罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第69話 始まりの始まり

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 異界にある自分の荷物を運んだり、翼人族全体のゴタゴタもあって度々異界に戻らなければならなかった。
 ルナは時折会いに来ては上手くいっていない様子を見せていた。その度に傷を増やし、その度に私が応急手当をする。
 大きな怪我はないものの、石を投げられてついたような傷や、かすり傷や、火傷の傷など種類は様々だがどれもこれも人間にされたものだと思うと私はやるせなかった。
 それでもルナは諦めず、説得を続けていたようだ。
 愚直なまでの真っ直ぐさを否定することは私は愚か、誰にも出来ないだろう。
 そうして季節は一つ、また一つと過ぎていった。

 そんなある日、事件は起こる。

 私が向こうの世界を行き来していることに関して、行動を怪しんだタージェンはずっと私の後をついて回っていた。

「セージ、最近どこに行ってるんだよ? 全然家にいないし、私は真剣に頼んでいるのに、セージ、聞いているのか? 私はセージが翼人を担っていく者としてふさわしいと――――」
「ええいうるさい! 年寄りに構っていないでお前が何とかしろ!」

 やっとの思いでタージェンを振り切って、扉を開けて向こうの世界へとやってくることができた。

「まったく……タージェンのやつ……私に付きまといおって……」

 扉を消すと、私はいつも通り家を作る作業を再開した。
 外側はほぼできたので、内側を仕上げていく段階。魔術を使えば楽なのだろうが、誰かに見られたら一大事だ。波風を立てないようにするには慎重にことを進めるほかない。
 私が作業をし始めて数時間が立ち、少し休憩をしようと思っていた矢先、ルナがやってきた。

「セージ!」

 元気に私の名前を呼ぶと、ルナは笑顔で私の前に現れた。腕はすっかりと治ったようだが、また新しい傷が増えている。

「ルナ……またお前は……私は医者ではないんだぞ……」
「あははは……」
「でも、諦めないのは偉いな。私はとうに諦めた」

 ルナの為に傷に有効な薬草を栽培し始めた私は、何故自分がそこまでしているのか解らなくなりながらも、葉を少し摘み取って処置に戻った。

「セージ、どうして協力してくれないんですか……? 人間のあなたと私で話をすればもう少し良くなってくれると思うのに……」
「……私は手伝えない。すまない」

 いつも通り私がそう答えると、ルナは悲しげな表情を見せたがまたいつも通り笑顔に戻る。
 ルナに椅子を差し出し、私も椅子に腰かける。軽く頭を下げて座ったルナは、会った当初よりも少し髪が伸びて肩にかかっていた。
 相変わらず手入れをしている様子もなく、ボサボサになっている。
 綺麗な顔をしているのに、無頓着な娘だと私は感じる。

「そうですか……私、実はもう一つ悩みがあって……セージ、聞いてくれますか?」
「悩みが多いんだな」
「はい……私、実は魔女の女王候補なんです……でも、ずっと私の親友が女王になりたがっていて、譲りたいんですが私の一存では――――」

 何気ない悩み事かと思い聞いていたが、大分序盤の方でとてつもない悩みであることに気づく。
 その後の魔女の事情の話は頭によく入ってこなかった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。魔女の女王候補なのか? なのに魔女全体の意向とは真逆のことをしてるのか?」
「はい、そうなんですけど私はやっぱり親友に……」
「……その言いぐさだと、ルナが女王として有力候補だというふうに聞こえるのだが?」
「……そうですね。私は……一番支持されています。でも、私は親友を裏切れませんし……」
「ルナが女王になって人間と平和協定を結ぶのが現実的な解決策じゃないか? まぁ、時間はかかりそうだがな。互いの確執がある。そもそもその親友はルナと同じ考えではないのか?」
「……親友は人間に酷い扱いをずっと受けていましたから……そうは考えられないようです」
「それでも親友なのか? 随分価値観が違うようだが?」
「親友です。小さい頃から一緒でした。姉妹のようなものですかね」

 何も捨てられない甘い性格だ。そもそも、何かを得る為に何も捨てられないというのはあまりにも強欲だ。
 一つ手に入れる為に、ときには何もかもを差し出さなければならないこともある。

「そうか。死なない程度に頑張れ。もし女王になったら、私を女王の間に呼んでくれ」

 投げやりにそう言うと、私は立ち上がった。
 そろそろ異界に戻らなければならない。
 ルナは無理にでも笑顔を作る。その見るに堪えない様子を見て、私は言いたくなかったことを口にした。

