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第1章
第14話『迫る足音』
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大聖堂の地下広間。この街にいくつかある避難所の中でも、最も頑丈な石造りの場所だ。入り口の重い鉄扉が閉じられ、かんぬきが下ろされた瞬間、外の喧騒は遠のいた。代わりに、数千人の避難民が押し込められた密閉空間には、重苦しい湿気と、死を待つような独特の静寂が立ち込めている。
「ケイ、これ。少しだけど食べて。……リナさんに、あんたを頼むって言われちゃったからね」
ミーナが、固くなったパンの切れ端を差し出してくれた。彼女の手は、隠そうとしても隠しきれないほど震えている。
そこへ、白髪の老神父がゆっくりとした足取りで近づいてきた。
「……冒険者の方ですね。実はこの広間の奥、礼拝堂の先に非常用の通路があります。非常に狭いですが、いざとなれば、まずは子供、次に女性、最後に足の悪いお年寄りを優先して逃がしてください」
「……全員は無理なのか」
「ええ。あくまで最後の手段ですが……どうか、頭の片隅に置いておいてください」
神父が去った後、ケイは救護班の脇にあった「配給用の粗悪な魔力ポーション」を、吐き気をこらえて飲み干した。砂漠に一滴の水を垂らしたような、細く、頼りない魔力の回復。それでも、右目は熱を帯び、不可視の情報を紡ぎ出す。
「……解析」
【対象:周囲地盤、および外部振動】
【状態:東方向(城壁)より、周期的な低周波振動を検知】
【予測:城壁基部の構造限界が接近。崩落の予兆を確認】
(……城壁が、持たない。もうすぐ崩れるぞ!)
さらにケイの右目は、広間を埋め尽くす数千人の人間から立ち上る微かな「魔力」が、通気口から外へと漏れ出していく様を捉えていた。
「ガッシュ、みんな! 立ってくれ!」
ケイの声が、静まり返った広間に響いた。
「いいから聞け! 城壁の根元がもう限界だ。もうすぐ崩れる。……そして、真っ先にここが狙われる!」
「なんだと……!? まさか、こんな地下まで魔物が来ると言うのか」
「来る。これだけの大勢の人間が密集してりゃ、漏れ出す魔力の反応は、狂乱状態の魔物にとって最も目立つ『標的』だ。街の中で最も生命エネルギーが渦巻いている場所がここだと、奴らの本能に教えるようなもんだ!」
「……っ! 奴らにとっちゃ、ここは潰すべき『獲物の塊』ってことか!」
ガッシュが顔を強ばらせ、即座に広間へ向かって声を張り上げた。
「おい、聞け! 戦える奴、武器を持っている奴は前に出ろ! ここで座って死を待つより、やれることをやるぞ!」
最初はざわめきだけだった。しかし、一人が立ち上がると、次々と男たちが腰を上げ始めた。最終的に三十人あまりが前に出た。顔ぶれはばらばらだ。剣を持った元冒険者崩れ、鍬や農具を手にした農夫、猟師らしき男は弓と矢筒を背負っている。中には、武器の代わりに松明や石を手にした者もいた。
ケイは朦朧とする意識を「解析」に注ぎ込み、集まった三十一人の男たちを「戦力」として分解し、再構築していく。
【対象:戦闘参加者(三十一名)】
【解析完了:体格、筋力、所持品に基づき最適編成を算定】
「いいか、三、四人一組のチームを作る! 役割を固定するんだ!」
ケイは、解析で得た「適性」を元に、次々と男たちに指を差した。
「あんたたち三人は一組だ。リーチの長い鍬や大振りの農具で、とにかく魔物を抑えろ。殺そうとしなくていい、押し返せ! 左右の奴らは包丁やナイフで、抑えられた魔物の喉か目を狙え。一匹を三人で仕留めるんだ!」
