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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 7 「カイト、大好き――」
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走って近くまでいくと、アビゲイルが花壇の方を指差した。
花壇の前でリリアーナは下を向いて立ち尽くし、フランチェスカがしゃがんで横から話しかけている。
「リリアーナ様、皆のところに戻りましょう」
リリアーナは首を横に振ると、ボソッと呟いた。
「リリィわるい子?」
「いいえ、リリアーナ様は悪い子などではありません」
「でも……わたしが引っ張ったから……タチアナがころんじゃった……」
カイトが近付いてきた気配に、フランチェスカが気付いて顔を上げ、リリアーナに小さな声で伝える。
「カイトです」
リリアーナはピクリとし、小さい肩をますます強張らせた。フランチェスカがカイトに目配せをして自分の場所を明け渡し、代わりに彼が跪いたが、リリアーナは頑なに下を見ている。
カイトは穏やかにリリアーナに語り掛けた。
「リリアーナ様。私も悪い子だとは思いません」
「でも……」
リリアーナの瞳からは涙が零れ、カイトがハンカチを出してそれを優しく拭った。
「確かに少し乱暴でしたが、子供の間での小競り合いはよくあるものです。だからそんなに気に病むことはありません。リリアーナ様はすぐに手を差し伸べようとしましたし、次に似たことがあってももう手荒くはしませんよね? 日々こうして、色々と経験をしながら学んでいくからいいのです」
「でも……カイトがほかの子と遊んだり……抱っこするのはいやなの――ぜったいにいやなの!」
リリアーナは足元を見たまま声を震わせる。
「わたしはケチで、わるい子なの――」
カイトは静かに首を横に振った。
「違います。それは私をそれだけ気に入ってくださっているという事ですよね? 自分の気に入っているものは他人に触れさせたり、使わせたりしたくないものです。ケチとはまた違います」
リリアーナがカイトをじっと見つめる。
「わるい子じゃない……?」
「はい。本当に悪い子は、リリアーナ様のように反省したりしないものです」
リリアーナの表情が少しだけ明るくなった。
「それに今回は私の配慮が足りませんでした。リリアーナ様には悲しい思いをさせて申し訳ありません。これからはこのような事がないように、職務中で相手ができない旨をすぐ伝えるように致します」
カイトは会場のほうに顔を向けた。
「先程タチアナ様をお詫びの気持ちも兼ねて抱き上げた後に`私も ‘ とせがまれた子供達には仕事中であると説明をしてから、こちらに参りました。ですからもう今日はせがまれる心配はありません」
そこでリリアーナと視線を合わせる。
「私はリリアー様の騎士なのですから」
リリアーナは大きな瞳を潤ませ、嬉しそうにカイトに抱きついた。首に両腕を回してぎゅっとする。
「カイト、大好き――」
カイトはリリアーナが安心するように抱き締め返した。
その様子をフランとアビゲイルが離れた場所から見守っている。
「上手くいったようね。良かったわ」
ほっと息を吐くアビゲイルにフランが尋ねる。
「ねえ、アビゲイル。リリアーナ様がカイトを好きな今のこの感情って何だと思う?」
「フランが言いたいのは、恋かどうかっていうこと?」
「そう」
「う~ん、これくらいの年齢って熱しやすく冷めやすいし、年上の格好いいお兄さんに憧れたりしない?」
「……そうよね、まだ5歳児だもの……私の考えすぎよね」
リリアーナはカイトと共に会場へと戻った。タチアナが近付いてきたのでリリアーナが緊張をする。思わず後ろに付き従うカイトを振り返ると、彼は優しい目で僅かに頷いた。
「タチアナ、ごめんね……」
タチアナが目をぱちくりとさせる。
「わたしも謝ろうと思ったの。お父様とお母様に『リリアーナ様に何てことするんだ!』って鬼のように怒られちゃった」
タチアナが笑顔を見せて、舌をペロッと出した。
「プリンセスって絶対に謝らないと思ってた。わたしもごめんなさい。カイトはリリアーナの騎士だもんね」
リリアーナが笑顔を見せている後ろで、タチアナの両親が `タチアナ、リリアーナ様に向かって何て口のききかたを! 舌も出すな……!‘ とまだ鬼のような形相でいた。
「タチアナ……!」
タチアナの母親が注意を与えようとしたが、タチアナは気付かないでリリアーナと手を繋ぎ、お菓子を食べに行ってしまった。
公爵夫人が溜息を漏らし、扇で口元を隠しながら後ろに控えていたカイトに声を掛ける。
「行って注意したほうがいいかしら?」
「このままで構わないのではないでしょうか? 敬語だと隔たりを感じてお二人とも楽しめないかと――」
「確かにそうだけど、タチアナは気が強いし心配だわ……」
「私が気を配りますし、タチアナ様は賢いお方です。公爵夫人に叱られた後で、きちんと立場をわきまえておいでだと思います」
「貴方がそう言うなら、このままにしておくわ」
「ありがとうございます」
一礼をするカイトに、公爵夫人はちらりと視線を向けた。
