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第五章
ナルヴィク 9 見事なキャッチ
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それから二日後。リーフシュタインへの帰路につく日。カイトはまた侍女の格好をさせられていた。後はスカートを巻くだけである。今度はナルヴィクの者達もカイトの顔を知っているので、好奇の目や気の毒そうな視線が注がれ、恥かしいことこの上ない。フランチェスカがスカートを持ってきた。
「カイト! 見て見て! 裾とポケットにフリルをつけてみたの! ほら、帽子もフリフリよ!」
「・・・それは嫌がらせか?」
「――そんなの楽しいからに決まってるじゃない」
わざとらしいその笑みに、何かの仕返しを感じさせる。最近リリアーナをすぐ帰さなかったり、真っ赤にして帰すのがいけないのか? 婚約しているのだ。大目に見て頂きたい。
カイトがスカートを巻いてみた。帽子もいやいやながら被る。
「サイラス副団長、帰りも俺はこの格好ですか? おまけに前より衣装が嫌なんですが」
「やはり意外性は必要だよね」
サイラスは笑いそうになるのを必死に耐えているように見える。リリアーナとフランチェスカが我慢できずに笑い出した。一斉に他の者達まで笑い出す。
カイトが苦虫を噛み潰したような顔をしていると、スティーブがぼそりと言った。
「いいよな、お前はフランに楽しそうな顔をされたり、笑ってもらえて」
「あれは、笑ってもらえてるんじゃなくて、笑われてるんだ! お前、はっきり言わないと、フランには伝わらないぞ!」
実はスティーブは気の強い幼馴染がずっと前から好きだったりする。しかし、なかなか意思表示ができないのであった。
悲しそうな顔をしているシンシアに、アレクセイは別れ難くなかなか傍を離れられない。サイラスがそっと声を掛ける。
「アレクセイ様、そろそろ出発しないと宿に着くのが遅くなってしまいます」
アレクセイは溜息をついた。
「確かにそうだな・・・シンシア姫、またすぐに会いに参ります」
「お待ちしております」
目に涙を溜めたシンシアに、後ろ髪を引かれる思いで馬車に乗り込む。アレクセイもシンシアも、お互いに姿が見えなくなるまで手を振り合った。四年越しの恋だ。婚約期間はなるべく短くしようと思うアレクセイであった。
途中盗賊にあっても、フリル姿のカイトが撃退した。フリルの怒りが、全て盗賊に向けられている。
エヴァンがスティーブに耳打ちした。
「行きより片付けるのが早くないか?」
「よっぽどフリフリが嫌なんですよ。でもほんと今回は楽ですね、最後に倒れてる奴らを縛り上げるだけでいいんですから」
「カイト、もう女装要員でいいんじゃないか?」
「そこ! 聞こえてます! 次はやりませんから!!」
カイトの怒りの活躍もあり、夕方には順調に宿屋へ着いた。ちょうどナルヴィクとリーフシュタインの国境沿いにある御伽噺 (おとぎばなし) に出てきそうな村である。
宿の主人はリーフシュタインの皇太子と姫君が泊まる上に、チップも過分にもらえホクホク顔である。アレクセイとリリアーナが泊まることを知り、村中から人が押し寄せてきたので、当の本人達は村のレストランも兼ねている食堂ではなく、部屋で食事を取る事となった。
カイトは仲間と食堂で食べた。主人が食後のデザートを持ってきた時に、ノート位の大きさの銅版画(細かく緻密に描かれた版画の事。普通白黒です)を差し出した。
「こちらに、皆様サインを頂けませんか?」
「ぶっ――!」
カイトは見るなりコーヒーを吹いた。自分に渡されたのは二枚の自分の銅版画で、一枚は彩色が施 (ほどこ) されており、一枚は白黒そのままである。
「何だ・・・これは・・・?」
スティーブが答えた。
「カイト知らないのか? 今、巷 (ちまた) で流行ってるんだぜ。騎士団のメンバーと、国王陛下とアレクセイ様のが売られてて、結構な売り上げになるらしい。版権はリーフシュタイン国が持っていて、出版はゴルツ商会が一手に引き受けている筈だ」
「ゴルツ商会って・・・」
「ああ、お前の兄貴だ。何でもお前の兄貴のアイデアらしいぞ」
「この間、帰った時に避けられてるなとは思ったんだが、こんなの売ってたのか・・・」
「お前が怒ると思ったんだろう。アレクセイ様と、イフリート団長と、サイラス副団長が一番の売れ筋だったんだけど、イフリート団長が婚約してからは、お前の売り上げが伸びているらしい。でも、お前も婚約したから、売れ行きはこれから落ちるかもな~」
