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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 101
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「ここから先は俺の命にかけて、行かせはしない……!」
そう言いながらもアレクセイの頭の中は、めまぐるしく働いていた。サファイア達が安全圏まで逃げおおせるだけの時間を、いかにして稼ぐか――。
一番はリーダーを人質に取ることだが……バーナードを人質に取っても命乞いをせずに、”構わずサファイアを追え”と命令を下して終わりだろう。
だとすれば、次の手は……。
すっ、とバーナードが進み出て、皆に目配せをする。
(来るっ――!)
身構えたアレクセイの視界から、一瞬、人が消え失せた。
「――!?」
「ラザファム、止まって!!」
「駄目です!」
サファイアが、ラザファムの肩に担がれてガシガシと揺すられながら、大声を出す。
「お願いだから!!」
「アレクセイ様のお覚悟を無駄にする訳にはいきません!!」
「だから違うの! 兄様は無事だから、止まってーーー!!」
「………は?」
スピードを緩め、サファイアを肩に担いだまま振り返る。
「これは……」
アレクセイの前にはずらりと、ラトヴィッジの面々が土下座していた。深々と頭を下げた男達が、バーナードの号令と共に顔を上げる。
「どうか! サファイア姫をルイス王子の婚約者として、ラトヴィッジに連れ帰る事をお許し下さい!!」
「お許し下さい!!」
バーナードの声の後に、怒号のような男達の声が続く。そしてまた深々と、地に擦り付けるように頭を下げた。
身構えたままだった事に気付き、アレクセイが剣を下ろす。
「えーと……君、バーナード君…?」
「はい、アレクセイ様! 王子は先ほども申しました通り、今サファイア様と離れたら、元のダメダメに……!」
「いや、ちょっと待って、一回落ち着こうか」
「はい」
「……君達、サファイアを攫いにきたんじゃなかったの?」
「め、滅相もございません! 私達はアレクセイ様のお情けにお縋りしようと!」
「お情け……これはひょっとして…泣き落とし?」
「はい、仰るとおりでございます!」
アレクセイは脱力して、側にあるベンチに座り込んだ。濃い金色の前髪が落ちてきて、緑色の瞳を隠す。
「アレクセイ様……?」
「……少し考えさせてくれ」
先程のやり取りを思い返してみた。
『目当てはサファイアか!』
『はい、そうです―― 』
『こんな事をして、ただで済むと思うのか!!』
『我々にはもう、これしか手立てがないのです!!』
(目当てはサファイアで……辻褄が合ってしまったのか……)
『なぜこんな事をするの! ルイスは知っているの!?』
『王子はご存知ありません! しかしサファイア様、貴方に来て頂かないと! 離れたら、元の無気力なダメ王子に戻ってしまう!!』
そこまで思い出して、顔を上げる。
「ルイスには言ってないのか?」
「はい、王子は巻き込まないほうがいいと考えました」
「なぜ、謁見を申し出なかった?」
「サファイア様が残ることは決定事項です。普通に謁見を申し込んで話し合ったくらいでは、覆せないと思いました」
確かに婚約したばかりで、結婚の準備期間から相手国に身を寄せる話は聞いた事がない。
「その通りだな……。ところで君達の目は、何でそんなに血走っているんだ。異様な雰囲気だぞ」
「アレクセイ様にどのようにアプローチをするか、一晩中皆で知恵を絞りドゲザの練習もしました。寝不足と疲れのせいだと思います」
アレクセイは巡回兵から報告を受けていた事を思い出す。
『会議室から ”俺達ならできる!!” という叫び声と共に、一斉にしゃがみ込む音がするのです』と……。終わらない仕事の合間に体操でもしているのかと、気にも留めないでいたのだが。
「何故、騎士や兵士は剣に手を伸ばした?」
