黒の転生騎士

sierra

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第十一章

我儘姫と舞踏会 17

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 こちらはリーフシュタイン城

 リリアーナの部屋には、リリアーナ付きのもう一人の侍女シェリルと、長女のクリスティアナ姫付き侍女のセルマが支度を手伝いに来ていた。

「セルマ、貴方は腕が良い上に手早いから、手伝いに来てくれてとても助かるわ。ありがとう」
「勿体無いお言葉です、リリアーナ様」
「クリスティアナ姉さまの支度はもう整ったの?」
「はい、ある者からの注文がウザ・・・いえ、難しかったですが」

 リリアーナの髪の毛を結い上げながら話すセルマにリリアーナが `? ‘ と不思議そうな顔をする。

 [実はイフリートに『美しく仕上げて欲しいが、男の目を引かないように目立たなくしてくれ』って言われたんです」
「それは・・・難しいわね。というか無理じゃないかしら?」

 長女のクリスティアナと騎士団長のイフリートは、もっか婚約中である。そしてセルマとイフリートは親戚関係にあり、何かというとイフリートはセルマに注文をつけてくる。

「はい、その通りです。ただでさえモデル並みの容姿の方に`目立たなく ‘ なんて無理に決まっているので、クリスティアナ様に協力して頂きました」
「姉様が何かしたの?」         
「イフリートに向かって『貴方の前では一番綺麗な私でいたいの。貴方の為だけに最高に美しく装うわ』と言って頂きました」
「それで上手くいったの・・・?」
「はい、我が従兄ながらこれが騎士団長で大丈夫だろうか? と思う位コロッとあっけなく」

 リリアーナが鈴を転がしたような笑い声を上げた。

「さあ、出来上がりました・・・!」
「こちらもです!」
 
 シェリルが仕切っていたカーテンを開ける。奥からフランチェスカが姿を表した。シェリルはフランチェスカの着付けと髪の毛を担当していたのだ。

 フランのドレスは上品な薄紫のシルクサテン地でできていて、所々にまるで本物のアイリスが咲いているような刺繍が施してある。シンプルに結い上げた栗色の髪の毛にも、ミニアイリスの生花をあしらい、上品な美しさと雰囲気を醸し出している。

「フラン、とても綺麗よ・・・!」
「リリアーナ様のほうが、お綺麗です」

 フランチェスカがはにかみながら答えた。
 リリアーナは薄いペパーミントグリーンのドレスで、スカート部は上品な透け感のオーガンジー生地が折り重なり、回転するとフワッと広がる。
 髪形はハーフアップにして、結い上げた部分に真珠のピンを散りばめるように刺してあった。 

 そこにノックの音がする。シェリルが応対に出て、カイトが入ってきた。彼は冬用の黒の正装を身に付けている。裏地と、ズボンの横に細く紅いラインが入っていて、足元はブーツであった。短めの髪の毛を整髪料で整えているが、額に幾筋か髪の毛が落ちてきている。

 二人に気付いたカイトが目を眩しそうに細めた。
「リリアーナ、フランチェスカも本当に素敵だ・・・今日はダンスの申し込みが殺到するな」

「カイト・・・スティーブは・・・?」
「残念だけど、まだ来ていないんだ・・・」
 期待に沸くフランチェスカにカイトがすまなそうな表情を浮かべる。

「そんな顔しないで、貴方のせいじゃないわ」
「始まりの時間には間に合わないかもしれない・・・来るまで俺達と一緒にいないか? 王族は最後の入場になるから」
「ありがとう・・・入場まで一緒に居させて頂くわ。その後はスティーブが来たらすぐに分かる場所にいたいから」
「分かった。入場まで一緒にいよう」

 暫くすると従僕から声が掛かり、控え室へと移動をした。そこにはアレクセイに婚約者のシンシア、クリスティアナにイフリート、サファイアに隣国の幼馴染の王子が揃っていて、後から国王と王妃が入って来た。
 イフリートがカイトを傍に呼んで、こっそりと耳打ちをする。

