異世界精進料理店 ~異世界でどんな種族も食事できるお店を開いた件~

真黒三太

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車麩の唐揚げ

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 ――質も問えるし、なんでも揃う。

 ……とは、ここ交易都市センティルを端的に表した謳い文句であるが、なるほど、その言葉に嘘偽りはない。
 実際、よそでは見かけることがないだろうエルダートレントの枝を――法外な金子と引き換えとはいえ――首尾よく、入手することがかなったのだ。

(これで、族長から課された使命は果たせたわね)

 馴染みがない潮風に長い金髪をなびかせながら、エルフの剣士フィリンは胸を高鳴らせた。
 この街で最も人通りと商店が多い目抜き通りを歩く足も、まるで踊っているかのように軽い。
 いや、実際に踊るような足さばきも交えており、行商人や冒険者と思わしき者たちが、少し驚いたような目線を自分に向けている。

(いけない、いけない。
 わたしは立派な大人なのだから、もっとそれらしく、貞淑に歩かないと……)

 そんなことを考えても、弾む心と足は押さえきれない。
 それだけ、この上々な首尾が嬉しかった。
 フィリンは齢百を超えて間もない娘であり、剣も魔法もまだまだ発展途上である。
 丈が短い魔法剣士としての装束も、まだまだ真新しく、使い込まれていないのが誰の目にも明らかであった。
 そんな娘が、ほとんどおつかいのような用件とはいえ、故郷を遠く離れての使命を与えられたのだから、周囲の大人たちは大変に不安がったものだ。

 だが、結果はこの通り。
 余裕をもって十年もの月日を与えられはしたが、ほんの数カ月で目的の品を入手することに成功した。
 路銀もたっぷりと余っているし、なんならば、このまま里の外を期限間近まで学んでから帰る余裕すらある。
 まあ、その期限も「皿を洗うべき相手が見つかったら無期延期していい」というなんともいい加減なものだったが……。

「――失礼」

 そんなことを、考えていたのがまずかったか。
 何やらふらついて歩いていた人が、こちらにぶつかってしまう。
 一応はかわそうとしたのだが、それに失敗してしまったのは、やはり、考え事が原因だろう。

「いえいえ」

 だが、今ふらついてぶつかって行った人にも、余裕のある態度で返せた。
 やはり、自分は大人だ。今度の旅で、それがはっきりと分かった。

 ――くう。

 自らの成長を自覚したところで、また別の物事も自覚する。
 すなわち……。

(お腹が……減った)

 ……このことであった。

 空を見れば、いつの間にか夕焼け空となっており……。
 目抜き通りの左右を見やれば、日の出入りに従って営業する商店たちが、続々と店じまいの準備を始めていた。
 文句無しの、夕飯時。
 それを証明するかのように、この通りへ買い物に訪れていたのだろう人々が、少しずつ別の場所へと移動し始めている。
 追って、ここで商いする者たちも散っていくに違いない。

 大陸四街道全てと繋がり、豊かな港湾部を抱えるこのセンティルであるが、交易都市として活動する時間はこれで終わり。
 これから明朝までは、酒を始めとする歓楽で賑わう時間だ。
 そして、その中には言うまでもなく、食事も含まれているのであった。

(よし……店を探そう)

 いつの間にか立ち止まり、呆けていたフィリンであったが、気を取り直して歩き出す。
 今日、この街に到着したばかりのフィリンであり、行く当てというものはない。
 だが、周囲を見れば只人だけではなく、ドワーフや猫人、有角族の者たちが、いかにも空腹を抱えた顔で同じ方向に向かって歩いている。
 となれば、自分もそちらに向かって歩いていけば、どこぞ食事処へ辿り着くに違いない。

(他種族に比べれば数が少ないとはいえ、同族の姿が見当たらないのは気になるけど……)