「ドゲザをする時に、剣が邪魔になるので手で押さえたのです。昨夜も押さえてドゲザしていました」
「我々のやり取りが聞こえなかったのか? 誤解していたのが分かっただろう。一言 ”違う” と言えば済むことじゃないか」
「それが……最初のほうは囁き声だったので聞き取れず、後半部分で ”あれ、誤解が” とは思ったのですが、なまじ言い訳をするより、ドゲザをしたほうが早いかと」
「そうか……」
アレクセイが深い溜息を吐いた。
「アレクセイ様、驚かしてしまい大変申し訳ありませんでした。罰なら受ける覚悟はできております。しかしながら、サファイア様の事を、今一度お考え頂けませんでしょうか。王子は…」
アレクセイが ”もう分かった” とでも言うように、右手を上げる。
「一ヶ月だ。期限付きでサファイアのラトヴィッジ滞在を認めよう」
「何と! 本当ですか!?」
ドゲザした男達が歓声を上げる中、アレクセイが話を続ける。
「一ヶ月したら、必ず帰してもらう。その後にまた行くかどうかは状況次第だ。サファイア専用の騎士をこちらでラザファム以外も付き添わせるが、そちらからも出してくれ。そこに居る金髪の君と、栗色の髪の君、それにあちらの端の青い瞳の騎士がいい」
アレクセイは三人を指名した。
「今、指名された三人は、我が国でもトップクラスの騎士達です。何故お分かりになったのでしょう?」
「動きに無駄がなかったし、見るからに鍛え上げた頑強な身体をしている。それにその三人はドゲザをする際に、鞘ごと剣を腰から外して脇に置いた」
「ああ――」
バーナードが納得顔で頷いた。
「バーナード、どういう意味だ!」
意味の分からないローマイヤ(サファイアにケチをつけた高官)が焦れて声を上げる。
「敵意がない事を敢えて伝えたのさ。腰から鞘ごと剣を外して、そうだろう?」
「はい」
三人の騎士がアレクセイに向かって、感嘆の眼差しと共に頭を下げる。
そこにラザファムがサファイアを担いだまま戻ってきた。
「サファイア、これでいいだろう? お前の用事も多分…」
ラザファムの背から下ろしてもらったサファイアは、アーモンド型の目を吊り上げて、小柄な身体をワナワナと震わせていた。
そう言いながらもアレクセイの頭の中は、めまぐるしく働いていた。サファイア達が安全圏まで逃げおおせるだけの時間を、いかにして稼ぐか――。
一番はリーダーを人質に取ることだが……バーナードを人質に取っても命乞いをせずに、”構わずサファイアを追え”と命令を下して終わりだろう。
だとすれば、次の手は……。
すっ、とバーナードが進み出て、皆に目配せをする。
(来るっ――!)
身構えたアレクセイの視界から、一瞬、人が消え失せた。
「――!?」
「ラザファム、止まって!!」
「駄目です!」
サファイアが、ラザファムの肩に担がれてガシガシと揺すられながら、大声を出す。
「お願いだから!!」
「アレクセイ様のお覚悟を無駄にする訳にはいきません!!」
「だから違うの! 兄様は無事だから、止まってーーー!!」
「………は?」
スピードを緩め、サファイアを肩に担いだまま振り返る。
「これは……」
アレクセイの前にはずらりと、ラトヴィッジの面々が土下座していた。深々と頭を下げた男達が、バーナードの号令と共に顔を上げる。
「どうか! サファイア姫をルイス王子の婚約者として、ラトヴィッジに連れ帰る事をお許し下さい!!」
「お許し下さい!!」
バーナードの声の後に、怒号のような男達の声が続く。そしてまた深々と、地に擦り付けるように頭を下げた。
身構えたままだった事に気付き、アレクセイが剣を下ろす。
「えーと……君、バーナード君…?」
「はい、アレクセイ様! 王子は先ほども申しました通り、今サファイア様と離れたら、元のダメダメに……!」
「いや、ちょっと待って、一回落ち着こうか」
「はい」
「……君達、サファイアを攫いにきたんじゃなかったの?」
「め、滅相もございません! 私達はアレクセイ様のお情けにお縋りしようと!」
「お情け……これはひょっとして…泣き落とし?」
