トイレの聖女様! ~我々が必要としているのは聖女であって便所ではない! と追放された召喚聖女、砂漠の獣と奇跡を起こす!~

神通力

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聖女降臨? 編

ミラクル6 砂漠に咲く一輪の花?

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「困ったことになった」

「大丈夫? 白湯でも飲みます?」

「いや、僕はそっちの世界に物理的に干渉することがもうできないから、飲めないんだ」

ユニットバス内にある鏡を通しての、銀髪糸目のイケメン神様からのコンタクトは、これで2度目だ。大事な話がある、と入浴中に声をかけられたのは、まだ許そう。少なくともトイレを使用中にいきなり声をかけられるよりはマシだと、清美は湯船に浸かりながら己に言い聞かせる。

「神様ってのも万能じゃないんですね」

「そりゃね。どっかの可愛い男の子好きの女神様みたいに出世できれば話は別だけど、今の僕は神々の中では割と末端の方なんだ」

「へえ、神様の中にも階級とか出世ってあるんですね。なんだか世知辛いなあ」

「まあね。どこの業界でも下っ端のうちは大変なものだよ」

分かるー、と頷きながら、御手洗清美はこの十年間雨不測の水不足で苦しむサンドリヤン王国の国民達が観たら憤死してしまいそうなぐらい贅沢なお風呂というものにゆったり浸かりながら、バシャバシャとお湯で顔を洗う。

お風呂どころか水浴びすら碌にできなかったがために、実は結構野性味溢れすぎるワイルドな獣臭を漂わせていたロアやテオ達ンノカジ族の虎獣人でさえ、清美が実は毎晩お風呂に入っている上にそのお湯は栓を抜いて捨てている、と知った時は絶句したぐらいだ。

さすがに捨てるぐらいなら風呂の残り湯を譲ってくれ、と言われた時にはお断りしてしまったが、なんだか申し訳なかったので飲料用にはしないという約束でバケツで汲めるだけ汲み出してあげることにした。

「それで、困ったこと、の内容についてなんだけどね」

「あ、はい」

「この国にはもう十年雨を降らせていないという話はしたよね?」

「ええ。あなたが聖女が無双するための準備としてそう仕向けたんですよね? 割と最低なことしてません? 良心とか痛まないんですか?」

「全然。僕は神としての職務を果たしているだけだもの。とはいえ、だ。それはあくまで目的があってのことであって、その目的っていうのが君を救いの聖女として降臨させ、この滅びかけのお手軽に国を救わせることで楽して簡単逆ハー聖女ライフを満喫してもらうことだったのだけれど」

君、何を思ったのか折角運命を導いて?き集めたとびっきりのイケメン達に喧嘩を売って、逃げ出しちゃったもんねえ、と神はしみじみ呆れたように呟く。

降臨した聖女をチヤホヤ持て囃すように性格を誘導した結果、『お前なんか聖女じゃない!』と自分らの信ずる理想の聖女の枠組みから逸脱した清美に怒りや憎しみをぶつけ、公開処刑とまで言い出すような歪みを生み出す結果となってしまったことは、皮肉と言うよりなかろう。

「このままではサンドリヤン王国に住まう民らは救われないまま本当に滅んでしまうんだよね」

「もとを糺せば全部アナタのせいですけどね。もう聖女は追放されてしまいましたし、雨を降らせてあげればよいだけの話では? 彼らと喧嘩別れする時にこんな国滅んじまえーとは確かに言いましたけど、本当に大勢死んでしまったら寝覚めが悪いですし」

なんせ本当にどうしようもない水不足のせいで、満足に水の行き届かない末端の国民達はオシッコまで飲んでやりくりしていたそうだからね。

ちなみにアンモニア臭と黄ばみのせいでよく勘違いされがちだが、小便は普段膀胱内で無菌状態で貯蔵されているため、体外へ放出された直後は割と清潔であるらしい。時間経過で発酵し腐敗はするが。

「そうしたいのは山々なんだが、言っただろう? 聖女をそちらに送り込んでしまった以上、僕はもうそちらの世界に物理的な干渉はできないって。この終わらない乾季を終わらせることができるのは、君だけなんだよ、聖女・御手洗清美」

「私ですか?」

「そう。聖女の祈りが天に通ずる時、雨は降るであろう、ってね」

「祈るだけで済むならさっさと祈っちゃいましょうよ。こうしている間にも、なんの罪もないサンドリヤン王国人が亡くなっている可能性は十分にあるわけですし。どこの誰に、どうやって祈ればいいんです?」

