駄目な奴でもなんとか生きていこうと思います

アオ

文字の大きさ
99 / 102
ヘーゲルツ王立学園

武道会12

しおりを挟む
これでまたひとりだ。
自分で決めたことだ。必ず終わらせる。

まず僕がやるべきことは、魔法が使える領域に着くこと。
剣だけだと時間がかかるし、やっぱり心もとないから。

そして明らかにアレフガートさんに恨みを持ち、シオを飼い潰したあの下種な貴族を再起不能にさせること。
その過程で白鷺騎士団と衝突することになるかもしれないそれでもかまわない。
もしあちら側が正義として扱われる世界だとしてもきっと僕は、そしてアレフガートさんも同じようにしていたはずだから。

できれば第一王子が僕を逃がした意図なども探りたい…が、それは無理かもな。
今でさえ考えが読めないし、何より恩人だし。

とりあえず目標はこのぐらいだ。
気張れよ、志弦シヅル



誰も入っていない牢が連なった場所を駆け抜ける。

すぐに話し声が聞こえてきた。
少しでも二人が逃げるのが遅れていたら危なかったと肝が冷える。

「おまっ、また…!」

その先を言わせる前に側を駆け抜け、剣道の要領で脇腹に突きを繰り出す。
多くを相手にする時は止まらないで駆け抜けるのが一番効率がいい。

一本道は有り難い。迷わないし、向かってくる敵を倒してしまえば、脱走の情報が伝わる確率が少ないからだ。

暫く走ると、敵は流石に多くなってきた。
駆け抜けるのは危険だ。
まだ魔術は使えない。
あぁ風魔法が使えれば、こんなの一瞬で片付くのに…、シリル様…。

『魔法が必要?』
「…ぇ…?シリル様……?」
『やぁ、ようやく呼んでくれたね。一時的にだけどね、特別に力を貸してあげる。』

まさに天恵のようなシリル様の声が聞こえた瞬間、体内に燻っていた魔力が外に出られるようになった感触がした。
すぐに風魔法を剣にまとわせ、意識を敵に向ける。
さて、どうやって倒そうか。
殺さなきゃなんでもいい。
だってザックズをあんな状態になるまで痛めつけ、可愛いシルを泣かせて苦しめた下道どもなのだから。

「おい、ごちゃごちゃ言ってる間に一回で取り押さえんぞ!」

その言葉を合図にじりじりと近寄ってきていた奴らが一斉に飛び掛かってくる。
足元に突風を起こし足を取る。そのまま僕の周りから賊の方へ切り裂くような細かく勢いの強い風をとばす。
すぐに連中は部屋の壁へと打ち付けられる。
あぁ、この感覚だ。

「シリル様、ありがとうございます。」
『…うん。シヅル、気を付けてね…。』

優しい。シリル様。
本来魔力を作動させられない場で魔力を解放させられるくらいの力って、きっとすごい量の力を使わせてしまっただろう。
僕なんかに優しくしてくれるのは何故なのだろうか。
いくら大事だから、愛し子なんだ、とか言われても疑問だ。僕より助けて然るべき人がいるだろうに。

なんと恩を返したらいいのだろうか…。

ッまただ!
向かってくる敵に対し、とにかく避ける、剣で切る、つく、風魔法でとばす…。
こうも敵が多いと集中が切れそうだ。賊の中に疎らに白鷺騎士団員がいるのが分かる。
だけど…やっぱり弱い。
この騎士達は白鷺騎士団の中でも捨て駒扱いだったのだろうか。
黒曜騎士団や赤燐騎士団ではそんなことないだろうに。


分かれ道が出てきて所々迷いつつも、風魔法の探知のおかげで最初に攫われた時に閉じ込められていたところに着いた。
さっきの坑道のようなところとは違い複雑化している。

早くあの下種野郎を見つけないと。
あの手の奴は大体逃げるのだけは早い。早く見つけて捕まえなければ。
しかし思ったよりも早く見つかる。
第一王子殿下は…一緒じゃないのか。