「はい、仰るとおりでございます!」
アレクセイは脱力して、側にあるベンチに座り込んだ。濃い金色の前髪が落ちてきて、緑色の瞳を隠す。
「アレクセイ様……?」
「……少し考えさせてくれ」
先程のやり取りを思い返してみた。
『目当てはサファイアか!』
『はい、そうです―― 』
『こんな事をして、ただで済むと思うのか!!』
『我々にはもう、これしか手立てがないのです!!』
(目当てはサファイアで……辻褄が合ってしまったのか……)
『なぜこんな事をするの! ルイスは知っているの!?』
『王子はご存知ありません! しかしサファイア様、貴方に来て頂かないと! 離れたら、元の無気力なダメ王子に戻ってしまう!!』
そこまで思い出して、顔を上げる。
「ルイスには言ってないのか?」
「はい、王子は巻き込まないほうがいいと考えました」
「なぜ、謁見を申し出なかった?」
「サファイア様が残ることは決定事項です。普通に謁見を申し込んで話し合ったくらいでは、覆せないと思いました」
確かに婚約したばかりで、結婚の準備期間から相手国に身を寄せる話は聞いた事がない。
「その通りだな……。ところで君達の目は、何でそんなに血走っているんだ。異様な雰囲気だぞ」
「アレクセイ様にどのようにアプローチをするか、一晩中皆で知恵を絞りドゲザの練習もしました。寝不足と疲れのせいだと思います」
アレクセイは巡回兵から報告を受けていた事を思い出す。
『会議室から ”俺達ならできる!!” という叫び声と共に、一斉にしゃがみ込む音がするのです』と……。終わらない仕事の合間に体操でもしているのかと、気にも留めないでいたのだが。
「何故、騎士や兵士は剣に手を伸ばした?」
「ドゲザをする時に、剣が邪魔になるので手で押さえたのです。昨夜も押さえてドゲザしていました」
「我々のやり取りが聞こえなかったのか? 誤解していたのが分かっただろう。一言 ”違う” と言えば済むことじゃないか」
「それが……最初のほうは囁き声だったので聞き取れず、後半部分で ”あれ、誤解が” とは思ったのですが、なまじ言い訳をするより、ドゲザをしたほうが早いかと」
「そうか……」
アレクセイが深い溜息を吐いた。
「アレクセイ様、驚かしてしまい大変申し訳ありませんでした。罰なら受ける覚悟はできております。しかしながら、サファイア様の事を、今一度お考え頂けませんでしょうか。王子は…」
アレクセイが ”もう分かった” とでも言うように、右手を上げる。
「一ヶ月だ。期限付きでサファイアのラトヴィッジ滞在を認めよう」
「何と! 本当ですか!?」
ドゲザした男達が歓声を上げる中、アレクセイが話を続ける。
「一ヶ月したら、必ず帰してもらう。その後にまた行くかどうかは状況次第だ。サファイア専用の騎士をこちらでラザファム以外も付き添わせるが、そちらからも出してくれ。そこに居る金髪の君と、栗色の髪の君、それにあちらの端の青い瞳の騎士がいい」
アレクセイは三人を指名した。
「今、指名された三人は、我が国でもトップクラスの騎士達です。何故お分かりになったのでしょう?」
「動きに無駄がなかったし、見るからに鍛え上げた頑強な身体をしている。それにその三人はドゲザをする際に、鞘ごと剣を腰から外して脇に置いた」
「ああ――」
バーナードが納得顔で頷いた。
「バーナード、どういう意味だ!」
意味の分からないローマイヤ(サファイアにケチをつけた高官)が焦れて声を上げる。
「敵意がない事を敢えて伝えたのさ。腰から鞘ごと剣を外して、そうだろう?」
「はい」
三人の騎士がアレクセイに向かって、感嘆の眼差しと共に頭を下げる。
そこにラザファムがサファイアを担いだまま戻ってきた。
「サファイア、これでいいだろう? お前の用事も多分…」
ラザファムの背から下ろしてもらったサファイアは、アーモンド型の目を吊り上げて、小柄な身体をワナワナと震わせていた。
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