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「いい香り~」
キッチンにはバターとレモンの甘く爽やかな香りが漂っています。
焼き上がったパウンドケーキの粗熱を取っている間にアプリコットジャムを煮詰め、グラスアローも用意していく。
あ、あとピスタチオとレモンの皮も刻んで。
程よく冷めたケーキの形を整えるために切り落とした部分をパクリとつまみ食い、もとい、味見をする。
「ん、しっとりして美味しいわ」
でも、これは差し入れなので更にもうひと手間掛けちゃいましょう。
薄くジャムを塗り、少し乾かしてから更に刷毛でグラスアローを塗る。レモンの皮とピスタチオで飾りつけ、もう一度オーブンへ。
「出来たっ!」
糖衣を纏ったレモンケーキにピスタチオの青さとレモンの黄色が涼しげです。
「切るのは冷ましてからだからクッキーも焼いちゃいましょうか」
寝かせてあった生地をスティック状に切っていく。
お味はチーズと黒胡椒の甘くないものと、ナッツとドライフルーツが入ったものの2種。
「ディオンは喜んでくれるかしら」
夫となったディオンは騎士団に所属しています。
スラリと背が高く、精悍なお顔立ちなのでは?と思いますが、普段の彼は何というか表情筋がサボりがち。
結婚式の披露宴で、ご友人達に囃し立てられても全く表情が崩れない、そんな印象でした。
もしや皆さんと仲が悪いのでは?とも思いましたが、周りの方々は夫の無表情、もしくは眉間にシワなお顔でも気にすることなく絡んでおられたので、あれが彼等の日常なのだろうと納得しつつも、つい気になって、この様に差し入れを持って行こうなどと計画してしまいました。
「嫌がられるかしらねえ」
それでも止める気は全く無く、テキパキと出来上がったお菓子たちを籠に詰めていきます。
夫とは恋愛結婚。ではなくて、父の友人の紹介で知り合いました。
初めて会った時にはあまり会話が弾まず、どうしようかとも思いましたが、実直そうな方だなと感じ、誠実であるならば多少のことは我慢できるだろうと結婚を決めてしまいました。
だって、父の友人とはいえ取引先のお偉い様でもあるからお断りがしづらかったのです。
それから半年の間、何回かお茶をしただけであっという間に結婚してひと月。
彼は仕事一筋で、女遊びやギャンブル依存や酒癖の悪さもなく、結婚相手としてはかなり良かったのでは?と思っています。
まあ、結婚してから分かったこともありましたけどね。それなりに幸せに暮らしております。
「何故お前がここにいる?」
───たぶん。
私を見るなりギュッと眉間にシワが寄りました。
「お仕事のお邪魔をしてごめんなさい」
とりあえず笑顔は保ったまま、仕事を中断させてしまったことを詫びることにします。
「…俺の質問には答えないつもりか?」
まあ怖い。これがファンタジー世界のお話ならば、私はピキーンと氷漬けにされてしまいそうな程の冷たさです。
「差し入れを持って来たの」
「……誰がこんなことをしろと言った?」
騎士って職業柄、強面になってしまうのかしらね。この顔を見ただけで敵もホールドアップしてしまいそう。
「たくさんあるから、よかったら皆さんで食べてくれると嬉しいです」
そう言って、横暴な態度を取るディオンを止めようと寄って来た彼の同僚達にさっさとお菓子の入った籠を渡してしまう。
「本当ですか?!」
「いや~、ありがとうございます!」
よかった。喜んでいただけたみたい。
「用が済んだなら早く帰れっ!」
……彼以外はね。
仕方なく帰ろうかと思いましたが、彼の額から流れる汗が気になり、そっとハンカチで拭いました。
「なっ!」
「では、お仕事頑張ってくださいね」
これ以上文句を言われる前に笑顔でお別れを言って回れ右をしました。
とりあえず、ディオンの訓練姿を見られて私は満足です。
……帰ったら煩いのでしょうけど。