「スティーブは?」
「まだです・・・来たらすぐ用意できるように女中頭のマルガレーテ達が待機してくれています」
「おばちゃん軍団か・・・いい判断だ」

 スティーブが来たら直ぐに着替えを手伝って(ほぼ裸にひん剥きスーツを着せる)髪も髭も全部整えてくれる手筈だ。
 最初は執事のベイジルや男性の使用人達に任せようと思ったのだが、彼らは舞踏会の仕事で忙しい。
 それにこういう時は女性、それも本人が嫌がっても、躊躇なくてきぱきとこなしてくれる妙齢(と言っておこう)の女性が一番なのだ。

 招待客が揃ったようで、また声が掛かりホールへ入場をする。フランチェスカは目立たないようにスティーブがいつ来ても分かるよう、入り口が見える場所に移動をした。
 国王の最初の言葉が述べられ、中央に国王と王妃からカイトとリリアーナまでの5組の男女が進み出た。ファーストダンスは王族と決まっている。

 煌びやかなシャンデリアの光の下、曲の始まりと共に踊り始める。滑るようにホールを行き交う踊り手たちは、見る者達の溜息を誘う。

 フランチェスカもその様子を眺めていた。一時ひとときではあるが、夢のような光景はスティーブがここにいない事を忘れさせてくれる。
 やがてファーストダンスが終わり王族が退くと、次々とホールにカップルが進み出た。パートナーがいない者達は、ダンスを申し込んだり、申し込まれたりしている。フランチェスカは人目につかない場所を見つけて、ひっそりと身を寄せた。

 それでも人気のある彼女には、ダンスの誘いが次々と舞い込んでくる。しかし本人は断るばかりで、リリアーナはフランが気になって仕様がない。

「カイトが申し込んだらどうかしら? カイトだったら私が婚約者だし、スティーブとも親友だし、周りに邪推されずに済むわ」
「申し込んでもよいけど、多分フランは受けないよ。このままそっとしておいたほうがいいと思う」
「何で? カイトは心配じゃないの? それって少し冷たい。あんなに綺麗に着飾っているのに、もし壁の花で終わってしまったら・・・!」
「ん・・・。じゃあ、リリアーナが今回の舞踏会で、フランの立場だったとしよう。俺と君はお互いに想いあっているが、まだ告白はしていない、そして俺が仕事で遅れている」

 カイトは優しく言い聞かせるようにリリアーナに話す。
「心配したクリスティアナ様がイフリート団長にお願いして、リリアーナにダンスを申し込んできた。君はどうする?」

 リリアーナが俯いた。

「断るわ・・・最初のダンスはカイトと踊りたいし、来るのを信じているから待っていたいもの・・・」
「うん・・・ここは、見守っていよう。スティーブはきっと這ってでもくるから・・・ただ、確かに遅れすぎだな」

 口を手で覆い、入り口へと視線を向けると、リリアーナがカイトの袖を引っ張った。

「『冷たい』なんて言ってごめんなさい・・・私、何だか子供みたい・・・」

 しょんぼりとしたリリアーナにカイトが微笑む。

「構わないさ。フランの事を心配する――そんな優しい君が好きなんだから」
 ウエストに手を回しそっと抱き寄せると、リリアーナの華奢な顎を捉えて、唇を重ね合わせた。思いやりに満ちた、甘くて優しいキスにリリアーナは幸せを感じる。

 集中する視線を感じ取りカイトが顔を上げると、ご婦人方がしまったとばかりに顔を扇で隠して、パタパタと扇いでいた。

「ちょうど柱の陰だから目立たないと思ったけど、まだ`接吻 ‘ 効果が残っているようだ」
 カイトがリリアーナの頭に片手を当て、周りの視線から隠すように胸の中に引き寄せる。守られているのが嬉しく、リリアーナは目を瞑り、その胸に顔を寄せて暫くそのままでいた。

 カイト達の心配を他所に時は刻々と過ぎていく、そしてとうとう最後の曲になってしまった・・・
演奏が始まり、フランチェスカは顔を上げて、庭へ出る為にテラスへと向かった。



 すいません! 月曜日に上げるつもりだったのですが、このお話がどうしてもスティーブ登場まで行き着かず、急遽、今日上げました。
 月曜日まで読者の皆様に待って頂いて、スティーブにかすりもしないって、我ながらどうよ・・・ と思いまして ^^;

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