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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 49 自分で隠れたリリアーナ
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ここで少し時間が遡る。
テラスから庭園の奥まで、アレクセイが範囲を広げて捜索をしていたところに、イフリートとサイラスが駆けつけてきた。
「アレクセイ様! リリアーナ様の姿が消えたというのは本当ですか!?」
「イフリート。そうなんだ。かくれんぼの途中でいなくなってしまって……分かっているのはルイスとオーガスタが関わっていないという事だけだ」
「ルイス王子の件が片付いたからといって、警備の手は緩めていないのですが――」
アレクセイが頷いた。
「外部から賊が入り込んだとは考えにくい。かといって内部の犯行とも思えないし……。取り敢えずリリアーナを見つけるのが先決だ。イフリートは城内の捜索の陣頭指揮をとってくれ。庭園は俺とサイラスが受け持つ。今日のリリアーナは紺色のドレスに、髪型をアップスタイルにしている」
「かしこまりました」
サイラスが気掛かりな表情で、前に進み出た。
「アレクセイ様、質問があります。今日は誰の思い付きで、テラスで夕食をとることになったのでしょうか?」
「リリアーナだ。いきなり外で食べたいと言い出して」
アレクセイもイフリートもサイラスの質問に怪訝な表情を浮かべる。
「かくれんぼは誰の?」
「それもリリアーナが……」
アレクセイが手で口を覆ってサイラスを見返した。
「まさか……?」
「はい、リリアーナ様は目的を持って身をお隠しになっています。そしてその原因を作ったのは私です」
「どういうことだ? お前の責任とは」
「順を追って話すと長くなるのですが、宿での朝食の時に、リリアーナ様がカイトの隣に座らなかった事から話は始まります」
「カイトがいないと夜も日も明けないリリアーナが一体どうしたんだ?」
「隣に座らなかった理由は`恋する乙女の恥じらい ‘によるものでした」
「……今更何を言っているんだ? リリアーナはとっくにカイトに恋をしていて、それも随分と積極的だったじゃないか」
「そうです。ですがそれは、好きに毛が生えた程度のものだったのです」
「毛の生えた?」
「はい。前の晩にキルスティンが熟睡してしまい、リリアーナ様は一人寝のようで怖くなって、カイトの部屋に行き、添い寝をしてもらいました。朝、起きたらカイトの顔が近くにあり、とても緊張をして胸もどきどきしたと――」
「ふんふん」
「その後は寝惚けたカイトに抱きしめられて、見つめられて、手の平にくちづけられて、挙句に頬にキスされたと仰ってました」
「起き抜けのカイトにそれをやられたら堪らないだろうな……」
「はい。5歳児には少々きつかったようで、リリアーナ様も話す時に思い出して、真っ赤になっておられました。そこでカイトを初めて男性として意識したようです」
「だから俺達の間に座ったのか?」
イフリートの問いにサイラスは頷いた。
「カイトに対してどういう顔をしたらいいか、分からなかったそうだ」
「城までの帰り道、カイトの馬でなくお前の馬に乗ったのもそれが原因か?」
「ああ。でもそれだけではなく、恋の悩みの相談と、他にもリリアーナ様は欲しいものがあったんだ」
「欲しいもの?」
「うん……多分本来の使い方では役に立たないだろうが、二人をくっつける役には立ってくれるだろう」
「お前の言っている意味が、俺にはさっぱり理解できないのだが……」
「じきに分かるさ。後できちんと説明をするから、イフリートは念のために城内を捜索してくれないか。屋外にいらっしゃるとは思うが、俺の読みが外れる場合もある」
「分かった。任せろ」
イフリートが姿を消したのと同時に、カイトの姿がテラスに通じる部屋の奥に見えた。
「カイトが来ました! アレクセイ様隠れていて頂けますか。そのほうが話しが早いので」
カイトが息せき切ってテラスに走り出てきたところで、サイラスは視線を合わせ、近付いていきガシッと両肩を掴んだ。
***
リリアーナを探している騎士達を横目で見ながら、カイトは東屋に向かって全速力で駆けている。サイラスのあの言葉、間違いなくリリアーナはそこにいるだろう。
(俺の誤解と言っていたが……)
カイトは首を振った。
そんな事を考えている場合ではない。月が厚い雲に覆われ暗闇が支配している今、何が目的でそこに居るのかは分からないが、一刻も早く見つけ出さなければ。
前方に東屋が見えてきた。東屋のある庭園は芝が広く敷き詰めてあり、端には花壇、花壇の回りを森が取り囲んでいる。
一見して、東屋には誰もいないように見受けられた。カイトは気配をうかがいながら、慎重に足音を忍ばせて近付いていく。まだどういう状況であるか分からない。リリアーナが捕らえられている可能性もあるからだ。
サイラスの口ぶりから危険は感じられなかったが、用心に越したことはない。
近付くにつれ、リリアーナの声が聞こえてきた。同じ言葉を繰り返し口にしている。
