黒の転生騎士

sierra

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 129(後日談)その交換条件は…(中)

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 誘うように…薄く開いたリリアーナの唇を、カイトが熱っぽく見つめて、親指でなぞる……。
リリアーナの耳に、かすれた彼の低い声が響いた。

「リリアーナから、して……俺に」

 吐息が混じりあうほどに近く、触れそうな唇。しかしカイトは無情にも、リリアーナの両頬から手を離し、顔と身体を遠ざけてしまった。

 
そして時は遡る――


 朝食を持ってきたフランに会いたくて、リリアーナはカイトの腕の中でじたばたしていた。けれど抵抗は簡単にあしらわれ、しましまいには疲れ果て、はぁはぁと肩で息をする事となる。
 覆いかぶさってきたカイトを見上げ、うるんだ瞳でお願いをした。

「カイト、お願い――。フランは命がけで私を守ってくれたの! お礼を言うだけだから……」

 皆様ご存じだとは思うが、ただでさえカイトは、リリアーナのお願いに弱い。その上、大きな瞳でうるうるされた日には……。
 はぁ……、と溜息を吐きながら、カイトが上体を起こす。

「分かった。廊下に出てフランと会おう」
「ありがとう!」

 嬉しそうに抱きついてきたリリアーナを、微笑んで優しく抱き留める。指先で金の髪を掻き分けて後頭部を掴み、リリアーナの細い首筋に顔をうずめた。唇を這わせながら……何事かを呟く。

「聞こえな……んっ、…やぁ、……」

 貝殻のような可愛らしい耳を、優しく噛みながらもう一度呟いた。

「その代わりにリリアーナから…」

***

 そう、あの時に言われたのだ。交換条件として、リリアーナからキスをして欲しいと―― 

 思い出したリリアーナの頬が、ボッと熟れたリンゴのように紅く染まった。

(耳を噛まれて、甘く…身体が痺れて、カイトの吐息も――だめ!)

 ブンブンと頭を振り、優しく噛まれた耳の事など、頭から追い払う。

(私からキスをするのだから、集中しないと――)

 彼女はキスを強請ねだったことはあるがみずからカイトにしたことはない……。
リリアーナの頬が、またボッと熟れたリンゴの…(以下略)

(カイトはフランと会わせてくれた。私も約束を守らなくては)←真面目なリリアーナ

 扉にもたれ、リリアーナを足の間に挟んだカイトが、彼女の百面相を面白そうに、悠然と見下ろしている。
必死なリリアーナはそれに気付かず、カイトの胸に手を当てて、そろそろと爪先立った。

「カイトお願い。屈んで……目も、瞑って……?」

 リリアーナに覆い被さるように、上体を倒してきたカイトが目を瞑った。精悍な顔つきにドギマギしながら、リリアーナは少しづつ顔を近づけていく。見られたら恥ずかしいので、カイトが目を閉じているかどうかも、しっかりと確認した。

(すごい……睫毛が長くてバサバサしている)

 少ぉしずつ伸びをして、寸前でギュっと目を瞑り、チュッと唇を押し付けた。その後はすぐさま顔を離し、”どう?”とばかりに誇らしげに、満面の笑みを浮かべてカイトを見上げる。それを見たカイトがクスリと笑った。

「リリアーナ、とても可愛いけど、違う」
「………え、」
「これは親愛のキス。俺が言ったのは恋人達のキス」
「?」 
「俺がいつもしているキスをして」
「――えっ、」  
 
 カイトがリリアーナの頬に、自分の頬を重ね合わせて囁く。 

「俺がリリアーナに、いつもしているキス」

***

 ジャネットと兵士とビアンカは、三人がかりでフランチェスカを押さえつけていた……いや、正しくは、ジャネットはフランの前で説得に当たり、後の二人が押さえつけていた。
 
「フランチェスカ、お願いだから落ち着いて……。そうだわ、深呼吸をしましょう!」
「息してるにリリアーナ様がぁあ!!」
「ダメね」
「ダメだな」
「そこ! ダメ出ししない!!」

 取り押さえ役の二人にジャネットが怒鳴る。そこに誰かが駆けてくる足音が……。フランチェスカ、以下一同が、期待に満ちた表情で振り返った。

「イフリー……! チッ、スティーブか……」
「フランチェスカ! お前いま舌打ちしただろ!!」 
「スティーブ、来てくれたのね!!」

 涙ながらのジャネットの声に、スティーブが気を取り直して進み出ると、フランチェスカを真っ直ぐに見据えた。
優しさが滲んだ深みのある声で、フランチェスカに語り掛ける。

「フラン、本当はカイトの事を信頼しているんだろう? でも、血を分けた姉妹のように、愛情を持ってお仕えしてきたリリアーナ様の事が心配で、その上、自分から離れていくようで寂しくて、……そんな諸々もろもろの気持ちを、上手く処理できないでいるんじゃないのか?」

 フランチェスカが、唇を噛んでぷいっと横を向いた。

「心配なだけで……寂しくなんかないし……」
「話を聞いてやるぞ?」

 スティーブが両腕を広げる。フランチェスカの表情を見たジャネットが、ビアンカと兵士に向かって頷き、二人はフランから手を離した。顔をそむけたままではあるが、フランはててて…とスティーブに歩み寄り、腕の中に収まった。

「スティーブのくせに……」
「それ、前にも言われたな」

 ふくれっ面のまま、スティーブを見上げる。

「お昼は、……もう食べたの?」
「丁度これからだ」

 連れだって歩き出すフランとスティーブ。

「良かった。上手く……いったみたいね……さすがスティーブ」

 ジャネット以下一同が、感心して二人を見送っていると、”あっ、”とビアンカが声を上げた。

「フランに殴られたわよ……床に倒れてのたうち回ってる……」
「また余計なことを口にしたな」
「……さすがスティーブ」

 さて、スティーブの”いつものお約束”が終わったところで、リリアーナの部屋の中……

***

 カイトがリリアーナの頬に、自分の頬を重ね合わせて囁く。 

「俺がリリアーナに、いつもしているキス」

 重ね合わせたリリアーナの頬が、熱くなる

「深い…キス?」
「そうだ」
「………」
「リリアーナ?」

 返事がないのを不審に思ったカイトが、顔を離してみた。

(しまった――)

 リリアーナは頬を赤らめて唇を噛み、身体を固まらせていた。
宥めようと手を伸ばしたが、避けるように俯いてしまう。一度、もうリリアーナからキスをさせたというのに、彼女の反応が思っていた以上に愛らしく、からかうのをやめなかった自分は罰が当たったようだ。

「リリアーナ……」
 
 カイトは真っ赤になって固まっているリリアーナの顎を掴んで上向かせると、視線を合わせて謝るために顔を近づけた。
 
 細いしなやかな指が伸びてきて、カイトの両頬が包まれる。

「え……」

 きょとんと目を見開くカイトに、リリアーナが顔を寄せてきた。そっと……カイトの唇に、柔らかい唇が押し当てられる。
 時が止まったカイトに向かって、リリアーナが恥ずかしそうに言った。

「……キスを頑張ったら……」

 頬を桃色に染めて、リリアーナは続ける。
 
「深いキスを、頑張ったら、カイトからもキスして、抱きしめて……くれる……?」

 あ、だめだ。これは、破壊的に可愛い――

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