国王一家と親戚関係にある為に、彼女はカイトとともよく会話を交わす。騎士の身でありながらリリアーナと婚約をしただけあって、彼の意見には一目置くべきものがある。
その後リリアーナ達は意気投合し、同世代の子供達とも楽しく過ごした。
花壇の前でリリアーナは下を向いて立ち尽くし、フランチェスカがしゃがんで横から話しかけている。
「リリアーナ様、皆のところに戻りましょう」
リリアーナは首を横に振ると、ボソッと呟いた。
「リリィわるい子?」
「いいえ、リリアーナ様は悪い子などではありません」
「でも……わたしが引っ張ったから……タチアナがころんじゃった……」
カイトが近付いてきた気配に、フランチェスカが気付いて顔を上げ、リリアーナに小さな声で伝える。
「カイトです」
リリアーナはピクリとし、小さい肩をますます強張らせた。フランチェスカがカイトに目配せをして自分の場所を明け渡し、代わりに彼が跪いたが、リリアーナは頑なに下を見ている。
カイトは穏やかにリリアーナに語り掛けた。
「リリアーナ様。私も悪い子だとは思いません」
「でも……」
リリアーナの瞳からは涙が零れ、カイトがハンカチを出してそれを優しく拭った。
「確かに少し乱暴でしたが、子供の間での小競り合いはよくあるものです。だからそんなに気に病むことはありません。リリアーナ様はすぐに手を差し伸べようとしましたし、次に似たことがあってももう手荒くはしませんよね? 日々こうして、色々と経験をしながら学んでいくからいいのです」
「でも……カイトがほかの子と遊んだり……抱っこするのはいやなの――ぜったいにいやなの!」
リリアーナは足元を見たまま声を震わせる。
「わたしはケチで、わるい子なの――」
カイトは静かに首を横に振った。
「違います。それは私をそれだけ気に入ってくださっているという事ですよね? 自分の気に入っているものは他人に触れさせたり、使わせたりしたくないものです。ケチとはまた違います」
リリアーナがカイトをじっと見つめる。
「わるい子じゃない……?」
「はい。本当に悪い子は、リリアーナ様のように反省したりしないものです」
リリアーナの表情が少しだけ明るくなった。
「それに今回は私の配慮が足りませんでした。リリアーナ様には悲しい思いをさせて申し訳ありません。これからはこのような事がないように、職務中で相手ができない旨をすぐ伝えるように致します」
カイトは会場のほうに顔を向けた。
「先程タチアナ様をお詫びの気持ちも兼ねて抱き上げた後に`私も ‘ とせがまれた子供達には仕事中であると説明をしてから、こちらに参りました。ですからもう今日はせがまれる心配はありません」
そこでリリアーナと視線を合わせる。
「私はリリアー様の騎士なのですから」
リリアーナは大きな瞳を潤ませ、嬉しそうにカイトに抱きついた。首に両腕を回してぎゅっとする。
「カイト、大好き――」
カイトはリリアーナが安心するように抱き締め返した。
その様子をフランとアビゲイルが離れた場所から見守っている。
「上手くいったようね。良かったわ」
ほっと息を吐くアビゲイルにフランが尋ねる。
「ねえ、アビゲイル。リリアーナ様がカイトを好きな今のこの感情って何だと思う?」
「フランが言いたいのは、恋かどうかっていうこと?」
「そう」
「う~ん、これくらいの年齢って熱しやすく冷めやすいし、年上の格好いいお兄さんに憧れたりしない?」
「……そうよね、まだ5歳児だもの……私の考えすぎよね」
リリアーナはカイトと共に会場へと戻った。タチアナが近付いてきたのでリリアーナが緊張をする。思わず後ろに付き従うカイトを振り返ると、彼は優しい目で僅かに頷いた。
「タチアナ、ごめんね……」
タチアナが目をぱちくりとさせる。
「わたしも謝ろうと思ったの。お父様とお母様に『リリアーナ様に何てことするんだ!』って鬼のように怒られちゃった」
タチアナが笑顔を見せて、舌をペロッと出した。
「プリンセスって絶対に謝らないと思ってた。わたしもごめんなさい。カイトはリリアーナの騎士だもんね」
リリアーナが笑顔を見せている後ろで、タチアナの両親が `タチアナ、リリアーナ様に向かって何て口のききかたを! 舌も出すな……!‘ とまだ鬼のような形相でいた。
「タチアナ……!」
タチアナの母親が注意を与えようとしたが、タチアナは気付かないでリリアーナと手を繋ぎ、お菓子を食べに行ってしまった。
公爵夫人が溜息を漏らし、扇で口元を隠しながら後ろに控えていたカイトに声を掛ける。
「行って注意したほうがいいかしら?」
「このままで構わないのではないでしょうか? 敬語だと隔たりを感じてお二人とも楽しめないかと――」
「確かにそうだけど、タチアナは気が強いし心配だわ……」
「私が気を配りますし、タチアナ様は賢いお方です。公爵夫人に叱られた後で、きちんと立場をわきまえておいでだと思います」
「貴方がそう言うなら、このままにしておくわ」
「ありがとうございます」
一礼をするカイトに、公爵夫人はちらりと視線を向けた。
国王一家と親戚関係にある為に、彼女はカイトとともよく会話を交わす。騎士の身でありながらリリアーナと婚約をしただけあって、彼の意見には一目置くべきものがある。
その後リリアーナ達は意気投合し、同世代の子供達とも楽しく過ごした。
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