借金5億で異世界転移、よりによって金本位制の世界だった

夜明け一葉

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第1章

第4話『道中の代償』

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森の中に、二人分の足音だけが続いていた。
リナは迷いのない足取りで木々の間を縫い、サトウはその三歩後ろをついていく。

「どのくらいかかる」
「急げば夜になる前には出られる」リナは振り返らずに答えた。「急がなければ、その後のことは保証しない」
「急ぐ。急いでる」
「足が遅い」
「慣れてないんだ、こういう地面に。俺のいた国じゃ、道はほとんどアスファルトって素材で舗装されてて、土の上を歩くことなんてほぼなかった」
「アスファルト」リナは繰り返した。「石畳とは違うの」
「もっと滑らかで、硬い。黒っぽい色をしてる。街中の道はほぼ全部それで覆われてる」
「……街中の道が全部?」リナは少し間を置いた。「どれだけ豊かな国なのよ」
「豊かというより、当たり前すぎて誰も気にしてなかった」

リナはそれきり、少し考え込むような間を置いてから黙り込んだ。
会話が途切れ、木々の間を抜ける風が少しだけ向きを変えた。ただそれだけのことだったが、サトウの足が勝手に緩んだ。
理由は分からない。ただ、空気の質がほんの僅かに変わった気がした。あの森で四匹目の気配を察したときと同じ、本能を逆なでするような微妙な濁り。

「……リナ」
「何」
「何かいる気がする。左の茂み、少し奥。たぶん――二つ」

リナの足が止まった。振り返った顔には、隠しようのない驚きがあった。
「……正解よ。ウルフが二匹。街道側から来ているわ」
彼女は静かに、しかし確かめるように訊いた。「……どうして分かったの。茂みの奥に二匹いるって」
「さっきも似たような感覚があった。ウルフに囲まれたときだ」
リナは一瞬だけサトウの顔を見つめたが、それ以上は訊かなかった。

その言葉が終わるより先に、茂みが爆ぜた。
「伏せて!」
サトウが地面に突っ伏した瞬間、頭上を銀色の閃光が掠めた。鋭い風切り音とともに、リナの刃がウルフの側腹を浅く裂く。着地した個体が体勢を立て直す間に、リナはすでに二匹目へ向き直っていた。一匹目は脇腹を浅く裂かれ、少し距離を置いて低く唸っている。

二匹目は慎重だった。弧を描くように回り込もうとする。
「ケイ、右!」
咄嗟に身体が動いた。考える前に地面を転がってその場を離れる。ウルフの爪が、さっきまでサトウのいた土を激しく引っかいた。

距離ができた隙に、リナが踏み込む。三歩目で地を蹴り、彼女の剣先に魔力の光が薄く灯った。
(光った……!?)
サトウが息を呑む暇もなく、フラッシュのような閃光がウルフの目を灼く。怯んだ隙を逃さず、リナの刃が獣の首筋を的確に捉えた。
最初の一匹が再び向かってくるが、リナは一歩だけ横へ踏み出し、獣の勢いを利用するように剣を流した。獣は自らの速度で刃の上へ突っ込み、どさり、と地に落ちた。

「……怪我は」
起き上がりながら、サトウは自分の手足を確認した。泥だらけだが、切り傷はない。
「ない。あなたは」
「問題ない」
短い答えだったが、リナが剣を収める際、かすかに右手を押さえたのをサトウは見逃さなかった。
サトウは何も言わず、リナの手を取り、自分のハンカチで端をしっかりと結んだ。リナは自分の手を引き戻し、礼は言わなかったが、歩き出す前に一度だけ、手の甲に視線を落とした。

しばらく進んだとき、頭上の木々の密度が急に増した。
「……フォレストウルフの縄張りに入ったかもしれない」
リナの足が緩む。「別種よ。毛並みが緑で、木に紛れて奇襲してくる。腹の毛が薄いからそこが弱点だけど――仰向けにさせないと狙えない」