「弓を持っている奴はその後ろ、柱を背にしろ! 松明を持っている五人は、油を撒いた場所にいろ。ケイの合図で火をつけ、後退の時間を稼ぐ『殿(しんがり)』になってもらう!」
バラバラだった農夫や元冒険者たちが、ケイの具体的な役割分担によって「陣形」へと組み替えられていく。
「子供と女性、それからお年寄りは礼拝堂の奥へ! ミーナ、今のうちに誘導を始めて。まずは子供たちからだ!」
「……わかったわ!」
ミーナが素早く誘導を開始する。その間、男たちが一斉に動き出した。
ガッシュが真っ先にテーブルを引きずり、入口の鉄扉の前に横倒しにする。それに続いて男たちが椅子を積み上げ、鎖を絡め、重い燭台を両脇に置いた。手当たり次第に引っ張り出された家具や木材が、みるみる粗削りなバリケードの形を作っていく。
「油はどこだ!」
「祭壇の脇に燭台用の油壺がある!」
猟師の一人が叫び、別の男が転がるように駆け出した。戻ってきた油壺を受け取ると、松明組の五人が入口から扇状に、床の石畳へ慎重に油を流し始める。広がる油の染みが、いざとなれば炎の壁になる。
「あんた、これ……本当に効くのか?」
テーブルを運びながら、若い男が不安そうに問いかけてきた。
「完璧には程遠い。でも、何もないよりはマシだ」
正直に答えると、男は苦笑して、それでも手を止めなかった。
広間の奥からは、ミーナが老人や子供を誘導する声が聞こえてくる。泣き声、祈りの言葉、誰かが小さく歌う子守唄。それらが混ざり合って、地下の石壁に反響していた。
……そして、準備が整ったその時。
地下の底まで響き渡る、ズズ、ズゥゥゥン!!という凄まじい轟音が街を揺らした。城壁が完全に崩壊したのだ。
直後、地上から怒号と剣戟の音が一気に増した。街の中を巡回していたDランクの冒険者たちが、流れ込んだ魔物と交戦を始めたのだ。魔物の咆哮、人間の叫び声、何かが破壊される音が折り重なって地下まで響いてくる。戦闘はまだ続いている。しかしその音は、じわじわと——確実に、大聖堂へ向かって近づいてきていた。
地上から届く悲鳴がみるみる近づき、ついに大聖堂の扉のすぐ外——地下へと続く石造りの階段から、石を激しく叩く「無数の爪の音」と、ずしり、ずしりと規則的に刻まれる「重い踏み込みの音」が反響し始めた。ウルフの足音とは明らかに違う。何か、もっと大きなものがいる。
「……来るぞ。全員、自分の役割を忘れるな!」
ガッシュが剣を抜き、各チームが身を低くしてバリケードを握る。
ケイは壁際にしゃがみ込み、ミーナに託されたナイフの柄を握り、もう一方の手で小銀貨を強く握りしめた。
解析で捉えた予兆は、今、扉を叩く「現実」へと変わろうとしていた。
「ケイ、これ。少しだけど食べて。……リナさんに、あんたを頼むって言われちゃったからね」
ミーナが、固くなったパンの切れ端を差し出してくれた。彼女の手は、隠そうとしても隠しきれないほど震えている。
そこへ、白髪の老神父がゆっくりとした足取りで近づいてきた。
「……冒険者の方ですね。実はこの広間の奥、礼拝堂の先に非常用の通路があります。非常に狭いですが、いざとなれば、まずは子供、次に女性、最後に足の悪いお年寄りを優先して逃がしてください」
「……全員は無理なのか」
「ええ。あくまで最後の手段ですが……どうか、頭の片隅に置いておいてください」
神父が去った後、ケイは救護班の脇にあった「配給用の粗悪な魔力ポーション」を、吐き気をこらえて飲み干した。砂漠に一滴の水を垂らしたような、細く、頼りない魔力の回復。それでも、右目は熱を帯び、不可視の情報を紡ぎ出す。
「……解析」
【対象:周囲地盤、および外部振動】
【状態:東方向(城壁)より、周期的な低周波振動を検知】
【予測:城壁基部の構造限界が接近。崩落の予兆を確認】
(……城壁が、持たない。もうすぐ崩れるぞ!)