何だか嬉しそうだ。
「スティーブのは売れているのか?」
「う~ん、まあまあかな」
「お前は黙っていれば貴公子に見えるからな」
今度帰った時に、詳しく締め上げ――ではなく、詳しく聞こうと思ったカイトである。
「あの~、サー・カイト、サインを頂けませんか?」
村娘が入ってきて、銅版画を差し出した。宿の主人が文句をつける。
「駄目だ、駄目だ! 皆さん疲れていらっしゃるんだぞ!」
「構いません。こちらに書けばいいんですね?」
カイトがにっこりとすると、女性達が色めき立った。我も我もとカイトや、カイト以外のお目当ての騎士にも群がってくる。サイラスが立ち上がった。
「他の方々の邪魔になるから、外に出るぞ」
場所を宿屋の前に移すと、サイン会のようになってきた。ダントツ人気はサイラスで、琥珀色の瞳に長くて美しい銀髪、端正な顔立ちから女性の人気が高い。次にカイトで、武術大会の活躍を見た男性達まで並んでいた。
「リリアーナ、来いよ、面白いことやってるぜ」
「なあに、兄様」
三階の窓から覗くと、カイトの周りに女性が群がっていて、カイトは何やら一生懸命書いている。正直あんまり面白くない光景である。
「サインを頼まれているみたいだな」
「うん・・・」
女性達はカイトを見上げている為に、その憧れの眼差しを嫌でも確認できるのだが、カイトは彼女達を見下ろしていて、どんな表情をしているか分からない。しかしカイトだ。でれでれしてはいないだろう。他の騎士もサインを頼まれているし、気にする程のことでもない。
普段から女性に囲まれてうんざり気味のアレクセイが溜息をついた。
「あそこにいなくて良かったよ。リリアーナ、ここの窓は低いし危ないから、もう閉めないか?」
リリアーナが窓を閉めようとした時に、感極まった若い女性がカイトに抱きついた。
「ずっとファンだったんです!!」
思わずリリアーナは身を乗り出して、もっとよく見ようとした。窓枠に掛けていた手がすべる。
「リリアーナ!!」
アレクセイが叫び、ドレスの裾をかろうじて掴む。一瞬は止まったが、布が手から滑り落ち、窓枠の向こうにその姿は消えてしまった。リリアーナは咄嗟に目を瞑る。
地面に叩き付けられる――
あれ・・・痛くない・・・? そっと目を開けると、息を弾ませたカイトが覗き込んでいた。
「リリアーナ様。大丈夫ですか?」
リリアーナは青い顔をしている。あまりに見事なキャッチだったので、周りでは拍手が沸き起こっていた。
「カイト! 見て見て! 裾とポケットにフリルをつけてみたの! ほら、帽子もフリフリよ!」
「・・・それは嫌がらせか?」
「――そんなの楽しいからに決まってるじゃない」
わざとらしいその笑みに、何かの仕返しを感じさせる。最近リリアーナをすぐ帰さなかったり、真っ赤にして帰すのがいけないのか? 婚約しているのだ。大目に見て頂きたい。
カイトがスカートを巻いてみた。帽子もいやいやながら被る。
「サイラス副団長、帰りも俺はこの格好ですか? おまけに前より衣装が嫌なんですが」
「やはり意外性は必要だよね」
サイラスは笑いそうになるのを必死に耐えているように見える。リリアーナとフランチェスカが我慢できずに笑い出した。一斉に他の者達まで笑い出す。
カイトが苦虫を噛み潰したような顔をしていると、スティーブがぼそりと言った。
「いいよな、お前はフランに楽しそうな顔をされたり、笑ってもらえて」
「あれは、笑ってもらえてるんじゃなくて、笑われてるんだ! お前、はっきり言わないと、フランには伝わらないぞ!」
実はスティーブは気の強い幼馴染がずっと前から好きだったりする。しかし、なかなか意思表示ができないのであった。
悲しそうな顔をしているシンシアに、アレクセイは別れ難くなかなか傍を離れられない。サイラスがそっと声を掛ける。
「アレクセイ様、そろそろ出発しないと宿に着くのが遅くなってしまいます」
アレクセイは溜息をついた。
「確かにそうだな・・・シンシア姫、またすぐに会いに参ります」
「お待ちしております」
目に涙を溜めたシンシアに、後ろ髪を引かれる思いで馬車に乗り込む。アレクセイもシンシアも、お互いに姿が見えなくなるまで手を振り合った。四年越しの恋だ。婚約期間はなるべく短くしようと思うアレクセイであった。
途中盗賊にあっても、フリル姿のカイトが撃退した。フリルの怒りが、全て盗賊に向けられている。
エヴァンがスティーブに耳打ちした。