清美がそう尋ねると、神様は意外そうに眼を瞬かせた。

「……こう言っちゃなんだけど、意外だね。短気な君のことだから、サンドリヤン王国の人間なんて平然と見捨ててもおかしくはないと思っていたのだけれど」

「さすがにまだそこまで落ちぶれちゃいませんて。御託はいいですから、早く教えてくださいよ」

「それが、聖女の祈りは然るべき場所で捧げなければ効果がないんだ」

「……まさか、お城の地下とか神殿の奥、とか言いませんよね?」

惜しいね、と神が語ったところによると、祈りを捧げるべきはパンシャンの塔。この砂漠の蜃気楼の中にそびえ立つ、聖女抜きでは決して辿り着くこと能わない幻の塔であるという。その天辺で聖女が祈りを捧げた時、この砂漠に雨は降ると。そう設定したのだそうだ。

「聖女様である君をチヤホヤ崇拝してくれるイケメン達と2泊3日の楽しい砂漠旅行でお手軽簡単救国の聖女セットだったのに、ソレ全部ぶち壊しちゃうんだもんなあ。頑張って色々ギミックを仕込んだ甲斐がないや……」

「前々から不思議だったのですが、それをすることでアナタに何かメリットがあるんですか? 私が聖女に選ばれたのは偶然だと言っていましたが、日本人の女をひとり異世界に聖女として送り込んで、そこで第2の勝ち組人生を遅らせることに、なんら意味があるとは思えないのですが」

「そこはまあ、神様にも色々あるんだよ。必要だから、仕事だからこうしているだけさ」

世の中には色んな仕事があるんですねえ、と若干頓珍漢なことを考えてしまった清美だったが、深く突っ込まないでおくことにした。人間が神様の事情に突っ込んだところで、どうしようもなかろうと踏んだのである。

「話を元に戻しますが、蜃気楼の中にある塔になんてどうやって辿り着けば?」

「君の右手の甲に聖女の紋章があるだろう? それが指し示す方角に歩いていけば2泊3日で着くよ。獣人の足ならもっと速いかもね」

試しに右手を持ち上げてみるが何も起こらない。鏡を見ようとして体をそちらに向けると、手の甲の紋章が淡く銀色に光った。

「ね? 判りやすいでしょ? その紋章が光る方角へ、のんびり歩いていけばいい」

「これはちょっとした好奇心からの質問なのですが、万が一砂漠の夜盗なり魔物なりに襲われて右手を切り落とされるか食いちぎられるかしてしまった場合はどうすれば?」

「……ぶっ飛んだ発想してるね君。ないとは思うけど、もしそんなことになりかけた時はさすがに聖女パワーが発動してその紋章が君を守ってくれるから大丈夫だよ」

納得した清美は、チャポンとお湯の中に右手を戻した。

「それじゃあ、明日にでもさっさと雨を降らせに行きますか。先送りにすればする程、被害も大きくなるばかりでしょうし」

「……君を聖女に選んだのは失敗だったかな、と少し後悔していたけれど、意外とそうでもなかったのかもしれないね?」

「そうであることを願いたいものです」

とにかく頑張って、と神様からの通信は途切れた。

   ☆★☆

「あ」

「ッ!? す、すまない!」

「ほう? これはなかなか」

清美が風呂からあがると、テオと族長ロアがいた。そういえば、バケツでお湯を掬うから手伝いに来てくれと伝えておいたのだ。神様からの通信が急に来たのですっかり失念してしまっていたのだが、なるほど約束の時間は大幅に過ぎている。

今回ばかりは私が悪いか、と清美は照れることも恥じらうこともなくふたりに背を向けた。

「すみませんね、お見苦しいモンお見せしちゃって。すぐに着替えますので、少々お待ちください」

「いや、謝るのはこちらの方だろう!? すまないミタライ、そんなつもりじゃなかったんだ!」

「別にいいですって。謝るべきは約束の時間オーバーしちゃったこちらの方ですし」

そもそも虎獣人が人間の体を見たところで欲情の対象になるのか、という疑問もあるが、それはテオの反応を見ればあきらかだろう。族長ロアもニヤニヤしながら魔術師ミタライのバスタオルで隠しきれない肢体を眺めている。金摂るわよ、と彼女は言おうとしたが、金を払えば見せてくれるのか? と言われそうなのでやめた。

