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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 112
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カイトは壁際に積み上げた書物を、片っ端から崩していく。
「カイト……何をやっているんだ?」
グスタフの問いには答えず全てを崩し終えると、今度はベッド脇に積んでいた新聞紙を、周囲にばら撒き始めた。
「それは……」
「ランプの油が滲みこませてあります」
「油の減りが早いと思ったら――」
問いただすよりも早く、ぱらぱらと細かい物を、次には床に撒いていた。鉄格子の間から、足元に転がり出てきたそれをグスタフが拾う。
「胡桃?」
「胡桃は油分を多く含み、火がついたら燃料のようによく燃えるんです」
「何を、考えている……?」
指先で摘んだ胡桃から、訝しげにカイトへ視線を移すと、カイトは炎の灯ったランプを、右手に高く掲げていた。
「カイト!」
「こうします」
カイトの手から、ランプが滑り落ちる。ガシャンと割れたその場所から、勢いよく炎が燃え上がった。
「馬鹿野郎! お前、死ぬ気か!!」
「それも一考ですね……」
訳が分からないまま、グスタフは横にいるダレルを見て大声で叫ぶ。
「ダレル、援護しろ!」
「……………」
「ダレル!!」
ダレルは魂が抜けたように、炎が燃え広がっていくのを、ただ見ているだけだ。
「しっかりしろ!!」
バシッ、と横っ面を乱暴に叩くと、正気を取り戻して目を見開き、グスタフに焦点を合わせた。
「カイトを助ける! どさくさに紛れて逃げられないように、二人掛かりでいくぞ!!」
両肩を掴み、怒鳴るグスタフに、ダレルは目を見開いたまま首を横に振る。
カイトがダレルに向かって呟いた。
「ダレル――」
低く響く声に、ダレルがぴくっと身体を震わせる。反応したダレルに、グスタフは血の気が失せた。
「ダレル、奴に耳を貸すな!」
更に首を振りながら、ダレルは後ずさりをし、グスタフの両手は外れてしまう。
(まさか本当に……!?)
そうしている間にも、炎は鉄格子の中を広がっていった。
「ダレル、カイトに逃げられないよう、俺の援護をするんだ!!」
「嫌です――」
グスタフの顔が、絶望の色に染まる。
「その命令は受け入れられません」
「ダレル、……!」
「その悪魔を、ここから出してはいけない」
「……?」
戸惑いながらダレルをもう一度見やると、彼の表情からは憂いが晴れ、一切吹っ切れた様子であった。
「お前、洗脳されたんじゃ……」
「正直危ないところでしたが――」
ダレルはしっかりとした眼差しで、カイトを見据えた後に、確固たる決意と共にグスタフに向き合う。
「人の心を操ろうとし、リリアーナ様には害を及ぼす最低な奴です。いくら婚約者といえども許せません。カイトはここで焼け死ぬべきです!!」
ほっとしたのも束の間、ダレルの口から出た”カイトを焼死”発言に、グスタフは内心慌てる。
「いや、俺達で勝手に判断をしてはいけない。それ相応の罰を与えるにしても、上に任せるべきだ。救助するぞ!」
「駄目です! こんな恐ろしい奴……、リリアーナ様は酷い目にあって臥せっているんですよね? なぜ罰せられないんですか! ひょっとして隊長や団長達が洗脳されて、それで罪が軽くなってる……?」
「違う!」
やり取りの間に、更に火は燃え上がり、煙を吸ってカイトが咳き込み始めた。グスタフが焦り始める。
「とにかく、ここに閉じ込めているのは意味があるんだ。お前だって、カイトの事は可愛がっていたじゃないか」
「それは18才のほうです」
「二人共、焼け死に…たくなかったら、……早、く……お逃げになったほうが、…いいですよ」
グスタフとダレルが同時に見ると、咳き込みながら、カイトが苦しそうに身体を折り曲げていた。グスタフが怒鳴る。
「お前も一緒に逃げるんだ!」
「何故ですか? 先輩を……操るのに失敗した今、もう手立てが…ない。このまま、…リリアーナに会えずに、時が過ぎるだけなら……生きていても仕方がない」
「何を言っているんだ! きっともう少ししたら、リリアーナ様に会える!!」
カイトがふっと、笑いを零した。
「いつですか?」
「今はそんな事を言っている場合ではないだろう!!」
「俺には…時間がないんです…それに俺が死ねば、奴も……」
話の途中で、カイトがくずおれた。
「カイト!? 大丈夫か、カイト!!」
意識を失ったようで、呼びかけにも応じない。
「くそっ! ダレル、助けるぞ!!」
グスタフは腰にチェーンで繋いであった鍵を掴むと、すぐさま鉄格子の扉を開けて中に入った。傍に駆け寄り、屈みこんで様子を伺う。
「煙を吸って気を失っているようだ。ダレル、手を貸せ!」
「嫌です」
「ダレル!!」
しばし睨み合ったが、ダレルは梃子でも動かない様子だ。
「分かった。お前はいいから、一般房の看守に声をかけろ」
「カイトが死ぬのを見届けてからです。隊長が運び出す気なら、阻止します」
「………」
牢の中は異常に熱くなってきた。このままだとカイトどころか、三人共焼け死んでしまう。
「もう一度言う。手を貸せ」
「カイトは死ぬべきです」
「魔法が……解けかけているんだ」
「え?」
「カイトの魔法が解けかけていて、あと一ヶ月で元に戻る」
「……本当……ですか?」
「だから死なす訳には――っ!」
屈みこんでいるグスタフに向かって、いきなり右手が伸びてきた。強い力で胸倉を掴まれ、強引に引き寄せられる。