 まあ、偶然であり、気にする必要はないだろう。
 自分たちエルフは、少数種族なのだから。
 おそらくここセンティルは大陸で最もエルフの数が多いだろう街であるが、見かけなくてもおかしくないくらい、自分たちは絶対数が少ないのであった。

 だから、歩く。
 その先にある……使命達成祝いの馳走を夢見て。









(これ……同族を見かけなかった理由って……)

 この時期、空模様というものは、わずかに目を離しただけで変わってしまうもの。
 夕陽が徐々に埋没していき、月と星へ地上を照らす役が代わりつつある中、ようやくにもフィリンはその可能性へ思い至っていた。
 なんとなれば……軒を連ねる食事処の入り口に、エルフが来店可能であることを示す符丁が存在しないのだ。

 エルフならば緑、ドワーフならば黒、猫人ならば茶、有角族ならば赤……。
 なんでも食べられる只人は別として……。
 食に厳格な掟のあるその他種族が食事可能かどうかを表すため、食事処の入り口には、これらの色で作られた何がしかの物品を置くのが常識となっている。
 ここセンティルにおいてそれは、紐飾りなのだろう。
 軒を連ねる食事処の入り口には、黒、茶、赤色の紐飾りが取り付けられ、海から吹く風で揺れていた。

 そう、黒、茶、赤……黒、茶、赤だ。
 行けども行けども、この三色以外に紐飾りは見つけられない。
 それはつまり、どこの店でもエルフにとって禁忌の食べ物――鳥料理を出しているということ。

(でも、そんなことってある?
 どんなお店でも、鳥料理が食べられてるって……。
 ここ、『質も問えるし、なんでも揃う』交易都市センティルよね?
 そんな豊かな都市で、揃いも揃って鳥料理しか食べられていないとか……)

「鳥竜バルザガンガ討伐――バンザーイ!」

 フィリンの思考を断ち切ったのは、どこかの店から流れてきたそんな乾杯の声……。
 それで、全てが察せられた。

(バルザガンガ……!
 西部開拓地帯を荒らしてたっていう巨大鳥竜が、どこかの冒険者に討伐されたの!?
 この都市にとっても、開拓地帯への物資供給は大事な商売のタネ。
 それで、かの怪物が打倒されたことを祝っているんだわ……!
 鳥料理を、バルザガンガに見立てて……!)

 それは、どこの店でも鳥料理を出しているはずである。

 ――鳥竜バルザガンガ。

 全身を羽毛に覆われた竜種であるこやつは、固有名を持つことから分かる通り、様々な被害を人類に与えてきた。
 その筆頭が、西部開拓民への攻撃……。
 それが倒されたとなれば、滞っていた開発は一気に進み、この都市も様々な恩恵を受けることであろう。
 何しろ、この街は突発的だろう祝いに合わせ、各食事処へたやすく鳥肉を供給してみせることが可能な流通網を備えているのだ。
 商売の基本は、右から左へ物を流すこと……。
 西部開拓でどれほどの利益が出されるか、算出可能な人物などいるのだろうか?

 だが、今はそんなことはどうでもいい。
 重要なのは、ただ一つ……。

(わたし……どこでご飯食べればいいのよ……!
 かといって、エルフが鳥料理の振る舞われてる場に顔を出すわけにはいかないし……!)

 森へ様々な恩恵をもたらす鳥類は、エルフにとって同胞。
 ゆえに、それを食べることは固く禁じられているし、そもそも、発想に上ることすらない。

(どこか……どこかエルフでも食べられるお店は……!
 緑の符丁が存在する料理屋は……!)

