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「“元気でね、ジーク。寂しくなるわ” そう言って別れを惜しんでくれた母上に抱きしめられて鳥肌がたった。なんとか振り払いたいのを我慢したよ。
それまでリーゼ以外と接触は無かったし、私をジークと呼ぶ女性もいないから気付かなかったんだ。
一度気付くともう駄目で。船でも酔ったんじゃない。本当は女性の視線が気持ち悪かったんだ。そんなつもりで見てたわけじゃないだろうに、自意識過剰だよね」
そんな……母親すらも受け付けないの?
でも、女性の視線は勘違いではないと思うわ。ジーク様は美しいもの。そういう秋波を嫌悪しているのかしら。
ここまで心に傷を負っていると思わなかった。自分ばかり大変な目にあっていると思ってた。
「この学園は優秀なら平民も通えるんだ。だから身分に関わらず平等にという考えから、お互いを家名では呼ばないんだよ。だから最初はみんながジークハルト様って呼んで来て。頭はガンガン痛むしそのうちあの女の声まで聞こえる様な気がして、気持ちが悪くて倒れた。情けなかったな。
目が覚めてから医者と話をして、女性が名前を呼ぶことと接触に嫌悪しているのだろうと言われたよ。これはもう留学も取り止めになると諦めたのだけど。
クラスの皆がそれなら新しい呼び名にしようと言ってくれたんだ。 “ハルト” なら大丈夫か?ってさ。確かにそれなら平気だった。なんだか新しい自分になれたみたいで、少し心に余裕ができたんだ。
まだ体に触れられるのは苦手だけど、今は楽しく学生生活を送れてる。だから心配しなくても大丈夫だよ」
そう言って、本当に何でもない顔で笑っている。どこが大丈夫なの?久しぶりに怒りが湧いてくる。
「まったく大丈夫じゃないですよ。どのあたりが大丈夫だと言うの?!」
怒り出した私をきょとんとした顔で見たジーク様は、嬉しそうに笑い出した。
「あはは、リーゼがこんなに怒ると思わなかった。相変わらずお人好しだなぁ。あんな酷いことをした私の為に怒るなんて。でも、嬉しいよ。ありがとう」
お人好しなんかじゃない。今は酷いことをさせたのもマルティナ様だと知っているから。
「ジーク様、ごめんなさい。何も知らずに責め立てて。あなたは魅了に掛かっていたのではないの。心を操られていたのよ。マルティナ様と学園の皆に。
あの一年は彼女達が作った恋愛劇で、私達は無理矢理参加させられていただけ。あなたはヒロインを愛する人という役を演じさせられただけよ。あなたの意志じゃないわ!だから今、そこまでの拒否衝動が起きているのよ」
「……うん。調査報告は聞いてるよ。でも、結局は、“たぶん” 全ては魔法のせい “だろう” という憶測でしかないんだ」
そんな……たしかに確定は出来ないと言っていた。でも!
「そもそも魔法に掛けられる隙を見せた私が悪い。アレは自分の欲を満たす事しか興味が無い浅はかな人間だったけど、もし私を足掛かりに国を狙うような人間だったとしたら?
私は王子として、あってはならない状況を作ってしまったのだ。
だから私を許しては駄目だよ。リーゼ」
いつだって王子として恥ずかしくない人間であろうと努力するジーク様が大好きだった。でも今はその心の強さに泣きたくなる。
「……だから王位継承権を放棄するのですか?」
「王子を降りれば罪が無くなると思っているわけではないよ。兄上は次期王として申し分の無い方だし、すでに男の子も授かっている。だからこんな傷持ちのスペアは必要ないだろう?それに今の私は女性のエスコートもダンスも出来ないし、これではスペアとしてまったく役に立たない。そんな人間に継承権がある方がよくないんだ」
ジーク様が言っていることは正しいのだろう。でもあんまりだわ。状況を楽しんでいた彼等とは違う。こんなに心が傷付いているのだもの。それなのに、さらに身分まで失うの?