「ただ、女王候補ならそれ相応に気をつけろ。それだけ指示されているルナが人間に殺されたとあらば、魔女と人間の確執は埋まらないものになるだろう」

 そう言われたルナはハッとしたような顔をして、笑顔を曇らせた。
 歳は取りたくないものだ。希望に向かう道にある障害物ばかり見えてしまう。
 暗い顔をしている彼女に、私はもう一つ付け足した。

「まぁ……その……私の力が必要なら、ときどき、たまに、まれに、少しなら……貸してやってもいい」

 なんてことを言ってしまったのかといった直後に後悔したが、ルナが笑顔になって私を見てきたことでその後悔は一瞬で消え去り、私は微笑んだ。
 ルナはいつも通り帰って行った。私はルナが帰ったことを確認した後に、部屋の奥の絨毯の下に隠してあった異界への扉の術式を発動させた。

「今日は……会議の日だったか。タージェンがまたうるさいのだろうな……」

 私は熱気あふれる異界の扉をくぐった。



 ◆◆◆



 ルナは帰っている途中、セージのことを考えていた。
 世捨て人と言うと聞こえは悪いけれど、知性は高く考え方もしっかりしている。
 それに身なりは人間にしてはとてもいい。それに、時折尋ねてもいないときはどこへ行っているかもわからない。
 考えている途中、人間の声がした。

「この辺りか? 本当にいるのかそんな年寄りは?」
「あぁ、やけに身なりの良いこの辺の人間じゃない年寄りだ。如何にも怪しい」
「見つけたら本当に殺すのか?」
「赤毛の訳の分からん魔女がよくその家に出入りしているらしい。魔女の手先だ」

 その言葉を聞いて、ルナは慌てて来た道を引き返した。

 ――違う。セージは良い人なのに……セージを逃がさなきゃ……

 走って息を切らしながらセージの家につくと、そこにはセージはいなく、代わりに何か物凄い熱気を放つ穴が開いていた。
 穴は暗く、そして本来そこに穴など開いているはずのないところだった。

 ――魔術? でも……なにこの魔術……魔女がきたのだろうか?

 しかし、ルナが知らない魔術はなかった。使える、使えないにかかわらず、ルナはすべての現行の魔術式を記憶している。
 派生の魔術式にしても、それはかなりの複雑さで見たこともない魔術式だ。そう考えたが、太古の失われた魔術であり、誰もその実態をしらない魔術があったことを思い出す。
 初めの魔女イヴリーンが作ったと言われ、そこからその魔術は秘匿にされ昔の魔女と共に消え去った。

 ――空間転移……?

 危険は承知の上であったが、家の外から人間の声が迫っているのを感じてルナはその穴に脚を踏み入れた。
 そうして漆黒の熱気の中、に入ると押し戻されそうになり、それに気分は物凄く悪くなってくる。
 その中で唯一光のある方向へ歩いた。そんなに距離はないけれど、物凄く近い訳でもない。

「――――に……たん……――がした……――――」
「し―――ぞ……どこへ……か……ない……」

 声が聞こえる。セージの声だ。誰かと話をしている。
 近づくたびに会話がハッキリ聞こえてきた。

「そこの妙な穴はなんなんだ?」
「空間転移の魔術を研究しているだけだ」

 片方はセージの声だと解った。もう片方は誰なのだろうか。

「なら翼はどうしたんだ? まさか切り落としたんじゃ……」
「魔術で隠しているだけだ。切り落とすなんて命知らずな真似はしない」

 ――言葉が断片的にしか解らない……

 ルナは理解が追い付かないまま脚を前へ進ませる。

「何故隠す必要がある?」
「なにもかもうるさい男だな、これで満足だろう」

 セージは服を脱ぎ、自分の翼を解放した。白い翼がゆっくりと開かれ、部屋いっぱいに広がった。
 その光景を見て、ルナはまるで夢を見ているような感覚に陥る。
 出口付近に近づくと尚更息が苦しくなる。肌がビリビリと焼けるようだ。
 扉を抜けて家のような空間に踏み入れると驚きのあまりにルナが目を見開いたままだった。コツンとその家の石畳を踏んだ音で2人は振り返る。

「セージ……? ここはどこ? その翼は……?」

 その場が凍り付き、タージェンとセージは言葉を失った。
 これがルナとタージェンの……ノエルの母と父の出会いだった。


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