さらにケイの右目は、広間を埋め尽くす数千人の人間から立ち上る微かな「魔力」が、通気口から外へと漏れ出していく様を捉えていた。
「ガッシュ、みんな! 立ってくれ!」
ケイの声が、静まり返った広間に響いた。
「いいから聞け! 城壁の根元がもう限界だ。もうすぐ崩れる。……そして、真っ先にここが狙われる!」
「なんだと……!? まさか、こんな地下まで魔物が来ると言うのか」
「来る。これだけの大勢の人間が密集してりゃ、漏れ出す魔力の反応は、狂乱状態の魔物にとって最も目立つ『標的』だ。街の中で最も生命エネルギーが渦巻いている場所がここだと、奴らの本能に教えるようなもんだ!」
「……っ! 奴らにとっちゃ、ここは潰すべき『獲物の塊』ってことか!」
ガッシュが顔を強ばらせ、即座に広間へ向かって声を張り上げた。
「おい、聞け! 戦える奴、武器を持っている奴は前に出ろ! ここで座って死を待つより、やれることをやるぞ!」
最初はざわめきだけだった。しかし、一人が立ち上がると、次々と男たちが腰を上げ始めた。最終的に三十人あまりが前に出た。顔ぶれはばらばらだ。剣を持った元冒険者崩れ、鍬や農具を手にした農夫、猟師らしき男は弓と矢筒を背負っている。中には、武器の代わりに松明や石を手にした者もいた。
ケイは朦朧とする意識を「解析」に注ぎ込み、集まった三十一人の男たちを「戦力」として分解し、再構築していく。
【対象:戦闘参加者(三十一名)】
【解析完了:体格、筋力、所持品に基づき最適編成を算定】
「いいか、三、四人一組のチームを作る! 役割を固定するんだ!」
ケイは、解析で得た「適性」を元に、次々と男たちに指を差した。
「あんたたち三人は一組だ。リーチの長い鍬や大振りの農具で、とにかく魔物を抑えろ。殺そうとしなくていい、押し返せ! 左右の奴らは包丁やナイフで、抑えられた魔物の喉か目を狙え。一匹を三人で仕留めるんだ!」
「弓を持っている奴はその後ろ、柱を背にしろ! 松明を持っている五人は、油を撒いた場所にいろ。ケイの合図で火をつけ、後退の時間を稼ぐ『殿(しんがり)』になってもらう!」
バラバラだった農夫や元冒険者たちが、ケイの具体的な役割分担によって「陣形」へと組み替えられていく。
「子供と女性、それからお年寄りは礼拝堂の奥へ! ミーナ、今のうちに誘導を始めて。まずは子供たちからだ!」
「……わかったわ!」
ミーナが素早く誘導を開始する。その間、男たちが一斉に動き出した。
ガッシュが真っ先にテーブルを引きずり、入口の鉄扉の前に横倒しにする。それに続いて男たちが椅子を積み上げ、鎖を絡め、重い燭台を両脇に置いた。手当たり次第に引っ張り出された家具や木材が、みるみる粗削りなバリケードの形を作っていく。
「油はどこだ!」
「祭壇の脇に燭台用の油壺がある!」
猟師の一人が叫び、別の男が転がるように駆け出した。戻ってきた油壺を受け取ると、松明組の五人が入口から扇状に、床の石畳へ慎重に油を流し始める。広がる油の染みが、いざとなれば炎の壁になる。
「あんた、これ……本当に効くのか?」
テーブルを運びながら、若い男が不安そうに問いかけてきた。
「完璧には程遠い。でも、何もないよりはマシだ」
正直に答えると、男は苦笑して、それでも手を止めなかった。
広間の奥からは、ミーナが老人や子供を誘導する声が聞こえてくる。泣き声、祈りの言葉、誰かが小さく歌う子守唄。それらが混ざり合って、地下の石壁に反響していた。
……そして、準備が整ったその時。
地下の底まで響き渡る、ズズ、ズゥゥゥン!!という凄まじい轟音が街を揺らした。城壁が完全に崩壊したのだ。
直後、地上から怒号と剣戟の音が一気に増した。街の中を巡回していたDランクの冒険者たちが、流れ込んだ魔物と交戦を始めたのだ。魔物の咆哮、人間の叫び声、何かが破壊される音が折り重なって地下まで響いてくる。戦闘はまだ続いている。しかしその音は、じわじわと——確実に、大聖堂へ向かって近づいてきていた。
地上から届く悲鳴がみるみる近づき、ついに大聖堂の扉のすぐ外——地下へと続く石造りの階段から、石を激しく叩く「無数の爪の音」と、ずしり、ずしりと規則的に刻まれる「重い踏み込みの音」が反響し始めた。ウルフの足音とは明らかに違う。何か、もっと大きなものがいる。
「……来るぞ。全員、自分の役割を忘れるな!」
ガッシュが剣を抜き、各チームが身を低くしてバリケードを握る。
ケイは壁際にしゃがみ込み、ミーナに託されたナイフの柄を握り、もう一方の手で小銀貨を強く握りしめた。
解析で捉えた予兆は、今、扉を叩く「現実」へと変わろうとしていた。
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