婚約者様は大変お素敵でございます

ましろ

文字の大きさ
10 / 40

9.歪められた感情

しおりを挟む
「こんなはずじゃなかったのに……、役に立たない子ね!」

あの時の、憎悪に塗れた視線と言葉が俺の記憶から消えない。




幼い頃を思い出せば、優しい父と母に囲まれた幸せなものしか思い出せない。
俺と同じ金色の髪に新緑の瞳。いつも笑顔で美しかった母のことが、俺達は大好きだった。

そんな幸せが壊れてしまったのは、俺が8歳の時。母が体調を崩しこの世を去るまで、あっという間だった。

「カーティス、ベンジャミン。愛しているわ」

苦しかっただろうに、最後まで笑顔で逝ってしまった母。あんなにも泣いている父を見たのは初めてだった。

「大丈夫、お前は私が絶対に守るから」

父はそう言いながら俺を強く抱き締めてくれた。
その言葉に偽りは無く、父はいつも俺を一番に考えてくれていたと思う。自分を後回しにしてまで。

母が亡くなって1年もすると、新しい妻を迎えるべきだと、親族達からも言われる様になった。
だが父は、自分の妻は亡くなった母だけだし、跡継ぎも俺がいるから必要ないと、全て断ってくれた。嬉しかった。


♢♢♢


「ベンジャミン様、見~つけた!」


それでも、彼等の心ない言葉に傷付き、物陰で泣いてしまう時もあった。

母君にそっくり。病弱なのも似ているのでは。本当にカーティスの子なのか。だけでは将来が心許無いな。

陰口とは相手に聞かせる為にあるのだと、9歳にして理解した。

だが、俺の為に妻も娶らず、自分自身も最愛を失った悲しみを抱きながらも、俺のために必死に頑張る父に、これ以上負担を掛けたくなかった。
………嫌われたくなかった。


そんな俺を可愛がってくれたのは、侍女として雇われていたモニークだった。
母とは似ていないけど、明るい笑顔で時に俺を励ましてくれる彼女は、所謂初恋の人だった。
23歳でバツイチの子爵令嬢。夫とは死別したと言い、だから俺達の悲しみがよく分かると、俺を慰めてくれた。……大好きだった。



「残念ながら、彼女は退職することになった」

どうして!?俺は必死で走った。
だって、優しかったのに。俺を抱き締めくれたのに。頭を撫で、母を亡くした悲しみに寄り添ってくれたのにっ!

「モニーク、辞めないでっ!」
「……な~んだ。貴方なの」

それは初めて見る表情で。

「貴方を味方にしたら結婚して貰えると思ったのに。
こんなはずじゃなかったのに……、役に立たない子ね!」

「……え」
「侯爵夫人になれなかったわ!職まで失って!……最っ低。あの人が貴方を大切にしてるって嘘ね。本当に大切なら、息子の初恋の女性には優しくするはずでしょう?」

……この、歪んだ笑みを浮かべているのは本当にモニークなのか?

「貴方がもっと侯爵様に似ていたらよかったわ。こんなにお子ちゃまでなければ、あと5年位は待てたかしら。
ん~、さすがに無いか。まぁ、いいわ。さようなら、ベンジャミン様」

そうして彼女は出て行った。悪意だけを残して。


♢♢♢


父は女性受けが良いらしい。俺とは違って。
背が高く、顔立ちも整っていて家柄も良い。年齢だってまだ30歳。駄目なところは俺という邪魔な子供がいることくらい。
そう教えてくれたのは誰だっただろうか。
親戚、父の友人、使用人、俺の学友。

そう。俺の教師すらも父にのぼせ上がった。

「貴方は綺麗だけど、やっぱりカーティス様の方が素敵だわ。ごめんなさい、貴方が駄目な訳ではないの。ただ、もう少し男らしい方のほうが……」

どいつもこいつも、だったら最初からアイツを狙えばいいだろうっ!!

別にコイツに惚れてたわけじゃない。それでも一々父と比べられる事が死ぬ程不愉快だった。



「婚約?なんで俺が?」
「ハミルトン伯爵のご令嬢だよ。あの方ならば信頼出来る。君に、失礼なことをする様な令嬢では無いはずだ」

カッ!と屈辱に血が上る。
こいつは全てを知っていたのだ!

「……そんなにもべた褒めする女なら、父上が娶ればいい」

どうせその女も他の奴等と同じだ。こんなチビで女みたいな顔よりも、アンタを選ぶに決まっている。

「……ベン。一度だけ会ってみないか。どうしても嫌なら断ってくれていいから」
「どうせ決定権は俺には無い。好きにしたらいいだろう」

俺を悪意から守る為に必死だな。その悪意の原因は父なのに。アンタが必死になればなる程、俺は傷付けられるんだ。

そんな諦めを抱きながらも、ほんの少しだけ期待していた。

シェリー・ハミルトンはとても綺麗な女性だった。
スラリと背が高く、ストロベリーブロンドの髪を結い上げ、母に似た新緑の瞳が驚きで見開かれた。
俺の視線の先には……豊かな胸。
だって仕方が無いだろう。目線の高さにそれがあったんだ!どうせ童貞の小僧だよっ!!

「……初めまして。シェリーと申します」

落ち着いた声。でも、少しだけ震えている。それはなぜ?やっぱり俺に失望したから?

悔しくて、傷付けてやりたくなった。

「……でかい」

どうせそのご自慢の巨乳で父上を籠絡するつもりなんだろう?

俺の言葉に少し涙目になった。それでも、必死で平気だと強がる姿になんとなく胸がすく。
そうだよ、俺が傷付けた。だってお前は俺の婚約者になるんだろう?それなら、俺だけを見ろよ。



そうやって、俺は最初から間違えた。
取り返しがつかないほど、間違えてしまったんだ。





しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~

緑谷めい
恋愛
 私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。  4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!  一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。  あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?  王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。  そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?  * ハッピーエンドです。

ロザリーの新婚生活

緑谷めい
恋愛
 主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。   アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。  このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。

王太子殿下の小夜曲

緑谷めい
恋愛
 私は侯爵家令嬢フローラ・クライン。私が初めてバルド王太子殿下とお会いしたのは、殿下も私も共に10歳だった春のこと。私は知らないうちに王太子殿下の婚約者候補になっていた。けれど婚約者候補は私を含めて4人。その中には私の憧れの公爵家令嬢マーガレット様もいらっしゃった。これはもう出来レースだわ。王太子殿下の婚約者は完璧令嬢マーガレット様で決まりでしょ! 自分はただの数合わせだと確信した私は、とてもお気楽にバルド王太子殿下との顔合わせに招かれた王宮へ向かったのだが、そこで待ち受けていたのは……!? フローラの明日はどっちだ!?

大嫌いな令嬢

緑谷めい
恋愛
 ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。  同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。  アンヌはうんざりしていた。  アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。  そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

処理中です...