「行きより片付けるのが早くないか?」
「よっぽどフリフリが嫌なんですよ。でもほんと今回は楽ですね、最後に倒れてる奴らを縛り上げるだけでいいんですから」
「カイト、もう女装要員でいいんじゃないか?」
「そこ! 聞こえてます! 次はやりませんから!!」
カイトの怒りの活躍もあり、夕方には順調に宿屋へ着いた。ちょうどナルヴィクとリーフシュタインの国境沿いにある御伽噺 (おとぎばなし) に出てきそうな村である。
宿の主人はリーフシュタインの皇太子と姫君が泊まる上に、チップも過分にもらえホクホク顔である。アレクセイとリリアーナが泊まることを知り、村中から人が押し寄せてきたので、当の本人達は村のレストランも兼ねている食堂ではなく、部屋で食事を取る事となった。
カイトは仲間と食堂で食べた。主人が食後のデザートを持ってきた時に、ノート位の大きさの銅版画(細かく緻密に描かれた版画の事。普通白黒です)を差し出した。
「こちらに、皆様サインを頂けませんか?」
「ぶっ――!」
カイトは見るなりコーヒーを吹いた。自分に渡されたのは二枚の自分の銅版画で、一枚は彩色が施 (ほどこ) されており、一枚は白黒そのままである。
「何だ・・・これは・・・?」
スティーブが答えた。
「カイト知らないのか? 今、巷 (ちまた) で流行ってるんだぜ。騎士団のメンバーと、国王陛下とアレクセイ様のが売られてて、結構な売り上げになるらしい。版権はリーフシュタイン国が持っていて、出版はゴルツ商会が一手に引き受けている筈だ」
「ゴルツ商会って・・・」
「ああ、お前の兄貴だ。何でもお前の兄貴のアイデアらしいぞ」
「この間、帰った時に避けられてるなとは思ったんだが、こんなの売ってたのか・・・」
「お前が怒ると思ったんだろう。アレクセイ様と、イフリート団長と、サイラス副団長が一番の売れ筋だったんだけど、イフリート団長が婚約してからは、お前の売り上げが伸びているらしい。でも、お前も婚約したから、売れ行きはこれから落ちるかもな~」
何だか嬉しそうだ。
「スティーブのは売れているのか?」
「う~ん、まあまあかな」
「お前は黙っていれば貴公子に見えるからな」
今度帰った時に、詳しく締め上げ――ではなく、詳しく聞こうと思ったカイトである。
「あの~、サー・カイト、サインを頂けませんか?」
村娘が入ってきて、銅版画を差し出した。宿の主人が文句をつける。
「駄目だ、駄目だ! 皆さん疲れていらっしゃるんだぞ!」
「構いません。こちらに書けばいいんですね?」
カイトがにっこりとすると、女性達が色めき立った。我も我もとカイトや、カイト以外のお目当ての騎士にも群がってくる。サイラスが立ち上がった。
「他の方々の邪魔になるから、外に出るぞ」
場所を宿屋の前に移すと、サイン会のようになってきた。ダントツ人気はサイラスで、琥珀色の瞳に長くて美しい銀髪、端正な顔立ちから女性の人気が高い。次にカイトで、武術大会の活躍を見た男性達まで並んでいた。
「リリアーナ、来いよ、面白いことやってるぜ」
「なあに、兄様」
三階の窓から覗くと、カイトの周りに女性が群がっていて、カイトは何やら一生懸命書いている。正直あんまり面白くない光景である。
「サインを頼まれているみたいだな」
「うん・・・」
女性達はカイトを見上げている為に、その憧れの眼差しを嫌でも確認できるのだが、カイトは彼女達を見下ろしていて、どんな表情をしているか分からない。しかしカイトだ。でれでれしてはいないだろう。他の騎士もサインを頼まれているし、気にする程のことでもない。
普段から女性に囲まれてうんざり気味のアレクセイが溜息をついた。
「あそこにいなくて良かったよ。リリアーナ、ここの窓は低いし危ないから、もう閉めないか?」
リリアーナが窓を閉めようとした時に、感極まった若い女性がカイトに抱きついた。
「ずっとファンだったんです!!」
思わずリリアーナは身を乗り出して、もっとよく見ようとした。窓枠に掛けていた手がすべる。
「リリアーナ!!」
アレクセイが叫び、ドレスの裾をかろうじて掴む。一瞬は止まったが、布が手から滑り落ち、窓枠の向こうにその姿は消えてしまった。リリアーナは咄嗟に目を瞑る。
地面に叩き付けられる――
あれ・・・痛くない・・・? そっと目を開けると、息を弾ませたカイトが覗き込んでいた。
「リリアーナ様。大丈夫ですか?」
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