 こうなると、行ったことも見たこともない砂漠とやらへ放り込まれた旅人の気分だ。
 周囲を見回しても、何もなし。
 立ち並ぶ店の数々は、フィリンからすれば砂のごとく無意味な存在である。

 もちろん、携帯している食料でどうにかするという手はあった。
 だが、今さら岩石のように固いパンや干し肉で我慢することなど、到底できなくなっていたのである。

(エルフ以外は、これだけ大勢の人間が浮かれ騒いでるんだ。
 エルダートレントの枝を手に入れたわたしだって、使命達成を祝って――)

 それを見逃さなかったのは、苔の一念であっただろう。
 軒を連ねる食事処へ埋没するかのような、何の変哲もない造りをした店……。
 しかし、そこの入り口には、緑、黒、茶、赤の紐飾りが確かに吊るされていたのだ。

「あったー!」

 我知らず叫びながら、押し開く形式の扉を開いた。







「……いらっしゃい」

 蝶番ちょうつがいの細工により、押し開かれた扉が背後で元に戻る中……。
 カウンター越しの店主から、やや無愛想な顔と声でそう言い放たれる。
 只人の、男。
 エルフであるフィリンには年齢の判別を付けられないが、中年期に位置することは間違いない。
 剃り上げているのが抜け落ちているのか、頭髪の一本も頭にはなく、代わりに、口回りはわざと剃り残しているかのような無精髭で覆われていた。
 顔立ちはやや野性味こそあるものの端正で整っており、純白の調理着ではなく礼服でも着せれば、只人貴族の社交界に紛れても違和感はないと思える。

「エルフだけど、問題はない?」

「入り口に飾り紐をかけてあるだろ?
 うちは、来る者を拒まねえ。
 金さえ払ってくれるならな」

 にやり……と、どこか人好きのする笑みを店主が浮かべてみせた。
 なるほど、店内は確かに来る者を拒んでいる様子がない。
 これまで立ち寄った食事処と比較しても、こじんまりとしていて、どうにか一人で回せるか回せないかという広さの店内には、カウンター席の他、二人用のテーブル席が二つあるばかり。
 うち、テーブル席は空席となっていたが、カウンターには先客であるドワーフの男、猫人の女、有角族の男がすでに収まっている。
 只人である店主とエルフであるフィリンが加われば、めでたく、全種族の揃い踏みというわけだ。

「うちは小さな店でな。
 その日その日、決まった料理を一品だけ出してる。
 だから注文は聞かんぞ」

「いいわね。
 好きよ。そういう簡潔なの」

 店のカウンターは直角に曲げた腕と同じ形をしており、先客たちは店の奥……厠に通じている側へ座っていた。
 通い慣れているという雰囲気の彼ら彼女らから少し距離を置き、フィリンは入り口側の席を陣取る。

「それで今日は……揚げ物というわけ?」

「そうとも」

 店主が短く答えながら、粉に付けた何かを油鍋の中へと投じていった。
 途端に店内へ響き渡る小気味良い音……。
 しゅわしゅわと何かが弾けているかのような揚げ油の音は、食への期待感を高める最高の調味料だ。

「美味しそう……。
 挙げてるのは、魚……?
 いえ、それだと……」

 フィリンがちらりと見たのは、他の客が食べているすでに完成した料理である。
 長方形の皿へ彩の葉と共に載せられているのは、何かの切り身へ薄衣を付け揚げた料理……。
 一見すれば魚の切り身と思えたが、その可能性を否定したのは、ドワーフの男が美味そうに頬張り、ビールを流し込んでいたからだ。
 酒樽に手足が生えたような炭鉱種族は、魚も貝も決して口にはしない。
 聞いた話では、彼らがそれを食したら、陸にいながら溺れてしまうらしかった。

「……魚なら、ドワーフが食べれるわけないものね。
 そして、有角族も食べているから蹄のある動物ではない。
 ネギ類じゃないのは、猫人が食べているのを見なくても判別できる。
 じゃあ、トカゲ?」

