24 / 32
ニアミス ⑵
しおりを挟む「つい先日も、別の方がこちらに来ましたが、うちの店に、何か問題があったでしょうか?」
一人掛けのソファーに、そのわがままボディをぎゅうぎゅうに押し込んだ雑貨店の店長は、目の前に座る、何やらビジュアルが神々しい二人の男たちに、脂汗を流しつつ尋ねた。
すると、目の前に座る やたら眼光の鋭い眼鏡の刑事、ヴィクトー警部補から視線が向けられ、店長は体を硬直させた。
「おや。我々以外にも誰か来ましたか? これは失礼。この商店街も重点警戒地域になっておりまして、どうやら担当場所が重なってしまったようですね……」
ヴィクトーは眼鏡を押し上げながら、持っていた地図を開く。
(そんな目つきでおとぼけキャラを演じるのは、流石に無理があるんだよな……ここは、俺が)
ヴィクトーの横で頬を掻いたニコラは、ヴィクトーの持つ地図を覗き込み、すまなそうに声をあげた。
「あ。すんません。俺が大雑把にマーカーで線引いちゃったから。ここの道路が境界だったのかも」
「いえ。漏れがあるよりは、ずっと良いでしょう。店長さんには、何度も申し訳ないことですが」
ニコラの演技に合わせて、ヴィクトーが返事をしながら店長に視線を向けると、店長は安心したようにため息をついた。
「ああ。『若い女性に対する注意喚起』ってやつですか。怖い事件ですよね。早く犯人が捕まって欲しいです」
「我々としましても、これ以上の被害は食い止めたいですからね。全力を尽くします」
ヴィクトーが頭を下げると、店長は汗を拭き拭き、ようやく笑顔になった。
「では、前の担当から話はお聞きになりましたかね?」
「はい。その場に女性職員を集めて、直接お話をいただきまして」
「それは、迅速な対応に感謝します。では、我々がすることはなさそうですね」
頷いて立ち上がるヴィクトーに、ニコラは頭を掻きながら立ち上がった。
見送りを、と立ち上がる店長にヴィクトーは頭を下げ、ふと思い立ったように言葉を付け足す。
「お時間を頂き、ありがとうございました。
それにしても、こちらのお店の雑貨は、趣味が良いですね。実は昨晩、うっかりマグカップを落として割ってしまいまして、新しいコーヒーカップが欲しかったんですよ」
「おや。それでしたら、店内をご覧になりますか?」
思わぬ申し出に、店長は揉み手状態だ。
「そうですね。もう終業の時間ですし……ニコラ君、少し付き合ってくれますか?」
「良いですよ。折角ですから、愉快なのにしましょう」
「君は、私にどうなって欲しいのでしょうね?」
気の抜けた二人の会話に、店長は吹き出ていた汗を拭い、愛想笑いを浮かべた。
「では、店員を……ああ、今日はロラがいるので、彼女に案内させましょう」
「そこまで、ご面倒をおかけしては……」
「いえ。この店では、彼女が一番センスが良いですからね。警部補殿はお洒落でしょうし、少しお待ち下さい」
店長は、応接の扉を開けて出ていってしまう。
「おやおや。ある程度の距離から見て、彼女が教会にいた人物で間違いないか、確認するだけのつもりだったのですが……」
「彼女がこっちを覚えていないと良いですけど」
「まぁ、大丈夫じゃないですかね?」
ニコラの懸念に、のんびり答えるヴィクトー。ニコラは引き攣り笑いを浮かべた。
(この整った顔の刑事。一度見たら、俺は忘れないけどな。ぶっちゃけ、俺だってどちらかと言うと目立つ方だし……ま、最悪、俺が間に入って……)
ニコラが心中で作戦を立てていると、外から会話が聞こえてきた。
「え? 彼らにコーヒーカップの説明? ロラが? 店長!是非、私にやらせて下さい!」
「いや。しかしだね」
「私の方が、絶対ハイセンスな物をお勧め出来ます」
「だが……」
「私もそうして頂きたいです。私よりルイズの方が、人当たりも良いですし……」
「それは、まぁ。では、そうしてもらうか」
応接室で聴き耳を立てていた刑事二人は、顔を見合わせて、ほっと息を落とした。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる