黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 10  『秘密の花園』

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カイトにまた別の女性が近付いてきた。今度は右手を差し出される前に、首を横に振り謝罪の言葉を口にしているようである。
その女性は残念そうにしながらも印象を良く持ってもらいたいのか、必要以上に愛想の良い笑みを浮かべてカイトから離れていった。
リリアーナはホッとしたが、他にもカイトに視線を送っている令嬢の存在に気付いて、胸の中がもやもやとする。

――彼女は考える。
年が離れているのが問題のようであるが、自分はどうなのであろう? 30歳ってどれ位? 具体的に思い浮かべてみる。確か……クリスティアナ姉様の婚約者、イフリート団長が28歳の筈である。

(ぜんぜん平気――!)

28歳のイフリートは若々しく美丈夫で、おじさんらしさを感じさせない。

(ううん、おじさんでもきっとカイトはとっても素敵!)

リリアーナは思ったことをすぐ口にした。

「おじさんでもいい! リリィはカイトと結婚したい」

アネモネがぽかんとする。今まで控えめで自分から話さなかったリリアーナが、宣言するようにはっきりと口に出したからである。

「う~ん、でも、周りはどうかな?」
「周り?」
「あなたはお姫様でしょ? 周りの人達が、年が離れすぎていて結婚をゆるさないかも」
「え……何で?」
「よく分からないけど、お姉様がそう言ってた。あと『カイト様も子供なんかより大人の女性のほうがいいに決まっている。リリアーナ様が大人になるまでなんて、きっと待ってられないわ』って、ほら、今もきれいな女の人達が皆カイトを見てるでしょ? 親達も後押ししてるんだって、強くて優秀だし、ドラゴンの守護も授かってるから出世株だって」

確かにその通りである。ここにいる殆どの女性がカイトを見ていた。
リリアーナの小さな胸は痛む。そういえばカイトが婚約者である事は誰からも教えられていない。当のカイトからさえも。
 
(婚約者なのに結婚できないの……?)
リリアーナの気持ちはどんどんと沈んでいった。見ていてそれは可哀想な程に――
アネモネが慌ててフォローに入る。

「もとに戻ったら結婚できるし、ドラゴンが方法を調べてくれてるんでしょ?」
「うん……」

しかし、フェダーがそれを言ってから、もう半年近くなる。最初はこのままでも構わないと思っていたが……
見かねたアネモネが立ち上がるとリリアーナの腕を引っ張った。

「リリアーナ、いいところに連れていってあげる」
「いいところ……?」

そう言ってリリアーナの手を掴んで走り始め、木立の中に分け入っていく。いきなりの行動に警護の者達が慌てて追ってきたが、木でできたトンネルや、子供がやっと通れるようなクレマチスの花のアーチ、生垣の迷路などを通り抜けている内に、ついてこれなくなってしまった。

最後に迷路の一部でもあり、薔薇の生垣の下方にあるこれまた小さな子供しか通れない扉を抜けると――

「わぁ――!」

そこは花で溢れかえる世界。多種多様、色とりどりに咲き乱れ、花の香りでむせ返りそうになる。中央には芝生の絨毯が敷き詰められ、周りは丈の高い薔薇の生垣に囲まれて、外界と遮断されていた。広くはないが、とても素敵な場所である。

「とてもきれい……」
「でしょう? 私は『秘密の花園』って呼んでいるの」
「ピッタリな名前」

アネモネが誇らしげな顔をした。

「アネモネの花もあるのよ」
「あなたと同じ名前。可愛くて素敵な花」
「ここに大人が入るのはちょっと大変なの。玄関のほうからぐるっと回って、そこの隙間からしか入れないの」

指をさした方向に目を向けると、確かに大人が一人やっと入れそうな隙間がある。

「わたし達を見つけるのに時間がかかると思う。家族と庭師以外はこの場所への入り方を知らないから。私達が入って来た扉も目立たないから見つけられないし、大人は隙間からしか入ってこれないし」
「ふーん」

二人は顔を見合わせると芝生まで走って行き、横になってゴロゴロと転げ回った。きゃあきゃあとはしゃぎあい、折角のドレスが芝生だらけである。そうしている内に静かになったと思ったら、アネモネが眠ってしまっていた。
リリアーナは魔法の杖を持つと、薔薇の蕾に近付いた。

「バラよぉ~~~咲け!」

薔薇は蕾のままである。

「バラよ~咲いて……バラよ~お願い咲いて……バラよ、ちょっと咲いて?」

全然花開かない薔薇の蕾に業を煮やしたリリアーナは、杖を足元に投げ捨てた。

「リリアーナ様どうしたの?」

どこからか急に声を掛けられて、リリアーナはびくっとする。

「ここだよ、ここ、もう少し左……そう、そのまま真っ直ぐ歩いて来て」

声がするほうに近付いていくと、生垣が薄いところがあり、その向こうに鉄柵のフェンス、フェンスの向こうには道路が通っているのが隙間から窺えた。
フェンス越しに男が声をかけてくる。

「ありがとう、来てくれて。とても嬉しいよ」

男はうっすらと口元で笑った。
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