頭上の空気が、不意に揺れた。
葉が揺れた――のではない。葉の色が、動いた。緑の中に、緑が混じっている。木の枝に溶け込むように張り付いた何かが、ゆっくりと体勢を変えていた。
「上だ!」
サトウが叫ぶのと同時に、緑の塊が真っ直ぐに降下した。
リナが横へ跳ぶ。フォレストウルフの爪が地面を抉り、土煙が上がった。着地した獣は即座に低く構え直し、リナとケイの間に位置取るように横へ滑った。森の緑に溶け込み、少し視線を外すだけで輪郭がぼやける。

「見失わないで! 目を離したら終わりよ」
リナが踏み込むが、負傷した右手のせいでわずかに剣筋が鈍い。刃が肩を掠めるが、厚い毛並みに阻まれて深く入らない。獣が低く地を這うように回り込み、リナを追い詰めていく。ケイは木の幹を背に、二人の攻防を数歩後方から見ていた。距離にして五歩ほど。リナと獣の動きを目で追いながら、どこに踏み込めるかを無意識に測っていた。

「正面から押さえるのは一人じゃ難しい……!」
リナの焦りを含んだ声に、ケイの身体が先に動いた。
「隙を作る」
「正気!?」

ケイはリナと獣の間へ、真横から割り込むように躍り出た。
(5億の借金で死ぬよりはマシだ――たぶん!)
獣が踏み込んだ瞬間、サトウも同時に前へ出た。逃げるのではなく、低く身を沈め、弾き飛ばされるのを覚悟で獣の胸元へ潜り込む。

鈍い衝撃。肩に全体重を乗せ、突き上げるようにぶつかった。獣の前脚がサトウの肩口を引っかき、鋭い痛みが走る。それでも足を止めず、泥にまみれながら獣の脚に縋り付くようにして、その巨体を横へと押しやった。
勢いのままフォレストウルフの体勢が崩れ、柔らかな腹が上を向いた。

「今だっ!」
リナはすでに動いていた。負傷した右手の痛みに耐え、左手を柄に添えて、重心を低く保ったまま鋭く踏み込む。獣の懐へ一気に潜り込み、魔力を凝縮した剣先を、露わになった薄い腹部へ深く突き立てた。

獣が短く鳴き、サトウを巻き込むように横へ倒れる。
「ケイ!」
リナが駆け寄った。珍しく、その声には明確な焦りがあった。
「……生きてる。肩口を引っかかれたけど」
「自業自得ね。……でも、助かったわ」

リナはサトウの背中を確認し、無言で布を取り出し、手早く、そして丁寧に応急処置を施した。
「……無茶をしないで。死んだら元も子もないわ」
「リナが一人じゃ難しいと言ったから。……それより、さっきの光は何だ?」
「魔法よ。……驚くところ、そこ?」
リナは呆れたように小さく息を吐いた。

ふたたび歩き出し、しばらくして木々の間に明かりが見え始めた。石造りの建物の輪郭、煙突から上がる煙。
「……街が見えてきた。アウラムよ」
「生きてたな」
「あたり前でしょう」
リナはぶっきらぼうに返したが、その声はどこか誇らしげで、さっきよりもずっと柔らかかった。

歩きながら、リナは前を向いたまま口を開いた。
「さっきの話だけど。空気が変わった、って言ったでしょう。……冒険者でも、初見であれほど早く気づける者はそう多くないわ」
サトウは少し黙った。
「たまたまだと思う」
「そうかもしれない。でも――そうじゃないかもしれない」

それきり、リナは何も言わなかった。しばらくして、彼女は右手をそっと左手で押さえた。滲んだ血が、包帯越しに熱を持っている。サトウも肩口の痛みをじくじくと感じながら、それでも足を止めなかった。
二人は並んで、夕暮れの森を抜けた。木々の切れ間の向こうに、アウラムの城壁が夕闇の中へ黒く浮かび上がっていた。
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