キッチンにはバターとレモンの甘く爽やかな香りが漂っています。
焼き上がったパウンドケーキの粗熱を取っている間にアプリコットジャムを煮詰め、グラスアローも用意していく。
あ、あとピスタチオとレモンの皮も刻んで。
程よく冷めたケーキの形を整えるために切り落とした部分をパクリとつまみ食い、もとい、味見をする。
「ん、しっとりして美味しいわ」
でも、これは差し入れなので更にもうひと手間掛けちゃいましょう。
薄くジャムを塗り、少し乾かしてから更に刷毛でグラスアローを塗る。レモンの皮とピスタチオで飾りつけ、もう一度オーブンへ。
「出来たっ!」
糖衣を纏ったレモンケーキにピスタチオの青さとレモンの黄色が涼しげです。
「切るのは冷ましてからだからクッキーも焼いちゃいましょうか」
寝かせてあった生地をスティック状に切っていく。
お味はチーズと黒胡椒の甘くないものと、ナッツとドライフルーツが入ったものの2種。
「ディオンは喜んでくれるかしら」
夫となったディオンは騎士団に所属しています。
スラリと背が高く、精悍なお顔立ちなのでは?と思いますが、普段の彼は何というか表情筋がサボりがち。
結婚式の披露宴で、ご友人達に囃し立てられても全く表情が崩れない、そんな印象でした。
もしや皆さんと仲が悪いのでは?とも思いましたが、周りの方々は夫の無表情、もしくは眉間にシワなお顔でも気にすることなく絡んでおられたので、あれが彼等の日常なのだろうと納得しつつも、つい気になって、この様に差し入れを持って行こうなどと計画してしまいました。
「嫌がられるかしらねえ」
それでも止める気は全く無く、テキパキと出来上がったお菓子たちを籠に詰めていきます。
夫とは恋愛結婚。ではなくて、父の友人の紹介で知り合いました。
初めて会った時にはあまり会話が弾まず、どうしようかとも思いましたが、実直そうな方だなと感じ、誠実であるならば多少のことは我慢できるだろうと結婚を決めてしまいました。
だって、父の友人とはいえ取引先のお偉い様でもあるからお断りがしづらかったのです。
それから半年の間、何回かお茶をしただけであっという間に結婚してひと月。
彼は仕事一筋で、女遊びやギャンブル依存や酒癖の悪さもなく、結婚相手としてはかなり良かったのでは?と思っています。
まあ、結婚してから分かったこともありましたけどね。それなりに幸せに暮らしております。
「何故お前がここにいる?」
───たぶん。
私を見るなりギュッと眉間にシワが寄りました。
「お仕事のお邪魔をしてごめんなさい」
とりあえず笑顔は保ったまま、仕事を中断させてしまったことを詫びることにします。
「…俺の質問には答えないつもりか?」
まあ怖い。これがファンタジー世界のお話ならば、私はピキーンと氷漬けにされてしまいそうな程の冷たさです。
「差し入れを持って来たの」
「……誰がこんなことをしろと言った?」
騎士って職業柄、強面になってしまうのかしらね。この顔を見ただけで敵もホールドアップしてしまいそう。
「たくさんあるから、よかったら皆さんで食べてくれると嬉しいです」
そう言って、横暴な態度を取るディオンを止めようと寄って来た彼の同僚達にさっさとお菓子の入った籠を渡してしまう。
「本当ですか?!」
「いや~、ありがとうございます!」
よかった。喜んでいただけたみたい。
「用が済んだなら早く帰れっ!」
……彼以外はね。
仕方なく帰ろうかと思いましたが、彼の額から流れる汗が気になり、そっとハンカチで拭いました。
「なっ!」
「では、お仕事頑張ってくださいね」
これ以上文句を言われる前に笑顔でお別れを言って回れ右をしました。
とりあえず、ディオンの訓練姿を見られて私は満足です。
……帰ったら煩いのでしょうけど。
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