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27.五年後(2)
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応接室へと足を進めながら、マクレガー弁護士が初めて訪れた日を思い出す。
「はじめまして。アシュリー様を弁護させて頂きます、ジェフリー・マクレガーと申します」
アシュリーのことを夫人とは呼ばず、一個人として扱うことに不満を覚えた。
年の頃は30代半ばだろうか。一見平凡なブラウンの髪と瞳であるのに、自信に満ちた鷹揚な態度の為か格上の人物に感じる。
だが、足が少し悪いようだ。手にはステッキを持ち、軽く右足を引きずっている。
そんなことを考えながらも挨拶を交わした。
正直、最近はアシュリーが離婚を考え直してくれたのではないかと思っていた。
何故なら、母上が素直に全権限を手放すと約束をしたからだ。
アシュリーとのことにも二度と口を挟まないと誓わせ、覚書にもサインをした。だから、このまま妻として母として残ってくれたら。そう願っていたのに。
「では、離婚に向けてのお話をしましょうか」
笑顔でサラリと言われ、アシュリーの気持ちはまったく変わっていないことを突き付けられた。
「……離婚する気はありません」
ショックを受けながらも、自分の気持ちを伝えた。
「おや、おかしな事を仰る。伯爵の行動は、常に離婚を視野に入れてのものだと思っていたのですが。
それともまだアシュリー様の能力に頼りたい。そういうことでしょうか?」
慇懃無礼とはこういうことを言うのだろう。
私を伯爵と呼びながら、欠片も敬う気など無いようだ。
「……私の非は認めます。それでも私はアシュリーを妻として愛しております。ウィリアムという大切な子供もいる。
……一度の過ちで切り捨てるのは早計ではないのか。貴方にとってウィリアムとはそんなにも軽いものなのか?」
酷いことを言っている自覚はある。
それでも、ここで折れたら彼女を失ってしまうのだ。ならば、子供を盾にしてでも戦わねばならない。
「それは随分と貴方にだけ都合の良い話ですね?
ご自分は若い娘との情事を楽しんできて、もう反省をしたのだから子供の為にも我慢して妻で居続けろというのですか」
「……アシュリーにだけ我慢をさせるつもりはありません」
「では、貴方は何を差し出せるのでしょう。
アシュリー様の献身の上に胡座をかいておられただけの貴方に何が出来ますか?
まさかドレスや宝石を与えて慰めますか。ですが、それらを賄う財を築いたのはアシュリー様の手腕が大きい。
それともまさか、自分の愛を捧げるからとでも言うのですか?
残念ですが、浮気をした男などただの使い古しのお下がりです。仮令、元は自分のものだったとしても、今更欲しがる酔狂な女性はいないかと思われますよ」
なんと失礼な物言いなのだ!
だが、言い返したくとも、無礼だと声を荒らげる以外に出来ることはないと察する。彼の言うことはどこまでも真実だ。
「ああ、良かった。ここで騒ぎ立てるほど愚かではなかったみたいですね」
私がこれだけ責め立てられているのに、アシュリーからの助けは無く、表情すら変わらない。
……本気で別れたいのか。
その焦りと後悔、失う恐怖がひたひたと押し寄せる。
「……どうしたら許してくれる?……いや、許さなくてもいい。何なら別居でも!」
「ほら、話が戻っていますよ。何故被害者のアシュリー様だけが我慢を強いられるのですか。もう少し建設的な話をしましょう」
「……建設的なんて、そんなの無いじゃないか」
「ありますよ。円満離婚です」
なんと魅惑的に微笑むのか。それがまるで甘露であるかのように言ってのける。
この男は悪魔かもしれない、そう思った。
「伯爵はどうやら現状を把握しておられないようだ」
突然、声のトーンが変わった。先程までの柔らかさが消えたのだ。
「スペンサー伯爵家はアシュリー様にどれだけ無体なことを長期に渡って働いてきたのかを理解していないらしい」
「……無体?」
なに…、コーデリアの事だけではないのか?
「アシュリー様への求婚からして異常でしょう。
貴方方はまだ学生であった彼女を卒業すらさせてあげなかった」
それはだって……。
「聞けば、ここに来た翌日には仕事をさせていたそうですね?
今まで働いたことも無い年若い女性を跡継ぎの妻になるからと、いきなり潰れかけの商会に放り込んでこき使う。これを無体と言わず何と言うのです?
そのくせ夫の貴方は、彼女が卒業を許されなかった学園に呑気に3年間通っていたんだ。
彼女が傷付くとは少しでも考えなかったのか」
「思った!思ったけど、でもそれを決めたのは母上だ。私にどうできたと言うんだ!」
だってあの時はまだ14歳だった。母の決めたことに従う以外に何が出来たと言うんだよ。
「感謝することくらい出来たでしょう」
「……え」
「感謝の言葉を伝えたことはありますか?申し訳ないと頭を下げたことは?
貴方は自分が子供だったから仕方が無いと思っているようだが、貴方の家のことなのにどうしてそこまで無責任でいられるのですか。赤の他人のアシュリー様が、寝る間も惜しんで働いていたというのに!