 自身の種族的特徴である短剣じみた鋭さの長い耳を指先で弾き、そう推理する。
 長身にして筋肉質な有角族の戦士は、それが喜びの表現なのか、揚げ物を咀嚼しつつも、両側頭部から生えている立派なねじれ角の一本を片手でしごいており……。
 猫人の斥候らしき娘も、食べながら頭頂部の猫耳と、お尻から生えた猫の尾をひくひくと動かしている。
 全種族共通で食べられるものを考えれば、大トカゲかその近縁種と推測するのが一般的であると思えた。
 もっとも、それはゲテモノ食いに近いが……。

「まあ、まずは食べてみることだ。
 飲み物は何にする?」

「ありがとう。
 じゃあ、赤い葡萄酒を……」

 さっと提供されるのは、料理の種類が決まっている利点だろう。
 自身の前に供された料理を見ながら飲み物も頼む。
 故郷にいたときは蜂蜜酒を嗜んでいたが、外の世界に飛び出してからは、熟成した葡萄の香りにも魅せられているフィリンだ。

「はいよ」

 木製の盃に並々と注がれた赤い酒も、皿の傍らに置かれ……。
 いよいよ、実食開始だ。
 まず鼻孔をくすぐるのは、菜種の油がもたらす香ばしい匂い……。

(油の匂いを喜んでしまうのは、生物としての本能ね……)

 ことに、エルフは花樹の種子を好む。
 それらは植物性の油が豊富であるため、存外、フィリンが思っている以上に、エルフという種族は揚げ物料理との相性が良いのかもしれなかった。
 新たな発見に胸を躍らせながら、皿と共に供されたフォークを料理に突き立てる。
 瞬間、感じたもの。
 それは……。

(……やわい)

 このことであった。
 肉とは思えぬ実にあっさりとした刺し心地。
 その手応えは、とても筋繊維へ突き刺したものとは思えぬ。
 しかしながら、実際に料理へフォークは突き立っているわけであり……。
 これは、何かに化かされているような感覚であった。

「……何?」

 ふと見れば……。
 店主も他の客たちも、自分のことを見ながらニヤニヤと笑い合っている。
 明らかに、フィリンの反応を見て面白がっている面白がっている様子。
 その挑発的な態度に、若きエルフは触発された。

「何か秘密があるってわけね?
 いいじゃない。
 見破ってあげるわ」

 そう言いながら、フォークで突き刺した料理を口の中に放る。
 すると、口の中に溢れ出したのは、多幸感すら覚える油の味わい……。
 そして、噛み締めた肉からじゅわりと溢れ出す何か調味料由来の甘じょっぱさ……。
 最後に、深い……舌の根を震わせるような旨味が、余韻のように感じられるのだ。

(――美味しい!)

 口を開ける状態ではないため、心中で快哉を漏らす。
 これは、美味……そう、美味と評するのがふさわしい。
 故郷の里では見られず、また、ここまで旅してきたどこでも供されなかった恐ろしく丁寧な料理だ。

 作っているのは、いかにもスレた雰囲気の中年……。
 調理法も、たっぷりの油で揚げるという豪快なもの。
 だが、完成したこの料理は、芸術品のごとき美しさすら舌に感じさせるのである。

(それにしても、これは、なんの――肉?)

 味の立役者となっている素材の正体を、咀嚼しながらも探った。
 探った、が、答えは出ない。
 とても動物のものとは思えぬやわらかき……歯の力もあごの力も、ほとんど必要としない肉。
 これは、下味を驚くほどたっぷりと吸い上げており、それが食べた時のえも言われぬ充足感を生み出していること疑う余地なし。
 だが、その正体は……とんと思いつかないのだ。

「ん……ん……」

 料理を飲み込み、葡萄酒に口を付ける。
 揚げ料理の味が熟成した葡萄の酒精と混ざり合い、口の中で相乗効果を生み出し……味の余韻をさらに深くしながら、喉の奥へと消失させていった。

「ふぅー……。
 これ、すごく美味しい。
 ねえ、意地悪しないで教えて?
 結局、なんの肉なの?」

「鳥の唐揚げ」

「え……?」

 ――鳥。
 そのひと言に、さっと顔が青ざめてしまう。
 森の民エルフにとって、鳥類は同胞。
 唐揚げというのが調理法の名だとして、自分は同胞の肉を食してしまったのか――?
 それも、騙される形で……!