「手に……触れてもいいですか?」
「……うん」
ジーク様の手にそっと触れる。
私を婚約者として、恋人として慈しんでくれた優しい手。操られ、蔑む目をしながら私に傷を負わせた悪魔のような手。
「変わらず温かいですね」
「……怖くない?」
そんな泣きそうな顔をしないで。
「それは私のセリフだわ。気持ち悪くないですか?吐き気はしないの?」
「リーゼだから平気。ずっと触れたかった」
「そう。よかった」
ぬくもりは何も変わらないのに、私達を取り巻くすべてが変わってしまったわね。あなたは王子でいられないし、私ももう婚約者じゃない。
「私は魔法を許しません。あの一年間を許すなんてありえない。今回裁かれた人達の減刑なんて希望しないし、マルティナ様に嫌がらせの手紙だって送り続ける。ジーク様のことも魔法のせいだからと逃げた事は許さないわ」
「うん、それでいいよ」
「でも、私は恨み続けたくない。幸せになりたいの。だから……ハルト様。私との繋がりを新しく始めてくれませんか?
元には戻れないけれど、傷が消えることはないけれど。それでも、そんなものが気にならなくなるくらい幸せになるために」
あなたがくれたあの器の様に。美しい金の模様。私達の心も、私達の関係も、丁寧に継いでいきたい。
「……あんなに傷付けたのに?」
「あの器を送ってくれてありがとう。あれを見て感動したわ。私もあんなふうになりたい。傷すらも美しいものに変えていきたいと思ったの。
そうね。私もリーゼではなく “ロッテ” になろうかしら。うん、いいかも」
ただの言葉遊びみたいだけど、これだけでずいぶん気持ちが変わる。忘れる為じゃなく、変わる為の一歩。
「ロッテ。なんだか可愛らしいね」
「いいでしょう?ハルト様」
「そうだね、似合ってる。ロッテ……ロッテ、ロッテ。うん、可愛いな。
ありがとう、ロッテ。私にチャンスをくれて。
私もあの器を見た時に同じ事を思ったんだ。だから君に送った。少しでも君を癒すことができたらと。受け取ってくれてありがとう」
これから私達の関係がどうなるかは分からない。それでも失いたくないと思った。それでも愛しいと思えたの。
私達はどんな形になるかしら、楽しみだわ。
それまでリーゼ以外と接触は無かったし、私をジークと呼ぶ女性もいないから気付かなかったんだ。
一度気付くともう駄目で。船でも酔ったんじゃない。本当は女性の視線が気持ち悪かったんだ。そんなつもりで見てたわけじゃないだろうに、自意識過剰だよね」
そんな……母親すらも受け付けないの?
でも、女性の視線は勘違いではないと思うわ。ジーク様は美しいもの。そういう秋波を嫌悪しているのかしら。
ここまで心に傷を負っていると思わなかった。自分ばかり大変な目にあっていると思ってた。
「この学園は優秀なら平民も通えるんだ。だから身分に関わらず平等にという考えから、お互いを家名では呼ばないんだよ。だから最初はみんながジークハルト様って呼んで来て。頭はガンガン痛むしそのうちあの女の声まで聞こえる様な気がして、気持ちが悪くて倒れた。情けなかったな。
目が覚めてから医者と話をして、女性が名前を呼ぶことと接触に嫌悪しているのだろうと言われたよ。これはもう留学も取り止めになると諦めたのだけど。
クラスの皆がそれなら新しい呼び名にしようと言ってくれたんだ。 “ハルト” なら大丈夫か?ってさ。確かにそれなら平気だった。なんだか新しい自分になれたみたいで、少し心に余裕ができたんだ。
まだ体に触れられるのは苦手だけど、今は楽しく学生生活を送れてる。だから心配しなくても大丈夫だよ」
そう言って、本当に何でもない顔で笑っている。どこが大丈夫なの?久しぶりに怒りが湧いてくる。
「まったく大丈夫じゃないですよ。どのあたりが大丈夫だと言うの?!」
怒り出した私をきょとんとした顔で見たジーク様は、嬉しそうに笑い出した。
「あはは、リーゼがこんなに怒ると思わなかった。相変わらずお人好しだなぁ。あんな酷いことをした私の為に怒るなんて。でも、嬉しいよ。ありがとう」
お人好しなんかじゃない。今は酷いことをさせたのもマルティナ様だと知っているから。
「ジーク様、ごめんなさい。何も知らずに責め立てて。あなたは魅了に掛かっていたのではないの。心を操られていたのよ。マルティナ様と学園の皆に。
あの一年は彼女達が作った恋愛劇で、私達は無理矢理参加させられていただけ。あなたはヒロインを愛する人という役を演じさせられただけよ。あなたの意志じゃないわ!だから今、そこまでの拒否衝動が起きているのよ」
「……うん。調査報告は聞いてるよ。でも、結局は、“たぶん” 全ては魔法のせい “だろう” という憶測でしかないんだ」
そんな……たしかに確定は出来ないと言っていた。でも!
