのために人間の国までやってきたのもそのためだろう、と清美にも察せるだけの愛情表現を彼は惜しみなく子供達へ向けている。

どうせ旦那にするのであれば、ロアみたいに愛の多い男よりテオみたいに一途な男がいいわよね、と清美は思った。無論、打算に塗れた仮定の話ではあるが。テオはそんな清美の視線に気付いたのか、ニカっと笑って照れ臭そうに手を振ってくる。

自分は女を値踏みするくせに、女が男を値踏みすると途端に怒り出す男も珍しいものではないが、少なくとも野生の血を色濃く残す彼らは雌が雄を値踏みすることをある種当然と受け入れているようであった。

その逆もまた然りであり、双方合意の上でより強い雄の子を求めたり妻を複数名娶ったりするような関係性を築くのであれば、部外者でしかない清美がそれについてどうこう言うのはお門違い、という気もしている。

   ☆★☆

夜。清美は洗面台のコンセントで充電したスマホを弄っていた。仕事鞄の中にコンセントに挿して充電できるタイプのモバイルバッテリーを入れていた彼女は、それが幸いし異世界に来てもスマホを充電することができる。が、電波は圏外。ソシャゲもできないしネットにも繋がらない。

できることは写真や動画を撮るか、pdf形式の電子書籍を読むか、或いはアルバムを見て日本を恋しがることぐらい。よくない兆候だとしても、帰りたいなあ、という気持ちは日に日に募っていく。コンビニのホットスナックが食べたい。炭酸水が飲みたい。ネットの友達と話したい。そんな些細な欲望が、深刻に降り積もっていく。

我も気も強い彼女は両親との仲はあまりよくなかったから家族に会いたいという気持ちこそないし、ペット不可のアパートに住んでいたから家に残してきたペットが心配みたいなこともないのは不幸中の幸いかもしれないけれど、それでもやはり、こんな砂漠以外何もない、としか感じない異世界で生きていくのは辛いものがある。

と、ふと人の気配を感じて清美はスマホを持ったまま立ち上がった。いざという時にはチートドアの中にいつでも駆け込める体勢で、誰? と声を上げる。

「俺だ、テオ」

「テオさん? こんな時間にどうかしたの?」

テントから顔を覗かせると、月明かりを浴びてテオが立っていた。

「昼間チビ達が世話になっただろう? 何かお礼をできれば、と思って」

そう言って彼が差し出したのは、小さな布包みだった。

「別にいいのに。……立花氏もなんですし、入れば?」

「いいのか? 族長を追い返したのに俺を引っ張り込んだ、なんて噂になったら困るんじゃないか?」

そう、ロアはここのところ、数日に一度の頻度で清美のテントを訪れていた。目的は言うまでもなく、彼女とより深い仲に、という目論見だろう。無理矢理に既成事実をというわけではないが、族長が客人のテントを夜に訪れたらしい、という噂が広まるだけでも影響はある。

「そんなしょうもない噂、気にするだけ無駄ですし。テオさんに迷惑がかかるというのなら無理には言いませんが」

「いや、折角だからお邪魔させてもらうよ」

清美のテントに入ったテオは、酷く驚いた顔をした。何故ならそこだけはまるで外の世界から隔絶されたかのように気温が高かったからだ。

「暖かい……」

「まあね。そこ、座って」

からくりは例のチートドアだった。エアコン、つまりは冷暖房完備のユニットバスの内部は、清美の要望に応じて温度を変化させる。暑い昼間は涼しく、寒い夜は暖かく、といったように。

そして扉を開ければ、そこから冷やされた、或いは暖められた空気が流れ出し、これぐらいの大きさのテントならば、問題なく気温を調節できるのだ。まさに神様特製のチートエアコン、といった具合に。

「それで? それはなんなんですか?」

「ああ、焼きリンゴだ」

焼きリンゴとは、砂漠でも実る砂リンゴと呼ばれる小ぶりなリンゴを焼いたものを指す。普通のリンゴに比べ皮がかなり固く、果汁が少なくややシャキシャキとした触感の砂リンゴは焼くと甘味が増し、砂イチゴと並ぶ、子供に人気の砂漠の甘味の代表格なのだ。

「ほんの気持ちだが、遠慮なく食べてくれ」

「ありがとう、頂きます」

皮を剥く、というよりは皮を割って中の身を取り出し、それを砂サボテンの鋭利なトゲを串代わりに刺すなり砂リンゴの皮を器代わりにするなりして火で炙って作るそれは、冷めるとドライフルーツのように萎んで甘味が凝縮される。

シャキっとした歯応えと共に齧った焼きリンゴの優しい甘味は、すっかりホームシックに陥ってしまっていた清美の涙腺を刺激するには十分な優しさだった。

「す、すまない! 泣くほど不味かっただろうか!?」

「いやいや、そうじゃなくて。……なんだか前にいた国を思い出しちゃって。ありがとうテオさん。とっても美味しいです」

「そうか? 君が喜んでくれたのなら嬉しいが」

突然涙を浮かべた清美に大慌てで立ち上がった心優しきマッチョな虎は、ホッとした面持ちで再び座る。

「……女ひとりで、見知らぬ異国の地に無理矢理連れてこられて、さぞ心細い思いをしただろう。可哀想に」

「……うん、まあ」

普段なら、んなもんどーってこたないわよ! と強がりを言う清美だったが、砂リンゴの甘さがそうさせたのか、素直に弱音を吐露する。

「……チビ達の母親、俺の妻は……俺達家族を捨て、村を捨て、独りで出ていった」

「そうなんですか?」

「ああ。彼女が何を思ってそうしたのかは分からないが……それでも女が独りで誰にも頼らず生きていく、というのは男がそうするより大変だろう、というのはなんとなく解る。ミタライ、君も城から逃げ出した後は苦労してきたんじゃないか?」

「まあ、それなりには……」

嘘は言っていない。実際この世界に来てから今日までずっと大変だったのは確かだ。

「なあミタライ。君は俺の、俺達家族の恩人だ。君が水を売ってくれなければ、タオとハオは死んでいただろう。だから、打算や借りを返すといった目的ではなく、俺はできる限り君の力になりたいと思っている」

「……それはその、ありがとうございます」

言えない。まさかふたりを死にかけさせたこの旱そのものが、神様が聖女降臨の舞台を整えるためのマッチポンプだったなんて。

清美自身にはなんの罪もなければ引け目を感じる理由もないのだが、聖女に選ばれてしまった以上はそんなの知ったこっちゃありませんでは済まされない、と考えてしまうのが御手洗清美という女なのだ。

「何か困ったことがあったらなんでも言ってくれ。辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、なんでもいい。俺にできることならなんでもする。だから……」

その先を言いかけて、テオは言葉に詰まったようだった。言っていいのか、と自問自答しているのが清美にも見て取れる。

「……だから、そう、なんでも頼ってくれて構わないからな!」

「……うん」

それは、最初に言おうとしていた言葉とは違うのだろう、と漠然と感じた。だが今は、それでよかった。何故ならば、清美もまたそれを今ここで言われてもよいのか、判断に困ったからだ。

ふたりの子持ちのシングルファーザーと、アラサーの地味眼鏡女が何ちょっといい雰囲気になってるんだ、という脳裏に浮かんだセルフツッコミをなかったことにして、清美はテオとぎこちない握手を交わした。
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