「罪な女よな、ミタライ。我の訪問の尽くを袖にしておきながら、そのような悩ましげな姿を我らの前にさらすとは」

「何を言い出すんですか族長! ミタライもミタライだ! 頼むから少しは恥じらいを持ってくれ!」

テオさんは女性が恥じらう姿に興奮を覚えるタイプですか? とは言えなかった。何故なら族長ロアがソックリそのまま同じことを考えていそうな笑みを浮かべたからだ。

「口喧しく文句ばかりですまないが、君のことが本当に心配なんだ。いつか痛い目を見ることになったらと思うと……」

「我は痛くなどせぬぞ? むしろ」

言わせねえよ!? とばかりにテオの肘鉄がロアのわき腹に直撃する。彼は側近の行動を咎めなかった。

「そういえば、3日ほど出かけたいのですが」

「ほう? どこへ行くつもりだ?」

「ちょっとパンシャンの塔まで」

清美の入った風呂の残り湯をバケツで掬い出す行為が一段落ついたところで、彼女は思い出したかのようにふたりにそう告げた。

「待て。パンシャンの塔はその存在を誰もが認識しながら誰ひとりとて辿り着けたことのない虚像に過ぎんぞ?」

「それはそうでしょうよ。安全のために聖女以外は辿り着けないようになっているみたいですから」

「待ってくれ。ミタライはあの塔がどういうモノなのかを知っているのか?」

「一応、曲がりなりにも聖女として連れて来られた女ですから」

清美がそう告げると、族長ロアはしばし考え込んだ。テオも何かを言いたげな顔をしていたが、黙ってロアの判断を待つ。

「なんのために?」

「この砂漠に、雨を取り戻すために」

躊躇いのない言葉に、今度こそハッキリと、ふたりは驚きを露わにする。

「そなたは聖女だと決め付けられたせいで、サンドリヤン王国へ無理矢理連れて来られた、と言ったな?」

「聖女じゃないとは一言も言ってませんよ。ただ、無能のフリして逃げてきたってだけで」

「待ってくれ、理解する時間をくれないか! ミタライが……聖女!?」

「言ってませんでしたっけ?」

「我も初耳である。聖女などと俄かには信じ難いが……そなたの青きマナなきこの不毛の砂漠でアレほどまでに容易く水を無尽蔵に生み出す魔術を思えば、或いは聖女の奇跡を疑うべくもないだろう」

目の前で下着姿で涼みながら、水を飲んでいる女が聖女であるという言葉が事実であるのならば、いやそれ以前に、聖女は実在したのか!? とテオは頭の中でグルグル考えを巡らせる。

一方のロアは、動揺を表には出さずに落ち浮いた顔をしている。四十路という年齢を加味してもその辺りの胆力は、さすが族長といったところか。

「して、魔術師ミタライ改め、聖女ミタライよ。そなたはあの塔へ赴き、この砂漠に雨を降らせる、と?」

「ええ、まあ。じゃないとみんな困るでしょう?」

「それは、そなたという人間の価値を大きく落とす結果になるとしても、か?」

「見くびらないでくれる? さすがにそこまで落ちぶれちゃいないわよ」

もしこの砂漠に雨が降るようになれば。清美の持つ水を生み出す魔術の価値は大きくその価値を落とすこととなるだろう。価値がなくなるとまでは言わないが、少なくとも彼女ひとりに大きく依存せざるを得ない現状は解消される。

聖女として、大々的にサンドリヤン王国の王族を率いてそれを成し遂げるのならばともかく、一介の名もなき女としてそれを成し遂げたところで、私が聖女です! 私のお陰で雨が降ったんですよ! 等と後から主張したところで、大嘘吐きの狂人として排除されるのがオチだろう。

「誰に称賛されるでもなく、聖女としての名誉を得られるでもなく、では何がそなたを突き動かす?」

「逆に訊くけど、理由がなきゃいいことしちゃいけない?」

あえて言うなら胡散臭い銀髪イケメンの傍迷惑神様とそいつが仕組んだ聖女システムの間接的な尻拭いだが、さすがにそこまで全てを詳らかにするつもりはない。それこそ『そんなことのために……ふざけるな!』と激怒されでもしたら命の危機である。

「私は私のために、私がそうしたいからそうするの。そこら辺、短い付き合いだけどもう散々見てきたでしょ?」

「フ! 確かにな! よかろう、そなたの旅立ちを許す! だがひとつだけ、条件がある!」

「何よ?」

「我も連れて行け!」

悪戯っ子の少年が如き輝いた笑顔で、虎の長は年甲斐もなくとびきりの笑みを浮かべた。砂漠のギラつく太陽も顔負けの、どこか憎めない笑顔だった。
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