「物騒なもんに手を伸ばすな。冗談だ」

 涙混じりに睨み付けながら腰の剣へ手を伸ばした自分に、店主が苦笑いしながら待ったの動作をしてみせる。
 それで、浮かしかけていた腰を元に戻した。

「……たちの悪い冗談はやめてちょうだい。
 それで、なんの肉なの?」

「肉じゃない。
 そいつは、車麩の唐揚げ。
 ――精進料理だ」

 小さな……。
 それでいて、深い自信を感じさせる笑みと共に、店主はそう告げたのである。







(さて、この世界に生まれ変わって、どのくらい経つか……)

 豆類を肉の代わりとし、いかにも肉料理であるかのように振る舞う……。
 ある種、脳を騙しているといえなくもない精進料理の概要を聞き、感心しきりとなるエルフ娘に説明してやりながら、店主はふとそんなことを考えた。
 すでに、この世界で生を得てから、三十年以上もの時が流れており……。
 この店も、こうして供している料理も、その集大成といえる代物である。

 どうしてそこまでの苦労をして? などと考えてはいけない。
 登山家が、山があったら登るようなもの……。
 これは、生まれ変わろうとも拭い去れない生き様であり、生き方なのであった。

「ファッファッファ……。
 種族こそ違うが、お前さんも店主に騙された仲間だな」

 ドワーフが……。

「ああ……。
 このおっさん、絶対に最初から説明はしないんだ」

 有角族が……。

「ま、猫人の場合は肉も魚もいけるから、騙されないけどねー」

 そして、猫人が、新たな仲間を歓迎するように言い放つ。
 なんともいえぬ心地の良い光景……。
 基本的に食卓を共にすることのない四種族が、同じ料理を食して笑い合っている。
 こういった光景をカウンター越しに見るのは、世界を隔てども変わらない料理人の醍醐味だ。

 そうこうしている内に、他の客も入ってくるようになり……。
 本日最初の客たちは続々と食事を終えて、席から立つ。
 フィリンという名前らしいエルフ娘も、当然ながら例外では――。

「――あ」

「どうした?」

 よく下味が染み込んだ車麩を揚げてやりながら、問いかける。
 旅人のようだし、持ち運びが楽なよう高額貨幣だけ持ち運んでいて、小銭に変え忘れていたか?
 ここセンティルでありがちなトラブルを想定していたが、真実は違った。
 フィリンは青ざめながら、こう言ったのである。

「財布が……ない。
 ――あの時!」

「ははあ、さてはスられたか?」

 人が多い場所にその手の犯罪者が出没するのまた、地球とこの世界とで変わらぬところ……。
 そして、こういう時に店側が提案すべきことはただ一つであるので、店主は半ば機械的にこう告げたのだ。

「なら……皿洗いだな」

「えっ……!?
 ほ、本当に……。
 本当に皿を洗って欲しいというの……? わたしに……?」

「うん?
 他にどんな解釈の仕方がある?」

 不思議に思う自分をよそに、フィリンがややもじもじとした仕草を見せる。
 ああ、後から思えば、どうしてこの時に気付かなかったのだろうか?

「なら……その……よろしくお願いします」

「おう、頼んだぞ」

 勘定のことを指してると思い、気楽にうなずく。
 だが、真実は違ったのだ。
 この世界も広く、種族に共通している禁忌を除いて、住んでいる地方ごとで様々な風習があった。
 フィリンが暮らしていた里の場合、皿を洗って欲しいと申し込むのは――プロポーズの言葉だったのである。

 店主はそれを、閉店時に知ることとなるが、その騒ぎはまた別の話……。



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