「やっぱり知っていた」
目の前の黒い双眸には、闇が広がっていた。
「リリアーナが、しゃべりましたね――」
「カイト……何をやっているんだ?」
グスタフの問いには答えず全てを崩し終えると、今度はベッド脇に積んでいた新聞紙を、周囲にばら撒き始めた。
「それは……」
「ランプの油が滲みこませてあります」
「油の減りが早いと思ったら――」
問いただすよりも早く、ぱらぱらと細かい物を、次には床に撒いていた。鉄格子の間から、足元に転がり出てきたそれをグスタフが拾う。
「胡桃?」
「胡桃は油分を多く含み、火がついたら燃料のようによく燃えるんです」
「何を、考えている……?」
指先で摘んだ胡桃から、訝しげにカイトへ視線を移すと、カイトは炎の灯ったランプを、右手に高く掲げていた。
「カイト!」
「こうします」
カイトの手から、ランプが滑り落ちる。ガシャンと割れたその場所から、勢いよく炎が燃え上がった。
「馬鹿野郎! お前、死ぬ気か!!」
「それも一考ですね……」
訳が分からないまま、グスタフは横にいるダレルを見て大声で叫ぶ。
「ダレル、援護しろ!」
「……………」
「ダレル!!」
ダレルは魂が抜けたように、炎が燃え広がっていくのを、ただ見ているだけだ。
「しっかりしろ!!」
バシッ、と横っ面を乱暴に叩くと、正気を取り戻して目を見開き、グスタフに焦点を合わせた。
「カイトを助ける! どさくさに紛れて逃げられないように、二人掛かりでいくぞ!!」
両肩を掴み、怒鳴るグスタフに、ダレルは目を見開いたまま首を横に振る。
カイトがダレルに向かって呟いた。
「ダレル――」
低く響く声に、ダレルがぴくっと身体を震わせる。反応したダレルに、グスタフは血の気が失せた。
「ダレル、奴に耳を貸すな!」
更に首を振りながら、ダレルは後ずさりをし、グスタフの両手は外れてしまう。
(まさか本当に……!?)
そうしている間にも、炎は鉄格子の中を広がっていった。
「ダレル、カイトに逃げられないよう、俺の援護をするんだ!!」
「嫌です――」
グスタフの顔が、絶望の色に染まる。
「その命令は受け入れられません」
「ダレル、……!」
「その悪魔を、ここから出してはいけない」
「……?」
戸惑いながらダレルをもう一度見やると、彼の表情からは憂いが晴れ、一切吹っ切れた様子であった。
「お前、洗脳されたんじゃ……」
「正直危ないところでしたが――」
ダレルはしっかりとした眼差しで、カイトを見据えた後に、確固たる決意と共にグスタフに向き合う。
「人の心を操ろうとし、リリアーナ様には害を及ぼす最低な奴です。いくら婚約者といえども許せません。カイトはここで焼け死ぬべきです!!」
ほっとしたのも束の間、ダレルの口から出た”カイトを焼死”発言に、グスタフは内心慌てる。
「いや、俺達で勝手に判断をしてはいけない。それ相応の罰を与えるにしても、上に任せるべきだ。救助するぞ!」
「駄目です! こんな恐ろしい奴……、リリアーナ様は酷い目にあって臥せっているんですよね? なぜ罰せられないんですか! ひょっとして隊長や団長達が洗脳されて、それで罪が軽くなってる……?」
「違う!」
やり取りの間に、更に火は燃え上がり、煙を吸ってカイトが咳き込み始めた。グスタフが焦り始める。
「とにかく、ここに閉じ込めているのは意味があるんだ。お前だって、カイトの事は可愛がっていたじゃないか」
「それは18才のほうです」
「二人共、焼け死に…たくなかったら、……早、く……お逃げになったほうが、…いいですよ」
グスタフとダレルが同時に見ると、咳き込みながら、カイトが苦しそうに身体を折り曲げていた。グスタフが怒鳴る。
「お前も一緒に逃げるんだ!」
「何故ですか? 先輩を……操るのに失敗した今、もう手立てが…ない。このまま、…リリアーナに会えずに、時が過ぎるだけなら……生きていても仕方がない」
「何を言っているんだ! きっともう少ししたら、リリアーナ様に会える!!」
カイトがふっと、笑いを零した。
「いつですか?」
「今はそんな事を言っている場合ではないだろう!!」
「俺には…時間がないんです…それに俺が死ねば、奴も……」
話の途中で、カイトがくずおれた。
「カイト!? 大丈夫か、カイト!!」
意識を失ったようで、呼びかけにも応じない。
「くそっ! ダレル、助けるぞ!!」
グスタフは腰にチェーンで繋いであった鍵を掴むと、すぐさま鉄格子の扉を開けて中に入った。傍に駆け寄り、屈みこんで様子を伺う。
「煙を吸って気を失っているようだ。ダレル、手を貸せ!」
「嫌です」
「ダレル!!」
しばし睨み合ったが、ダレルは梃子でも動かない様子だ。
「分かった。お前はいいから、一般房の看守に声をかけろ」
「カイトが死ぬのを見届けてからです。隊長が運び出す気なら、阻止します」
「………」
牢の中は異常に熱くなってきた。このままだとカイトどころか、三人共焼け死んでしまう。
「もう一度言う。手を貸せ」
「カイトは死ぬべきです」
「魔法が……解けかけているんだ」
「え?」
「カイトの魔法が解けかけていて、あと一ヶ月で元に戻る」
「……本当……ですか?」
「だから死なす訳には――っ!」
屈みこんでいるグスタフに向かって、いきなり右手が伸びてきた。強い力で胸倉を掴まれ、強引に引き寄せられる。
「やっぱり知っていた」
目の前の黒い双眸には、闇が広がっていた。
「リリアーナが、しゃべりましたね――」
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