黒の転生騎士

sierra

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第九章

呪われた絵 7

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「カイト、戦いの神のこのカエレスが命ずる。リリアーナと二人でモデルをやれ!」
「はい・・・?」
 カイトの背中を一筋の汗が流れた。ベルナールがホクホク顔になる。
「はい! もちろん `接吻せっぷん ‘ の! もうイメージのラフ画もあります!」
 カイトは渡されたラフ画に見入る。{注・クリムトの接吻をイメージして下さい} 
「これは――お断りします! ずっとこのポーズでは (恥かしくて) とてもいられません! それに俺達がモデルをしたこの絵は、下手したら世に出るんですよね?」

 カエレスがニヤニヤしながら大声で喋る。
「ええ!? いいのかな~住むところがないと引き裂かれて、元の時代に戻されて、あの者達は可哀想に・・・」
「――っ!」

 しばらくののち・・・  

「リリアーナ、君はどうだい?」
 諦め顔でカイトが尋ねる。リリアーナもラフ画を見て、顔を赤らめながら答えた。
「私は・・・構わないわ。恥かしいけど、ナイチンゲールさんには助けてもらったし」
 カイトは深い溜息を吐いた。
「引き受けさせて頂きます・・・」
 
 ベルナールは小躍りし、ナイチンゲール達は手に手を取り合って喜んでいる。カエレスは何故か楽しそうだ。
「ベルナール! 早速あの絵を持って来い! 中をこの者達が住めるように創り変える」
「かしこまりました! リリアーナ様、サー・カイト、早速今日からデッサンを始めたいのですが」
「今日は仕事があるから駄目だ。次の休日に――」

「カイト、毎日午後の二時間、絵のモデルの為に抜けることを許可する!」
「ええ!! イフリート団長! 何故ですか!? 仕事優先じゃないんですか?」
「いや、ナイチンゲール達の絵はモデルと引き換えなんだろう? `困っている人達の力になる ‘ これも立派な騎士団の仕事だ」
 イフリートの肩が細かく震えている。
「笑いこらえてますよね!?」
 サイラスがまず堪えきれずに吹き出した。それを皮切りに皆一斉に笑い出す。
「みんな、面白がってますね!」
 カイトの顔が赤くなった。それは珍しい光景なので、益々みんなではやし立てる。

「参ったな・・・」
 カイトがみんなから逃げるように、絵の中を創りかえ中のカエレスの横へやってきた。カエレスは右人差し指をイーゼル上にある絵に向かって動かしている。時々絵が跳ねて、その度に風景の奥行きが増していくように感じられた。

「美人のフィアンセがいるのがいけない」
「元はと言えば、カエレス様が騒ぎを大きくしたんですよ」
「今、難しいところだから、話し掛けられてもな~」
 カイトがジト目で睨んだ。
「それ以外の内容だったら話し掛けてもいいですか?」
「いいぞ、何だ?」
「前世に帰った時に、美術館で`哀しみのリリアーナ ‘ という絵に出くわしたんです」

「ああ、あの絵の事なら知っているぞ。前世とここは違う世界なのに、何故あの絵が前世にあったか知りたいのか? それは、わしにも分からん。時空の穴に落ちたか、あの世界に渡る何かがこれから起こるかもしれんがな」

「――分かりました。それともう一つ、なぜあの絵のリリアーナが哀しそうな顔をしていたか・・・多分あの絵はこれからベルナールの手によって描かれる物です。まだスケッチの段階ですが、哀しそうではないですし、題名も違います」

「それは・・・その時にどこに居たかだけを考えればいい」
「どこに居たか?」
「そうだ。お前はあの絵が美術館にあった時には、前世に居ただろう?」
「はい」
「前世にいるという事は、リリアーナの元に帰ってはいない状態だから、リリアーナは哀しみに暮れていたのさ」
「その後に帰ってきてもですか?」
「それはその時点では推定だろう? 考えや、感情は抜きにして、その時に居た場所だけを考えればいい。何なら、今のあの絵を覗いてみるか? 今、お前はここにいる訳だから、リリアーナが幸せそうな、なかなかいい表情をしているぞ」

「前世にある、あの絵を覗けるのですか?」
「ああ、お前・・・愛されてるな、あの表情は何とも言えんぞ」  
「是非、見たいです――」
「ダメーーーー!!」
 今までカイトに言われた通り、カエレスの作業をうっとり (演技) 顔で見ていたリリアーナが飛んできた。

「そんなの恥かしい!! 絶対に見てはダメ!」
 紅い顔をして抗議をするリリアーナを横目で見て、カエレスがカイトに耳打ちした。
「後でな・・・」
「よろしくお願いします」
「だからダメ!!」

 カエレスの作業も終わり、ドラッヘヴァルトの風景画の中に、ナイチンゲール達は入っていった。時々は現実の世界にも出てこれるらしい。その後、絵は絵画室の一番良い場所に飾られ、時々鑑賞している人達に手を振っては驚かれたりしている。

 カイトとリリアーナの`接吻 ‘ は、ベルナール渾身の作品で、後に代表作となる。展示会をすると人が溢れ、そこに目を付けたカイトの兄が、王室に許可を取り、ベルナールとも契約した。ゴルツ商会が銅版画を作成し、複製画も何枚も描かれた。いくら刷っても、描いても追いつかず、偽物まで出回る始末だ。

 ある休日にカイトがぼやいた。
「早くこの騒ぎが落ち着いてくれないかな」
「本当ね。`接吻 ‘ の銅版画を城の皆も持っているのよ。恥かしくて・・・」
 リリアーナが顔を紅くした。

「それで、リリアーナは何を描いているんだ?」
 二人は今、東屋にいる。ベルナールからプレゼントしてもらった、ミニ油絵セットでリリアーナは絵を描いていた。カイトは空手のかたの説明書きを書いている。
「ベルナールには、及ばないけど・・・風景画」
 恥かしそうに、両手で絵を隠す。

「上手いじゃないか。鼻の頭に絵の具がついているけど」
「え!? 鼻に? 早く拭いて!」
 リリアーナが顔を上げると、カイトが顔を近付けてきた。
「嘘・・・だけど」
 くちづけようとしたその時に、女性達の奇声が聞こえてきた。
「きゃーーー!! 生接吻なませっぷん!!」

 カイトが顔を上げると、城で働く女性達が『まずい!!』とばかりに散って行った。遠くで女中頭のマルガレーテが雷を落としている声が聞こえる。真っ赤になったリリアーナを腕の中にして、この騒ぎが暫く続く事を考えると、頭が痛くなるカイトであった。


#この作品における表現、文章、言葉、またそれらが持つ雰囲気の転用はご遠慮下さい。
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