貴方は愛がどうだと騒いでいるが、まず、人として間違っていることに気付きなさい。
感謝も労りも、謝罪の言葉すら口にしてこなかった貴方の謳う愛などたかがしれています。
この家でアシュリー様を守れるのは貴方だけだった。
貴方はその夫としての権利も義務も放棄して6年間過ごしてきたのです。
そんな貴方と何をやり直すのですか?」
「はじめまして。アシュリー様を弁護させて頂きます、ジェフリー・マクレガーと申します」
アシュリーのことを夫人とは呼ばず、一個人として扱うことに不満を覚えた。
年の頃は30代半ばだろうか。一見平凡なブラウンの髪と瞳であるのに、自信に満ちた鷹揚な態度の為か格上の人物に感じる。
だが、足が少し悪いようだ。手にはステッキを持ち、軽く右足を引きずっている。
そんなことを考えながらも挨拶を交わした。
正直、最近はアシュリーが離婚を考え直してくれたのではないかと思っていた。
何故なら、母上が素直に全権限を手放すと約束をしたからだ。
アシュリーとのことにも二度と口を挟まないと誓わせ、覚書にもサインをした。だから、このまま妻として母として残ってくれたら。そう願っていたのに。
「では、離婚に向けてのお話をしましょうか」
笑顔でサラリと言われ、アシュリーの気持ちはまったく変わっていないことを突き付けられた。
「……離婚する気はありません」
ショックを受けながらも、自分の気持ちを伝えた。
「おや、おかしな事を仰る。伯爵の行動は、常に離婚を視野に入れてのものだと思っていたのですが。
それともまだアシュリー様の能力に頼りたい。そういうことでしょうか?」
慇懃無礼とはこういうことを言うのだろう。
私を伯爵と呼びながら、欠片も敬う気など無いようだ。
「……私の非は認めます。それでも私はアシュリーを妻として愛しております。ウィリアムという大切な子供もいる。
……一度の過ちで切り捨てるのは早計ではないのか。貴方にとってウィリアムとはそんなにも軽いものなのか?」
酷いことを言っている自覚はある。
それでも、ここで折れたら彼女を失ってしまうのだ。ならば、子供を盾にしてでも戦わねばならない。
「それは随分と貴方にだけ都合の良い話ですね?
ご自分は若い娘との情事を楽しんできて、もう反省をしたのだから子供の為にも我慢して妻で居続けろというのですか」
「……アシュリーにだけ我慢をさせるつもりはありません」
「では、貴方は何を差し出せるのでしょう。
アシュリー様の献身の上に胡座をかいておられただけの貴方に何が出来ますか?
まさかドレスや宝石を与えて慰めますか。ですが、それらを賄う財を築いたのはアシュリー様の手腕が大きい。
それともまさか、自分の愛を捧げるからとでも言うのですか?
残念ですが、浮気をした男などただの使い古しのお下がりです。仮令、元は自分のものだったとしても、今更欲しがる酔狂な女性はいないかと思われますよ」
なんと失礼な物言いなのだ!
だが、言い返したくとも、無礼だと声を荒らげる以外に出来ることはないと察する。彼の言うことはどこまでも真実だ。
「ああ、良かった。ここで騒ぎ立てるほど愚かではなかったみたいですね」
私がこれだけ責め立てられているのに、アシュリーからの助けは無く、表情すら変わらない。
……本気で別れたいのか。
その焦りと後悔、失う恐怖がひたひたと押し寄せる。
「……どうしたら許してくれる?……いや、許さなくてもいい。何なら別居でも!」
「ほら、話が戻っていますよ。何故被害者のアシュリー様だけが我慢を強いられるのですか。もう少し建設的な話をしましょう」
「……建設的なんて、そんなの無いじゃないか」
「ありますよ。円満離婚です」
なんと魅惑的に微笑むのか。それがまるで甘露であるかのように言ってのける。
この男は悪魔かもしれない、そう思った。
「伯爵はどうやら現状を把握しておられないようだ」
突然、声のトーンが変わった。先程までの柔らかさが消えたのだ。
「スペンサー伯爵家はアシュリー様にどれだけ無体なことを長期に渡って働いてきたのかを理解していないらしい」
「……無体?」
なに…、コーデリアの事だけではないのか?
「アシュリー様への求婚からして異常でしょう。
貴方方はまだ学生であった彼女を卒業すらさせてあげなかった」
それはだって……。
「聞けば、ここに来た翌日には仕事をさせていたそうですね?
今まで働いたことも無い年若い女性を跡継ぎの妻になるからと、いきなり潰れかけの商会に放り込んでこき使う。これを無体と言わず何と言うのです?
そのくせ夫の貴方は、彼女が卒業を許されなかった学園に呑気に3年間通っていたんだ。
彼女が傷付くとは少しでも考えなかったのか」
「思った!思ったけど、でもそれを決めたのは母上だ。私にどうできたと言うんだ!」
だってあの時はまだ14歳だった。母の決めたことに従う以外に何が出来たと言うんだよ。
「感謝することくらい出来たでしょう」
「……え」
「感謝の言葉を伝えたことはありますか?申し訳ないと頭を下げたことは?
貴方は自分が子供だったから仕方が無いと思っているようだが、貴方の家のことなのにどうしてそこまで無責任でいられるのですか。赤の他人のアシュリー様が、寝る間も惜しんで働いていたというのに!
貴方は愛がどうだと騒いでいるが、まず、人として間違っていることに気付きなさい。
感謝も労りも、謝罪の言葉すら口にしてこなかった貴方の謳う愛などたかがしれています。
この家でアシュリー様を守れるのは貴方だけだった。
貴方はその夫としての権利も義務も放棄して6年間過ごしてきたのです。
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