そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

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導かれるように……⑶

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 繁華街からバスに乗って三十分ほど。
 最寄りのバス停に下りると、ロラは家路を急いだ。


(真っ暗になってしまったけど、時間的には十九時前だから、テオには会えるわね)


 ロラは顔を綻ばせる。
 手の中に、可愛らしくラッピングされたハーブティーの紙袋抱えて。


(今日は私が、夜勤に出かけるテオにお茶を淹れてあげよう。きっと喜んでくれるわ)


 夫であるテオの、嬉しそうな笑顔を思い浮かべるだけで、ロラの心は弾む。


(急いで帰らなくちゃ。心配しているといけないから)


 最後の角を曲がり、家の前の通りを歩いていると、アパルトマンの入り口に背の高い男性が立っているのが見えた。
 ロラは、気分が浮き立つのを感じ、思わず彼の名前を呼ぶ。


「テオ!」

「ロラ!」


 テオは、それに気付くとロラの名を呼び、彼女に駆け寄った。
 そのまま抱きしめられて、ロラは頬を染める。


「テオ?」

「良かった。遅いから何かあったのかと……!心配したじゃないかっ」

「ごめんなさい。まだ、日が落ちるのが早いわね。少しだけ買い物に寄ったら、暗くなってしまったの」

「そうだったんだ。とにかく、寒いから中に入ろう」


 テオは、温める様にロラの肩を抱き、家の中へとエスコートしてくれた。


 ロラがコートをクローゼットにかけてくると、テオはいつもの様にお茶の準備を始めた。


「あ、テオ。お茶の準備は、今日は私が……」

「良いから、ロラはダイニングに座ってて。寒かったでしょ? 」


 笑顔で促されれば、ロラには断る理由もなかった。
 テオは、いつもの様にダイニングで座って待つロラに、マグカップを手渡す。


「今日は早出だったよね? 何処かによって来たの?」


 カップを両手で包み込み、手を温めているロラ。
 その前の席に座って頬杖をつくと、テオは笑顔で尋ねた。

 ロラは一瞬言葉に詰まる。
 テオには、教会で相談に乗って貰っていることを、話していなかったから。


(教会に行って来たなんて言ったら、理由を尋ねられるかしら? それは少し困るわ)


「ええと。帰り際に、お知り合いの方と会って、つい話し込んでしまったのよ。そしたら、その方が美味しいハーブティーのお店を教えてくれてね。テオと一緒に飲もうと思って、今日買って来たの」

「そうだったんだ。知り合いって男性?」


 むくれるテオに、ロラは首を振る。


「女性よ? とても優しくてキレイな方なの。私の惚気話を、嫌な顔一つしないで聞いてくれるのよ」

「へぇ。僕とのこと? 」


 テオがニヤリと笑いながら尋ねると、ロラは頬を染めて俯いた。


「それは、今度挨拶させてもらわないと」

「え?」


 ロラは不安げに眉を寄せる。
 自分の容姿とシスターブロンシュを比較した時、テオの気持ちが彼女に向くのではないかと、不安になったのだ。


「駄目?それとも、やっぱり男性なのかな?」

「それは、違うわ!でも、彼女キレイだから、不安で……」

「まって、会う前からヤキモチ? 全くロラって」


 言いながら、テオはロラの頭を撫でる。


「可愛いなぁ。僕が好きなのは、ロラだけだよ。でも、君が不安ならやめるね?」

「良いの?」

「良いよ。でもさ、恥ずかしいから、あまり僕のこと、人に話さないで欲しいかな?」


 照れた様に笑うテオに、ロラは微笑んだ。


「大丈夫よ。私も最近知り合った人だし、名前を言ったりしてないから」

「うん。でもやっぱり恥ずかしいなぁ。僕がロラにベタ惚れだって、バレバレじゃないか」

「分かったわ。もう言わないから」

「ほんと?頼むね」


 二人は幸せそうに微笑みあった。


「さて。それじゃ、僕はそろそろ仕事だから」


 そう言って立ち上がるテオに、ロラは頷く。


「気をつけてね?」 

「うん。ロラも、ちゃんと鍵を閉めてゆっくり休んでね。あ、それから、電気代、家用の財布から出しといた」

「ええ。ありがとう」

「ううん。こっちがありがとうだよ。稼ぎが少ないから、ロラに負担かけちゃってごめんね」

「出世払いなんでしょう?」

「頑張るよ」


 荷物を持って来たテオは、笑顔でそう言うとロラの頬に口付ける。

 ロラはテオを玄関まで見送り、しっかりハグして送り出すと、鍵をかけた。


「さて、今日の夕食は、簡単に済ませようかな。あ。ハーブティー」


 ダイニングテーブルに置いた可愛らしい包みを手に取ると、ロラは微笑み、それを棚にしまった。


(また、テオが帰ってきたら一緒に飲みましょう。テオにもリラックスしてもらいたいし)


 カップを片付けながら、ロラはシスターから譲り受けた本のことを思い出した。


(今日は一人で淋しいから、寝る前に読んでみようかな。ページを開くのが楽しみだわ)


 頬を緩めながら、久しぶりにリラックスした気分で、ロラはバスルームに向かった。
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