「そもそも魔法に掛けられる隙を見せた私が悪い。アレは自分の欲を満たす事しか興味が無い浅はかな人間だったけど、もし私を足掛かりに国を狙うような人間だったとしたら?
私は王子として、あってはならない状況を作ってしまったのだ。
だから私を許しては駄目だよ。リーゼ」
いつだって王子として恥ずかしくない人間であろうと努力するジーク様が大好きだった。でも今はその心の強さに泣きたくなる。
「……だから王位継承権を放棄するのですか?」
「王子を降りれば罪が無くなると思っているわけではないよ。兄上は次期王として申し分の無い方だし、すでに男の子も授かっている。だからこんな傷持ちのスペアは必要ないだろう?それに今の私は女性のエスコートもダンスも出来ないし、これではスペアとしてまったく役に立たない。そんな人間に継承権がある方がよくないんだ」
ジーク様が言っていることは正しいのだろう。でもあんまりだわ。状況を楽しんでいた彼等とは違う。こんなに心が傷付いているのだもの。それなのに、さらに身分まで失うの?
「手に……触れてもいいですか?」
「……うん」
ジーク様の手にそっと触れる。
私を婚約者として、恋人として慈しんでくれた優しい手。操られ、蔑む目をしながら私に傷を負わせた悪魔のような手。
「変わらず温かいですね」
「……怖くない?」
そんな泣きそうな顔をしないで。
「それは私のセリフだわ。気持ち悪くないですか?吐き気はしないの?」
「リーゼだから平気。ずっと触れたかった」
「そう。よかった」
ぬくもりは何も変わらないのに、私達を取り巻くすべてが変わってしまったわね。あなたは王子でいられないし、私ももう婚約者じゃない。
「私は魔法を許しません。あの一年間を許すなんてありえない。今回裁かれた人達の減刑なんて希望しないし、マルティナ様に嫌がらせの手紙だって送り続ける。ジーク様のことも魔法のせいだからと逃げた事は許さないわ」
「うん、それでいいよ」
「でも、私は恨み続けたくない。幸せになりたいの。だから……ハルト様。私との繋がりを新しく始めてくれませんか?
元には戻れないけれど、傷が消えることはないけれど。それでも、そんなものが気にならなくなるくらい幸せになるために」
あなたがくれたあの器の様に。美しい金の模様。私達の心も、私達の関係も、丁寧に継いでいきたい。
「……あんなに傷付けたのに?」
「あの器を送ってくれてありがとう。あれを見て感動したわ。私もあんなふうになりたい。傷すらも美しいものに変えていきたいと思ったの。
そうね。私もリーゼではなく “ロッテ” になろうかしら。うん、いいかも」
ただの言葉遊びみたいだけど、これだけでずいぶん気持ちが変わる。忘れる為じゃなく、変わる為の一歩。
「ロッテ。なんだか可愛らしいね」
「いいでしょう?ハルト様」
「そうだね、似合ってる。ロッテ……ロッテ、ロッテ。うん、可愛いな。
ありがとう、ロッテ。私にチャンスをくれて。
私もあの器を見た時に同じ事を思ったんだ。だから君に送った。少しでも君を癒すことができたらと。受け取ってくれてありがとう」
これから私達の関係がどうなるかは分からない。それでも失いたくないと思った。それでも愛しいと思えたの。
私達はどんな形になるかしら、楽しみだわ。
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