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第二章
29.舞台裏
人は恥ずかしさで死ねる。
きっとそう。だって!今、私は死に瀕しているわ!
ミュリエルから学んだこと。
人は、幼子の涙に弱いということ。
だから頑張った。兄様と離れ離れになった哀れな少女を頑張って演じました。……というか、本当に涙が出てしまったのよ。それも、あんなにも大勢の人達の前でっ!
策士策に溺れる?いえ、単なる自爆だわ。
どうしよう。リシャール兄様達も見ていたわよね?思わず逃げてしまったけど、どうしたら、
「百面相が面白いな」
「え?!」
誰?どうしてここに───
「……ヴィルジール王子殿下?」
「うん、はじめまして」
あ、瞳が赤い。
「怖い?」
「え?何がです?」
「『赤い瞳が魔獣のようだ』と言われているのを知らないのか?」
「?虹彩のメラニン色素の含有量が少ないだけでしょう?」
「ふはっ!まさかそんな医学的見解を述べられるとは思わなかったな」
なぜ笑うのかしら。そんなことは一般常識だと思うのに。
「あ~、残念。お前が婚約者なら楽しそうなのに」
「初対面の女性をお前呼びする方とは仲良くしたくありません」
「ごめんごめん。……シルヴァンを長く引き止めてしまって申し訳なかった」
それは───
「あなたのせいなのですか?」
「どうかな。ある意味俺の目が赤いから、とも言えるから」
どういうこと?……目が赤いのは魔獣と同じ。さきほどの会話が答えなのでしょうか。
「あなたが赤眼で王としては相応しくないから、姉を擁立するということ?」
「たぶんな。そもそもまだ陛下が在位しているんだ。俺達の代なんていつ来るのかも分からないが」
「ん~~、王太子殿下が無能なら?」
「……すごいことを言うな」
「だって私はオレリーの娘です。母を捨てた男の不満くらい言ってもいいでしょう」
「なるほどな。……うん、俺の前でならいいが、他所では言うなよ。罰せられるから」
これは敢えて言っているのか無意識なのか。
「母はそんな人のどこに惹かれたのかしら。真実を指摘されて罰するだなんて暴君ではありませんか。
それに。ご自分の息子が目の色ひとつで貶されていることには罰を与えないの?
つまらない男ですね。母は趣味が悪いわ」
駄目だ。今日は感情の箍が外れてるのかもしれません。
だって母にこの髪の色を理由に嫌われていたことを知ったときはやはり悲しかった。でもこの人は、王子という立場のせいでどれほど多くの人に囲まれ、その分多くの人に蔑まれてきたのかと思うと、どうしても心が痛む。
だってそれを仕方がないというふうに、ただ笑っているのですもの。
「赤は命の色だと思います」
「……そうか?」
「ええ。血潮であり、炎であり。あ、イチゴも赤いけど」
「アハハッ!途中まで格好良かったのに!」
…やっぱり今日は駄目ね。おかしなことばかり口走っているわ。
「ありがとう。これからはイチゴ王子で通すことにしよう」
「止めて。絶対に止めてくださいね!」
何で嬉しそうなの。イチゴよ?美味しくて可愛らしい苺さんですよ?
「俺のために怒ってくれてありがとう」
……ああ、そういうこと。
「普通のことです」
「だが、えっと名前で呼んでもいいか?」
「……はい」
「ブランシュ嬢の優しさは美徳だが、もう少し慎ましくしていないと足を掬われるぞ」
「…今日限定ですから心配は無用です」
「ああ、シルヴァンに会えて浮かれてるのか」
「…………いじわる」
本当に駄目だわ。早く落ち着かなきゃ。
でもだってやっと会えて嬉しかったし、泣いてしまって恥ずかしかったし、大勢の人に囲まれて緊張もしたし、いろんな感情がごちゃまぜなのよ。
「さて、そろそろシルヴァンに叱られそうだから行こうか」
「どうして兄様が?」
「ブランシュ嬢に挨拶したいから、少しだけ時間をもらったんだ。せっかくここまで来たのに手ぶらでは帰れないだろう?」
「婚約はしませんよ」
「分かっている。まあ、もっと良いものを手に入れたからな」
「いいもの?」
「イチゴ王子の称号」
「もうっ!」
意地悪だわ。ヴィルジール殿下はいつまで揶揄うつもりなのかしら。
「すまない、俺も浮かれてるんだ」
「…どうしてです?」
「こんなに普通に話をしてくれる令嬢はいないからな」
「モテる自慢ですか」
「いや、不幸自慢」
そんなものを自慢しないで。でも、王子様は友達を作りづらいものなのかも。
「……友達ならいいですよ」
私の方がだいぶ年下だけど、生意気過ぎかしら。
「本当に?」
「普通の普通にただの友達です。裏は無いですから」
「ハハッ、疑ってない。大丈夫だ」
嬉しそう。何だか歳上なのに可愛い方ね。
「シルヴァン経由で手紙を送ってもいいか?」
「いいですよ。私も親族以外で手紙を貰うのは初めてだから楽しみです」
というか、そもそも友人は従兄妹のみ。ナタリーも私にとっては家族ですし。赤の他人の友人は初めてで、それが王子だなんてちょっと笑えます。
「ほら、シルヴァンが心配そうに見てる」
あれは私が会場から出た途端に逃げたせいかも。
「殿下はもう戻られるのですか?」
「ヴィルジールだ」
「知っていますけど」
「友達なのに」
その顔はズルいわ。毛並みの良いお犬様め。
「……ヴィルジール殿下」
「それが限界?」
「限界ですね」
「仕方がないか。俺達は、公爵家の晩餐に招待されたからな。レナエル共々、本日はこちらに泊まることになるだろう」
え、まだ帰らないの?晩餐まで一緒だなんてすごく嫌なんですけど。
「ただ、レナエルもいるから、ブランシュ嬢に矛先が向かないように努力しよう」
それは大変助かります。私は大人しくしていよう。
「でも、姉君に叱られませんか?」
「もともと仲が良いわけではないからな。気にする必要はない」
「……王族は面倒臭そうですね」
「だから素直が過ぎると言っているだろうが」
そうして二人して少し笑って。
生きにくい世の中も笑い合える友達がいるなら、少しは気が抜けるかしら。
「ではまた後で」
「ああ、また」
ヴィルジール様は片手を上げ、ちょっと笑ってから去って行かれました。さすがは王子。様になっています。
さて。いい加減逃げるのは止めなきゃ。
「シルヴァン兄様、お待たせしました」
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