黒の転生騎士

sierra

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 107

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 カイトは岩盤を削って作られた簡素な石のベッドに寝かされていた。
 そっと目だけで周囲を窺うと、鉄格子の向こうにはサイラスが立っていて、どうやら自分は独房の中にいるようである。身体を起こそうとして、あまりの痛さに顔を顰めた。

「酷く痛むんだろう?」

 サイラスの言葉に大人しく頷く。
 イフリートに叩き落された背中は痛いし、最後に殴られた顎は、砕けなかったのが不思議なくらいだ。いつの間にかみぞおちにも食らっていたようで……とにかく身体中が痛みで悲鳴を上げていた。

 力が半端ない上、大柄なのに素早く動けるなんて……

「化け物め……」

 起き上がるカイトが洩らした言葉にサイラスが微笑んだ。

「もうすぐじいやが来てくれるよ」
「はい……痛っ、」

 サイラスに顔を向けただけで、全身に激痛が走り、歯を食い縛った後に黙りこくる。

「どうしたんだい?」
「私はどれ位の間、ここに閉じ込められるのですか?」
「イフリートは”頭が冷えるまで”と言っていたが」

 痛まないよう、ゆっくり天井を見上げると、遙か上のほうに小さな明り取りの窓が見える。カイトの跳躍力をしても届かない距離だ。昼間だというのに薄暗いのも頷けた。

「地下の特別室ですね」
「そうだ」

 通称”特別室”
 一般の囚人は、騎士団の建物内部に併設する牢屋に入れられる。しかし、罪の重い囚人や凶悪犯、他にも脱獄の恐れのある者達は地下牢に収容された。
 地下牢は、騎士団本部と宿舎の中間地点、騎士がすぐ駆けつけられる位置にあり、王族の安全のために城からは離れている。
 一見、ただの石でできた小屋が平野にポツンと建っているように見える。しかし中に入ると、地下に向かって螺旋階段が深く伸び、上から覗き見ても底は見えない。階段を下りるにつれて、空気はよど怖気おぞけが走り、だんだんと地獄に向かっているような感覚に囚われていく。最下部にたどり着き目の前の扉を開けると、鉄格子が片側にずっと並ぶのだ。

 その前を通り過ぎて一番奥、壁一枚隔てた向こう側に特別室はある。かえでの木で作られた扉を抜けると、手前半分に監視人が常駐するスペースがあり、奥の半分は独房になっている。

 固い岩盤を掘り下げて作られた地下牢はまるで強固な要塞のようで、特別室はおろか一般の房からも、脱獄した者は誰一人としていない。

「簡単には抜け出せないよ」

 カイトの考えを読んだように、サイラスが言う。

「知ってます――」

 受け流して、再び問うた。

「さっきと質問を変えます。なぜ、ここに閉じ込められるのですか?」
「リリアーナ様がお前を恐れているからだ。ただ、なぜ恐れているかは、お話にならなかった」

 サイラスがカイトをじっと見る。

「”カイトはリリアーナ様と距離を置かせる。近付くなと言っても聞かないだろうから、頭を冷やさせるためにも暫く閉じ込める”――イフリートの判断だ。………お前、リリアーナ様を押し倒しでもしたのか?」

 サイラスを微細に観察したが、真実を言っているようにしか見えない、というか何を考えているか読めない――。カイトは諦めの溜息を吐いた。

「まあ、それに近い事はしました」
「……それ、言っちゃっていいの?」

 そうだ。この事は話してしまった方がいい。リリアーナが話していないのなら、魔法が解けかけている事を誤魔化せるし、例え話していたところで、失うものなど何もない。

「薄々イフリート団長は気付いているだろうし、誰かに話したかったのかもしれません」
「押し倒した事をか?」
「違います。相手を欲しても手に入れらない辛さと、自分に無関心な恋人を持つ哀しみです」

 真実が含まれているな……とカイトは自嘲気味に笑った。

「……お前が年齢を重ねたら、リリアーナ様も変わるんじゃないか?」
「いいえ、きっと変わりません。彼女の瞳に俺は映らない……」

 特別室に近付いてくる足音が響いてきた。喋りすぎたと話題を変える。

「あの足音は……じいやと団長ですね」
「うん……そうだね」

 ギィィィと、扉を軋ませて、じいやとイフリートが入って来た。サイラスが顔を顰める。

「この強烈な臭いは――」
「カイト、やらかしたそうじゃのう………ん? サイラスどうしたんじゃ」
「相変わらず凄い臭いだね」

 鼻をつまみながらサイラスが鉄格子の扉を開け、じいやが洗面器の中身をぷんぷん臭わせて入っていく。

 嫌そうに洗面器を見やるカイトの前に、どん、と青みどろの膏薬こうやくが入った洗面器をこれ見よがしに置いた。

「自業自得じゃ」
「イフリート団長もこれで治療したのか?」

 視線を洗面器の中に落とすカイト。

「ああ。ちょびっとだけどな」
「ちょびっと……」

 カイトがイフリートを見てムスッとする。見た目も普段通りぴんぴんしてて、カイトと違いダメージは無さそうだ。
目の前の洗面器が強烈に臭うから、イフリートも結構な量の膏薬を貼っている事に、カイトは気付かないだけなのだが……。
 悔しそうにイフリートを睨むカイトに、当の本人が言い渡す。

「カイト、暫く頭を冷やせ。リリアーナ様がお前を怖がる理由を明かすまでは、獄中暮らしをしてもらう」

 イフリートもやはり表情や態度から、考えを読むことはできない。

「分かりました。というか、私に選択肢はないようですし……」
「まあ、そういう事だ。リリアーナ様が話す気になるまで、休暇だと思ってここにいろ」
「休暇……」

 じめじめして薄暗い牢内を見渡す。

「環境は改善してやるから」

 口ばかりではなく、本当に改善しようと考えているようで、イフリートの傍にはマットレスがあった。硬い石のベッドの上に敷いてくれるのであろう。

 それにしてもまずい事態だ。リリアーナが話さなかったら、ここからは出られない。話したら話したで、”これ幸い”と18才の自分に戻るまで出してはくれないだろう。
 それとも、もう話していて、イフリート達はすっとぼけているのか。

 カイトは臭う膏薬こうやくをぺたぺたと身体に貼られながら、考えを巡らした。

 
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