黒の転生騎士

sierra

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 102

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わたくしは、参りません!」
「………えっ、」
 
 アレクセイ以下その他大勢は固まった。

「なぜだ……サファイア? お前の用事って、この件と一緒だろう? ルイス王子と共に、ラトヴィッジに行きたかったんじゃなかったのか?」
「そうだったけど……」

 先刻を思い出したのか、自分の身体を抱き締めてふるっ、とサファイアが身震いをした。

「とても怖かった……。強引に攫われる恐怖もあったけど、それよりも怖かったのは、兄様が死んでしまうかもしれないと思ったこと。これだけの人数を相手にしたら、絶対に死んでしまうと思った……!」

 しーんと静まり返る中、サファイアはキッ、とドゲザした男達を睨みつける。

「私に一言相談するとか、何かできなかったの!?  勘違いしてると気付いたなら、ドゲザする前に言うべきでしょう! 兄様に死を覚悟させるなんて、絶対に許さない!!」
「サファイア様……」
「部屋に帰ります!!」
「サファイア様、お待ちを!」

 激昂して城へ向かうサファイア。
 慣れないドゲザに足が痺れて、地べたに這いつくばる男ども。バーナードを筆頭に何人かが根性で立ち上がり ”サファイア様~” と後を追う。

「どうかお許しを……!」
「ついて来ないでちょうだい!」

 アレクセイが朝は人払いさせている庭園を、リーフシュタインの騎士達が少し距離を取って覗き見ていた。アレクセイの帰りが遅いので来てみれば、何やら気まずい雰囲気が取り巻き、近づけないでいるのだ。
 ぷんぷんと怒っているサファイアが横を通り過ぎ、遠巻きにしていた騎士の一人が心配そうにラザファムと目を合わせる。ラザファムが頷くと、すぐさま騎士はサファイアに付き従った。

「お前が付いて行かないでいいのか?」
「はい。敷地内は安全ですし、あれだけの人が付いていれば……」

 よろよろと、ドゲザから立ち直った男達が、次々とサファイアの後を追う。
 
「確かにそうだな」

 アレクセイが笑い声を上げる。なぜかとても気持ちよさそうだ。

「よろしいのですか? 間に入って取り成さなくて」
「サファイアは私の代わりに怒ってくれているから、いいんだ」
「はい?」
「正直私も腹が立った。随分と驚かされたからな。一喝してやりたい気持ちもあったが、友好国でもあるし、公正に話を聞いて判断しなければいけないと、怒りを抑えてしまったんだ。サファイアが代わりに怒ってくれて、すっきりしたよ」
「あれは……」

 ラザファムが凄い勢いで遠ざかっていくサファイアの後ろ姿に目をやる。

「大好きなアレクセイ様を煩わせたバーナード殿達を、本気で怒っているんだと思いますが……」
「それだったらそれでもいい、お陰で私はすっとしたのだから。サファイアは賢い。取り成さなくても正しい選択をするだろう」
「はい、……そうですね。仰る通りだと思います」
「却って今日この事があって良かったかもしれない。彼らは仕事を理由にしているが、本音はルイスに幸せになってもらいたいのだ。あんなに必死なのは、彼を慕っているせいだろう。そんな国に嫁ぐサファイアは心配ない。きっと幸せになる」

 ”うへぇ” と心の中でラザファムは思う。人間として、次代の君主として、立派で素晴らしいアレクセイ。サファイアは兄のアレクセイとルイスをきっと比べてしまうだろう。ルイスはとても大変そうだ。


***

 同時刻、騎士宿舎前にて。

 朝もやが晴れて日の光が射し、澄んだ空気が胸を満たす。宿舎の玄関を出て太陽の眩しさに目をしばたかせ、カイトは両手を頭上で高く組みぐっと身体を伸ばした。
 昨日リリアーナの騎士から外されて、それ以降は彼女に会えないでいる。夕食の後に訪ねたが、扉の前で女性騎士に押し止められた。彼女らは申し訳無さそうに、イフリートが禁じたのだと説明をした。

 リリアーナがあの事を話したのだろうか……? 

 多分話してはいないだろう。大切な ”彼女のカイト” の命が掛かっている。
なら何故、騎士から外されたのか……昨日の頭痛騒ぎのせいか? 

 あの時のリリアーナは怯えていた。クリスティアナが何か気付いて、イフリートに伝えたとしてもおかしくはない。ただリリアーナは昨日までずっと、表面上は普段通りでいた。二人の姉姫も、俺が原因だとまでは思いつかない筈だ。
 じゃあなぜ、イフリート団長は、俺に怯えていると確信を持ったのか……。

 カイトの口元がきつく閉まり、拳を握り締める。

 くそっ、だめだ! リリアーナに会わない事には、推測の域を超えられない。
それに……この時点で会えなくなるのは非常にまずい――。

 良からぬ事が起こりすぎて、昨夜はなかなか寝付けなかった。いつもだったらもうとっくに、朝の鍛錬を終えている時刻だ。
 集合までにはまだがある。軽く走ってこようかと宿舎の角を曲がったところで、騎馬隊長のアルフレッドと歩兵隊長のグスタフに出くわした。

「おはよう、カイト」
「……おはようございます」

 カイトは訝しげな顔をする。二人はまるで待ち構えていたように現れた。内心警戒していると、アルフレッドがいつもと変わりなく、気さくな調子で話しかけてきた。

「いい天気だな、飯は食ったか? 用意はもうできているか?」
「はい、食事は済ませましたし、用意もできています。しかし随分早くないですか? 集合場所も城門のはずでしたが……」
「始まりが早くなったから直接迎えに来たんだ」 
「スティーヴを呼んできます」

 踵を返そうとしたカイトを、アルフレッドが呼び止める。

「奴はいい。他の仕事に入ることになったから、放っておいて平気だ」
「そうですか……」

 少し妙に思いながらも、カイトは二人に加わった。たわいない話を交わしつつ、三人並んで小道を進む。ふとある事に気付いて尋ねた。

「人が殆ど通りませんね」
「皆、見物に行っているんだ。ラトヴィッジのお客人が、アレクセイ様とサファイア様にやらかしてな」
「危険はないのですか?」
「ああ。結局は笑い話で終わりそうだ」
「そうですか。それから……」 

 足を止めたカイトを、二人は振り返ってじっと見た。

「どうした?」
「この道は、城門へは向かいません。この先にあるのは……」

 木立から一斉に小鳥が飛び立つ。

「地下牢です――」

 カイトはぞっとするような雰囲気を纏い、瞳に剣呑な光を宿した。
 
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