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「……どういうことだ。アランは事故じゃなかったのか?ラシュレ侯爵夫人。説明しなさい」


おじい様の声が怒りに震えている。
信じられない。お母様は本当にお父様を?
これだけは嫌、信じたくない。


「大丈夫か?別室に行ってもいいぞ」
「ジェラール……聞きたくない……でも、私は聞かないといけない。お父様のことをちゃんと聞いてあげたいの。
でも……お願い。手を繋いでもいい?」


恐怖で気が遠退きそう。最後まで聞けるように繋ぎ止めていてほしい。

温かい……

優しく握られた手から伝わる温もりに少しだけ心が癒やされる。



「……アランがあなたを好きじゃなかったなんて嘘よ……」


別人かと思った。すべての感情が抜け落ちたかの様な声。空っぽだ。


「初めて見たのよ、あんな笑顔。私にはいつも同じ笑みだった。王子として婚約者として。ただそれだけの顔。
私は……本当のアランが欲しかった。
だからあなたを使って追い詰めた。たとえ憎しみだったとしてもあれは本当の感情だった。

──嬉しかった

やっと手に入れたの。あれは、私にだけ向けられる感情だわ。愛されないなら憎まれた方がいい。仮面が無い方がよかった……

でも結婚してからおかしいの。仮面じゃない。愛してるって顔をしてくれる。でもどこか違う世界で生きてるみたいだった。でも私に愛してるって、愛しい人って。
おかしいけど、もう手放せなかった。私に愛してると、あの一番欲しかった笑顔を見せてくれるならそれでいいって思ったのに。

アンジェリークがすべてを壊した。

「アンジェ、愛してるよ」

私の名前は呼ばないのに、その子には名前を読んで愛を囁くの。

どうして?やっと幸せになれたと思ったのに。

それでも私を愛しい人と言ってくれる。
でも名前だけは呼んでくれない。

限界だった……

だからもう一度罰を与えようと思ったの。

御者に軽い睡眠薬を飲ませたわ。
少し怪我をすればいいと思ったの。
まさか……死ぬと思わなかった……

私が悪いの?愛されない私がいけないの?

可愛くないから、地味だから、だから駄目なの

アンジェが愛されるのは可愛いから?

可愛いって罪だわ。そう、悪いのはアンジェ。

だからすべての罪をあげたの。

だって私は名前のない人間だもの。
だって……存在しない人間だもの。

あぁ、せっかくすべてを忘れて生きてきたのに。
コレットは意地悪ね」


お母様は……本当にお父様を愛していたの。
誠実さだけではだめだったの?
でも、いつかちゃんと愛に変わったかもしれないのに。


「殺されそうになって許せるわけがないでしょう」
「なぁに、それ。私じゃないわ」
「そう。それならあなたを溺愛してる前侯爵夫人かしら」


お祖母様がガタガタと震えている。


「だってお前が元凶でしょう!クロディーヌをこんなにも傷付けて!死を持って償うのは当たり前じゃないっ!
私は悪くない!神様だって褒めてくださるはずよ!」


お祖母様が髪を振り乱しながら叫んでる。
どうして、そんなことをしておいて今まで普通に生活を送れたのだろう。
この人の正義は常に間違っていたのだ。


「自白してくれてありがとう。二人を拘束して連れて行け」


あぁ、やっと終わる。
でも……


「ねぇお母様、私を……愛してる?」


どうして私は諦められないのだろう。
でも、あの記憶だけが私の宝物だった。
八年間ずっと大切にしていた思い出。


「……アランがあなたを優しく抱き上げて、二人で私に好きって笑顔で伝えてくれるの。

あんなに綺麗なものを私は他に知らないわ。

あの瞬間だけは……まるで本当に愛のある家族みたいだった……」

「私の一番の宝物は、お父様とお母様が優しく微笑んで私を抱き締めてくれた思い出です」

「……そう。



ねぇ、リリアンに伝えてくれる?
お母様が言ったことは嘘よって。


それと、これを……」


そう言って何かをカバンから出す。
すると、思い出のお母様と同じ優しい微笑みを見せて


「さよなら」


何かを口に含んだ。


「しまった!吐かせろ!!」


お母様が頽れた。

「クロディーヌ!どうして!」

「……コレットと……一緒にいるのを見たくないから……生きてたけど……こ…れで……アラン…の、ところへ……」


「これ以上は駄目だ。出るぞ」


私の返事も聞かずにジェラールは私を抱き上げ、外に連れ出した。






「……お母様は……たすかる?」
「……分からない……が、難しいかもしれない」


こんなときもジェラールは嘘をつかない。
それどころじゃないのに、そんなことに安心する。


「あの母親は、ちゃんと愛してたよ。お前を」
「……どうして……」
「本当だ。ちゃんと愛はあったんだ」
「う、う~~っ」


私はジェラールに抱き締められたまま、ずっと泣き続ける事しかできなかった──





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