黒の転生騎士

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第十一章

我儘姫と舞踏会 12  会いたかった――

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 一角獣ユニコーンが走り始めた。鹿や馬よりも速い――なんてものではなかった。

 ――まるで空を飛んでいるようだ。

 風景は瞬時に後ろへ飛んでいき、しっかりとしがみついてないと落ちて大怪我をしてしまいそうになる。一角獣の一蹴りで軽く10m以上は進むので、あまりの浮遊感に空を飛んでいるような錯覚を起こす。 
 目の前にいきなり視界が開けたと思ったら、崖から宙を飛んでいた。50m近くある向こうの崖へと、易々と着地する。

「凄いな・・・」

 カイトの呟きが理解できたようで、更にスピードがアップした。

「わ――っ、落ちるから、ちょっとスピードを弱めてくれ!!」

 その叫び声は耳まで届かなかったのか、そのまま機嫌良く走っている。もう、カイトは振り落とされないように必死だ。

「うわ・・・っ!!」

 満月の晩にカイトの声が木霊する。実はこの声は後々に `魔の森に迷い込んだ哀れな男の呼び声 ‘ として魔の森伝承の一つとなる。
 荒い一角獣の走り方にやっと慣れてきたところで、もうリーフシュタイン近くまで来ている事に気が付いた。
 城の高い塀も、一角獣は軽々と飛び越え、あっという間にリーフシュタイン城の中庭へと到着をした。

「ありがとう、助かったよ」

 カイトがまた首筋を撫でてやると、嬉しそうに目を細めて顔を擦り付けてきた。ちょうど月が雲に隠れているお陰で辺りが暗く、一角獣の姿が目立たないのも幸いだった。

「もうお帰り、誰かに見つかって騒ぎになる前に」

 一角獣は帰り難そうに、尚も顔を擦り付けている。

「またくればいい。君が遊びに来ても驚かないように、皆にも話しておくから。それに俺の婚約者は乙女で、優しい上に素敵な女性だ。君もきっと気に入ると思う。今度来たら紹介をするよ」

 一角獣は軽くいななくと、塀を飛び越えて消えていった。

 今はもう真夜中だ――
宿舎に帰ろうかと思ったが、リリアーナのことが気になる。

 もうとっくに寝てるだろう。寝顔を見るのは無理でも、様子を聞く位なら――

 カイトは足をリリアーナの部屋へと向けた。部屋の前までくると、女性騎士のアビゲイルとビアンカが驚きの声を上げそうになり、お互いの口を手で塞ぐ。

「カイト・・・こんな真夜中に帰ってきたの? スティーブは?」
「スティーブはまだ帰って来てないのか?」

 カイトと違って迂回するとはいっても、馬に乗り、整地された道を走るのだ。道がない上に木々に阻まれ、真っ直ぐに走れないカイトとよりは速く、もうとっくに着いている筈。

「アクシデントがあって別々なんだ。明日着くといいのだけど・・・」

 カイトが顎に手を当てて、俯き加減で考え込んだ。アビゲイルが声を掛ける。

「大丈夫よ、きっと明日着くわよ! それよりリリアーナ様の様子を見に来たの? もう眠っていらっしゃるわよ」
「眠れてるならいいんだ――少し心配だったから」

 ビアンカがアビゲイルを肘で小突く。

「馬鹿ね、心配で寝顔だけでも見たいのよ」
「あ、なーる」

 もちろん目の前で喋っている二人の声は丸聞こえで、カイトの顔が赤らんだ。

「私達、見ない振りをするから行ってらっしゃい」
「ありがとう――」

 感謝の表情を浮かべて、カイトが部屋の中に入っていく。

「いいわね~~!」
「本当に――!」
 二人でにっこりと顔を見合わせた。

 居間を抜け、静かに寝室の扉をノックする。暫くしてから入ると、リリアーナがベッドで眠っている姿が目に入った。月が隠れているせいか、部屋の中は暗くてよくは見えない。ベッドの傍まで近寄って、その寝顔を見下ろした。

 問題なく眠れているようだ――
安心して額にそっとキスを落とし、踵を返して立ち去ろうとドアのノブに手を掛ける。

「行ってしまうの・・・?」

 暗い部屋に細い声が響く。振り返ると、リリアーナがベッドの上で起き上がっていた。
「行かないで――」

 カイトが直ぐにベッドの傍へと足を運ぶ。

「ごめん、寝てたのに起こしてしまって」
「いいの・・・会いたかったから」

 リリアーナが両手を広げると、カイトがベッドに腰を掛けてリリアーナを抱き締めた。

「俺も会いたかった――」 
 `ほう―― ‘ とリリアーナが溜息を漏らして、目を瞑る。

「でも、心配していたよりよく眠れていたようで安心をした」
 最初は大人しく髪を撫でられていたリリアーナが急にはっと我に返った。

「カイト、ありがとう。もう宿舎に帰っていいわ」
「うん・・・?」
「えっと・・・疲れたでしょう? 早く行って」
「・・・分かった。それじゃあ、また明日」

 `変だな ‘ と思いつつも、頬にくちづけ立ち上がる。歩みを進めようとしたところで、隠れていた月が雲の間から顔を出した。
 月の光で部屋が明るくなり、慌てたリリアーナがカイトの視界を遮ろうと、ベッドから急いで下り立つ。しかし身長差がありすぎる為に、全然遮れはしなかった。

「だめ、見ないで――!」
「これ・・・は・・・?」

 部屋を見渡して驚く――カイトの部屋の物がそこかしこに置いてあったのだ。自分の部屋の椅子に、クッション、ベッドの掛布もカイトの物だし、なによりリリアーナが寝間着の上に羽織っているのは、カイトのシャツである。他にも何着かベッドを縁取るように置いてあった。

 リリアーナが真っ赤に顔を染める。
「だって、眠れなくて・・・カイトのものが傍にあると、カイトの匂いがして安心するの。夜には帰ってこないと思ったから、明日洗って返そうと思って――」

 今にも泣き出しそうなリリアーナをカイトが抱き寄せて、ぽんぽんと背中を叩いて宥めた。

「リリアーナ、落ち着いて。俺が持ってきていいと言ったんだから気にする事はない。むしろこのお陰で眠れたのなら、良かったと思う」
「本当にそう思う・・・? 私のこと変だと思っていない?」
「うん。思わない」

 リリアーナの鼻の頭にキスをする。

「良かった・・・」

 涙で瞳を潤ませて、笑顔を浮かべるリリアーナを覗き込むように見つめた後に、身を屈ませてくちづけた。頬を紅くさせたままの彼女の耳元でそっと囁く。
「口を開けて・・・」

 恥かしそうに、しかし言われるまま僅かに口を開けると、ゆっくりと愛おしむようにくちづけられた。段々とくちづけが深くなり、口内の感じるところを舌先で優しく探られ、足に力が入らなくなる。

「ん・・カイ・・・ト・・・」
「うん・・・?」
「もう立って・・・いられな・・・い・・・」

  リリアーナを支えながら身を離したカイトが、じっと顔を見つめたまま、また首を傾げて唇を重ねようとした。
「可愛い、リリアーナ――」

 リリアーナの手がカイトの背に回り、指先でシャツを掴んだ時に、バルコニーからそれは聞こえてきた。ガッガッ、と何かがガラス戸に当たっている。随分と大きな音で、二人が視線を向けると――

「キャーーー!!」

 リリアーナが思わず悲鳴を上げた。真っ白で額の中央に立派な角をもつ一角獣が、バルコニーからこちらを見ていた。
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