黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 38  攫われたリリアーナ、転移魔法で追いかけます!

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フランチェスカが慌てふためく。
「カイト、早く! リリアーナ様がーーー!!」

カイトが渾身の一撃を放つのと、オーガスタが魔法陣を発動させたのとがほぼ同時であった。
彼を見て駆け寄ろうとしたリリアーナを、オーガスタが力づくで押さえつける。
扉を開いたカイトの瞳に映ったものは、こちらに手を伸ばしながら涙を零し静かに消えていくリリアーナの姿――

「ちくしょう――!!」
カイトは側にあったサイドテーブルを蹴り上げて粉々にし、一瞬にしてざわめいていた周囲を黙らせる。すぐにイフリートがその肩を掴んだ。
「カイト、落ち着け。姫様を取り返すぞ!」

肩の手に、その言葉に、カイトはハッと我に返り拳をきつく握り締める。
「はい、すいません……!」

スティーブがガラス戸の鍵を開けると憔悴したフランチェスカが、よろよろと部屋の中に入ってきた。
「姫様は…わ、私を助け……助けようとして……」
状況を懸命に話そうとするが、涙を流しながら崩れ落ちそうになり、とても続ける事ができない。スティーブがそっと彼女を支えた。

「俺が説明を――」
「大丈夫かサイラス?」
オーガスタが消えると同時に床に落ちたサイラスは、やっと身体の戒めが解け、立ち上がりながらイフリートに申し出た。

「大丈夫だ。押さえつけられていただけで、そうダメージは受けていない。スティーブ、フランチェスカを他の部屋に連れて行ってくれ」
「はい――」

スティーブが部屋を出た後、アレクセイが飛んできて騎士達も続々と集まってくる中で、サイラスはカイトにちらっと視線を走らせてから、口を開いた。

「リリアーナ様を攫ったのはオーガスタで、彼女はダークエルフでした」
周りにどよめきが走り、カイトが悔しそうに歯を食い縛る。

(彼女、目立たないだけでなく、気配も殆ど……いや、全くしなかった……頭の中で引っ掛かってはいたのに、おかしいと考えるべきだった……!)

サイラスが屈んでオーガスタが落としていった杖を拾った。
「彼女はリリアーナ様をこの魔法の杖で釣って、中から結界を破らせようとしました。しかしそれに失敗をし、`結界から出てこなかったらフランチェスカを三階から突き落とす ‘ とリリアーナ様を脅したのです」

イフリートがその杖に視線を落とす。
「それでリリアーナ様が結界からお出になったのか……その杖は本物なのか?」
「置いていく位だから、偽物だろう。カイト、何か感じるか?」
「いいえ、何も――俺も偽物だと思います」

サイラスが言葉を続ける。
「カイトがキルスティンが張った結界ごと扉を蹴破ろうとしたところで、分が悪い相手と考えたのでしょう。リリアーナ様を転移魔法で連れ去りました」
「今日、ルイスは市井見物に出ている。それも、朝早くから――今までぐうたら過ごしてきた奴が、おかしいとは思ったんだ」

腹立たしそうなアレクセイの言葉にサイラスが頷いた。
「そうですね。きっと、ラトヴィッジへ向けて馬車を急がせているところでしょう。オーガスタはそこに転移したと思われます」
「イフリート、すぐ何人かを連れて後を追ってくれ」
「畏まりました」

アレクセイが命令を下し、カイトもそれに付いて行こうとした時に、キルスティンが部屋に駆け込んできた。

「カイト様! 行かないで下さい!」
皆が唖然として、キルスティンを注視する。中にはラトヴィッジの手先だと敵対視する者達も多くいたので空気はすこぶる悪い。
確かに一部の人間以外は、彼女がリーフシュタイン側に付いている事を知らないので、無理からぬことではあるのだが。

キルスティンは全速力で走って来た為に、ぜーぜー言いながら言葉を継ぐ。
「フランチェスカと廊下で会って、話は全て聞きました……!」

彼女は部屋の惨状を見定めてから宣言をした。
「追いかけます……転移魔法で!」

そしてカイトを真っ直ぐに見る。
「一緒に来て頂けますね?」

カイトは深く頷いた。イフリートが馬で後を追うために部屋から飛び出して行くのを横目で見ながら、キルスティンに確認をする。
「できるのか?」
「できます! やってみせます!!」

キルスティンは周りに呼びかけた。
「誰か! チョークを下さい、魔法陣を描きます!」

キルスティンはチョークを一人の騎士から受け取りながら、声を張り上げる。
「カーペットを剥いで! オーガスタの痕跡を辿るにはこの部屋から飛ばないといけません!」

敵だと思っていたキルスティンの言葉に、訳が分からないでいた騎士達も、カイトやアレクセイ達が彼女に信頼を寄せている様子を見て直ちに動き始める。幻影の術が解けてキルスティンの耳が尖った形を成し、彼女がエルフだと理解してからは`リリアーナ様を取り戻せる!‘ と働き具合にも拍車が掛かった。

騎士達によってカーペットが剥がされ、キルスティンはしゃがみこんで魔法陣を描き始める。

「カイト様は馬の用意をお願いします。私の力では近くまでは行けても、オーガスタの所までは飛べないかもしれません。追いつくための足が必要です」
「分かった」
「俺が連れてきます!」
「俺は武具を用意します!」
騎士見習いの何人かが走り始めた。
「頼む!」
その背中に向かってカイトは叫ぶ。キルスティンは一心不乱に魔法陣を描いた。カッカッと音をさせてチョークを走らせる間に馬が連れてこられ、弓矢や剣も用意された。

「描けた! カイト様!」
カイトが馬を引き魔法陣の中に入り、キルスティンも続いて入ろうとした所で、いきなりサイラスとアレクセイに肘を掴んで引き戻された。
二人はカイトの耳に届かないよう、大きい背中を彼に向けてキルスティンに迫る。驚き顔でその迫力に圧倒されている彼女には構わず、アレクセイが説明を始めた。
聞き終えて取り敢えず理解した彼女はこくこくと頷いた後に、急いでカイトの元へ戻り魔法陣を発動させる。
魔法陣から閃光が放たれ、周囲の者達が眩しさにくらんだ目を開けた時には、二人の身体は掻き消えていた。

空気が変わった――

そう感じた時には山中の街道に下り立っていた。二人は森の、深い木々の香りに包まれる。
わだちを見つけ、カイトはしゃがんでそれに指先で触れた。

「馬車は通ったばかりだ」

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