「…なーれ、……くなーれ……」
どうやら一人でいるらしい。カイトは東屋に入る石段に足を掛け、中を覗きこんだ。
テラスから庭園の奥まで、アレクセイが範囲を広げて捜索をしていたところに、イフリートとサイラスが駆けつけてきた。
「アレクセイ様! リリアーナ様の姿が消えたというのは本当ですか!?」
「イフリート。そうなんだ。かくれんぼの途中でいなくなってしまって……分かっているのはルイスとオーガスタが関わっていないという事だけだ」
「ルイス王子の件が片付いたからといって、警備の手は緩めていないのですが――」
アレクセイが頷いた。
「外部から賊が入り込んだとは考えにくい。かといって内部の犯行とも思えないし……。取り敢えずリリアーナを見つけるのが先決だ。イフリートは城内の捜索の陣頭指揮をとってくれ。庭園は俺とサイラスが受け持つ。今日のリリアーナは紺色のドレスに、髪型をアップスタイルにしている」
「かしこまりました」
サイラスが気掛かりな表情で、前に進み出た。
「アレクセイ様、質問があります。今日は誰の思い付きで、テラスで夕食をとることになったのでしょうか?」
「リリアーナだ。いきなり外で食べたいと言い出して」
アレクセイもイフリートもサイラスの質問に怪訝な表情を浮かべる。
「かくれんぼは誰の?」
「それもリリアーナが……」
アレクセイが手で口を覆ってサイラスを見返した。
「まさか……?」
「はい、リリアーナ様は目的を持って身をお隠しになっています。そしてその原因を作ったのは私です」
「どういうことだ? お前の責任とは」
「順を追って話すと長くなるのですが、宿での朝食の時に、リリアーナ様がカイトの隣に座らなかった事から話は始まります」
「カイトがいないと夜も日も明けないリリアーナが一体どうしたんだ?」
「隣に座らなかった理由は`恋する乙女の恥じらい ‘によるものでした」
「……今更何を言っているんだ? リリアーナはとっくにカイトに恋をしていて、それも随分と積極的だったじゃないか」
「そうです。ですがそれは、好きに毛が生えた程度のものだったのです」
「毛の生えた?」
「はい。前の晩にキルスティンが熟睡してしまい、リリアーナ様は一人寝のようで怖くなって、カイトの部屋に行き、添い寝をしてもらいました。朝、起きたらカイトの顔が近くにあり、とても緊張をして胸もどきどきしたと――」
「ふんふん」
「その後は寝惚けたカイトに抱きしめられて、見つめられて、手の平にくちづけられて、挙句に頬にキスされたと仰ってました」
「起き抜けのカイトにそれをやられたら堪らないだろうな……」
「はい。5歳児には少々きつかったようで、リリアーナ様も話す時に思い出して、真っ赤になっておられました。そこでカイトを初めて男性として意識したようです」
「だから俺達の間に座ったのか?」
イフリートの問いにサイラスは頷いた。
「カイトに対してどういう顔をしたらいいか、分からなかったそうだ」
「城までの帰り道、カイトの馬でなくお前の馬に乗ったのもそれが原因か?」
「ああ。でもそれだけではなく、恋の悩みの相談と、他にもリリアーナ様は欲しいものがあったんだ」
「欲しいもの?」
「うん……多分本来の使い方では役に立たないだろうが、二人をくっつける役には立ってくれるだろう」
「お前の言っている意味が、俺にはさっぱり理解できないのだが……」
「じきに分かるさ。後できちんと説明をするから、イフリートは念のために城内を捜索してくれないか。屋外にいらっしゃるとは思うが、俺の読みが外れる場合もある」
「分かった。任せろ」
イフリートが姿を消したのと同時に、カイトの姿がテラスに通じる部屋の奥に見えた。
「カイトが来ました! アレクセイ様隠れていて頂けますか。そのほうが話しが早いので」
カイトが息せき切ってテラスに走り出てきたところで、サイラスは視線を合わせ、近付いていきガシッと両肩を掴んだ。
***
リリアーナを探している騎士達を横目で見ながら、カイトは東屋に向かって全速力で駆けている。サイラスのあの言葉、間違いなくリリアーナはそこにいるだろう。
(俺の誤解と言っていたが……)
カイトは首を振った。
そんな事を考えている場合ではない。月が厚い雲に覆われ暗闇が支配している今、何が目的でそこに居るのかは分からないが、一刻も早く見つけ出さなければ。
前方に東屋が見えてきた。東屋のある庭園は芝が広く敷き詰めてあり、端には花壇、花壇の回りを森が取り囲んでいる。
一見して、東屋には誰もいないように見受けられた。カイトは気配をうかがいながら、慎重に足音を忍ばせて近付いていく。まだどういう状況であるか分からない。リリアーナが捕らえられている可能性もあるからだ。
サイラスの口ぶりから危険は感じられなかったが、用心に越したことはない。
近付くにつれ、リリアーナの声が聞こえてきた。同じ言葉を繰り返し口にしている。
「…なーれ、……くなーれ……」
どうやら一人でいるらしい。カイトは東屋に入る石段に足を掛け、中を覗きこんだ。
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