まぁ自分の周りに守りを固めるなんて分かりやすいことをしてくれてよかった。

あの下種な貴族は僕の顔を見て驚いたようなアホ面をし、すぐに勝ち誇ったような顔をする。

あれ…?よく見ると一度目の脱走に失敗したとき僕らを押さえつけていた白鷺騎士団員たちだ。
精鋭部隊なのだろうか。
少し揺さぶりをかけてみるか。

「先ほどぶりです。白鷺騎士団員さん。もう一度問いますが…、あなた方の忠誠はどこにあるのですか。何があなた方を動かしているのですか?」
「……。」



――

第二王子side


見誤った。
初めての失敗だ。竜人の危険さを、執着深さを、俺は正しく理解できていなかった。

ヴァラムフィールド公爵家長男であるアレフガート・ノルク・ヴァラムフィールドは竜人だ。
武勇に秀いで、美しく賢く無口なところでさえ似合う信頼できる男だった。

しかし竜人は竜人。

祖先の血を濃くひく彼は、番に愛を乞い狂う男と化した。

ここまで恋愛が下手だとは…、とこうなるまでは能天気に友人の恋路を見守っている気持ちだった。
番のシヅル殿は、どういう訳かアレフガートの想いに応えない。
シヅル殿は不思議なひとだ。
黄色味のかかった薄い肌に、ヴェールと服で全身を隠していたにも関わらず内からはみ出てしまうような美しさ。
そして圧倒的で優美な剣術と妖精なのではないかと疑うほどの魔術。
蝶のようなひとだと思った。

そんなシヅル殿にアレフガートは結論から言ってふられた…のだろう。
あんなにも美しく強い友人がふられるなんて、と思っていたが、久しぶりに会った彼は瞳に狂気を隠した野獣のような男になっていた。
そして今、番が攫われたと聞いて山を破壊しまわりシヅル殿を探し求める竜となった。
文字通り身悶える想いを抱えていているのだろう。
部下や俺、友人、家族の静止すらも振り切りシヅル殿を求める彼の狂気は恐ろしかった。
そして同時に切実なまでの想いを感じた。


外の武道会も今日は早めの閉会となった。
明日の舞踏会に備えるためだという名義だが、一部の貴族はもう気づいているだろう。
立太子の件が佳境を迎えたのだ、と。

この件に関して父上は絶対に手を貸さない。
昔は兄を支え、国のため、民のためになる貴族となろうと思っていた。
しかし今、俺は王にならなければならない。
兄が率いる派閥が揃いもそろって悪事を働く輩であり、兄自身、もう俺の言葉に耳を貸してくれなくなったからだ。

思えば悪い兄ではなかった。昔は仲もよかった気がする。
しかしだんだんと疎遠になっていき、今の悪徳貴族を率いる兄になってしまった。
裏で奴隷販売をしている疑惑がかかっている者、王国全体に横行する賄賂を流す者……、調べれば調べるほど埃がでてくるような奴らだらけだ。


少し前、俺は兄の姿を見に行こうと、密かに兄の住む宮殿に訪れた。
しかしそこで見た兄はあまりにも…折れそうな程頼りない小枝のようだった。
胸が、締め付けられるようだった。

頬はこけ、難しい顔をし、今にも倒れそうな頼りなさ。
何が兄をこうさせたのか、考えれば瞬時に分かった。間違いなく正妃だ。

俺と兄は腹違いの子だ。兄が正妃の子供で、俺が第二夫人、要は側室の子だ。

正妃は醜い人間だった。容姿はとても美しいのだろうが、強欲で高慢、驕慢、高圧的…どう表せばよいのか適当な表現が見つからないがとにかく親の権力、金にものを言わせ、自分に酔っている人間だ。
幼い頃は、何故この人から兄が生まれたのか心底不思議だった。

それに兄に異様な粘着するような視線を向ける美形の従者。
兄はそいつを信頼しているようだったが、俺にはとても信用できそうだとは思えない。

兄がわからない。何をどうしたいのか、全く。

考えれば考えるほど俺を王にしようと、俺に都合のいいように動いているようにしか見えなかったのだ。


駄目だ。
こんなことを考えている場合ではない。
よく仕えてくれる俺の忠臣が今死ぬ気で働いてくれているのだ。

あいつの番であるシヅル殿はまだ生きている。
まだ取り返しは効く。
ならばできることは一つ。シヅル殿に防御を集中させることだ。

「レナード、今動かせる騎士の三分の一を現場へ急行させろ。番殿を救出し、王国に害を成す毒蛾を一掃せよ」
「はっ!」

どうなるか明確な未来が見えない。
だがやり切ってみせる。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています

柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。 酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。 性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。 そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。 離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。 姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。 冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟 今度こそ、本当の恋をしよう。

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?

銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。 王命を知られる訳にもいかず… 王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる? ※[小説家になろう]様にも掲載しています。

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)

処理中です...