そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

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正義はどちらの手の中にあるか

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「失礼、こちらのアパルトマンの管理人の方ですね?」


 ロラの住むアパルトマンの一階。

 日が沈んだ後の予想外な来客に、管理人の女性は、呆然と立ちすくんでいた。

 扉を開けた瞬間飛び込んできた、氷のような美貌。その手に携えられている警察手帳。

 何かやらかしてしまったかと、オロオロしていると、その刑事の後ろに立つ背の高い刑事が、苦笑いを浮かべて口を開いた。


「係長。怯えてますよ? もう少しだけ、眼力をを和らげて下さい」

「おっと。これは、驚かせてしまったようで、すみません。実は、捜査協力をお願いしたいのですが」


 意外にも素直に謝ると、眼鏡のブリッジを押し上げて、銀髪の刑事、ヴィクトーは幾分目元を和らげた。

「へ……? あ、ああ。はい」


 何とか返事を返すと、二人の刑事は頭を下げる。
 管理人の女性は、多少落ち着きを取り戻した。


「まず、お伺いしたいのですが、こちらは独身者向けのアパルトマンでしょうか?」

「いえ。部屋数こそ少ないですが、広々としたつくりですので、ご夫婦で入っている部屋も多いですよ」

「なるほど。因みに、夫婦で入っている部屋はどちらでしょう?」

「ちょっと待って下さい」


 管理人は、管理簿を取り出し、パラパラとめくる。


「ええと。203、205、301ですね」

「202は、お一人ですか?」

「ああ。あそこは、ゆくゆく増えるようなことを言ってたかしら……」


 ヴィクトーは、頷く。
 

「ありがとうございます。因みに、入り口の防犯カメラは本物ですか?」

「ええ。女性が多いので」

「一週間分だけで結構ですので、お借りできますでしょうか?」

「ああ。良いですよ。今、データを持って来ますね」

「感謝します。あと、お手数ですが、この書類にご記入を……」


 書類とデータを受け取ると、ヴィクトーは丁寧に頭を下げて、微笑んだ。


 管理人の元を去り、立体駐車場の二階に戻ると、四人は急ぎ、警察署へと戻った。
 その晩、署内が大騒ぎになったのは、当然の成り行きだった。
 




 月明かりが煌々と差し込む、礼拝堂の祭壇。

 その上に置かれた燭台には火が灯り、とろとろと温かい光をたたえている。

 祭壇の下では、降り注ぐ月光を全身に浴びて、修道服の女性が静かに祈りを捧げていた。

 月の光が届かない礼拝堂の暗がりには、息を殺して佇む人の気配。
 人数にして十数人ほど。年齢も性別もバラバラな彼らは、シスターに同調するように手を組み、祭壇に向かい熱心に祈りを捧げている。

 やがて祈りが終わると、黒服の男性が側道を通って、シスターの元までやって来た。


「シスター。先程、警察に大きな動きがあったようです」

「そう。辿り着いたのね……想定より随分と早い。流石はヴィクトー刑事」


 シスターの瞳に月明かりが差して、ルビーのように赤々と輝く。


「では、いよいよ犯人が捕まるのですか?」

「おお!神よ!」


 暗がりから歓喜の声が上がるも、シスターは口元に人差し指をあてて、それ以上の会話を制した。


「明日は満月。今日までの犯人の動き、また、それまでの犯行日時を鑑みても、次の犯罪が起こるとしたら明日です。それまでに、彼らが全てを調べ上げ、犯人を捕えるのが先か、神が我らに与えて下さった、導きの種が芽吹くのが先か……」


 シスターが憂い顔で視線を落とすと、一番奥に座っていた老人が、独り言のように呟く。


「先を越されてたまるものか!」

「そうだ! もし警察が先に捕まえたら……」


 若い男が同調するように声を上げ、隣に座る老婦人は嗚咽をもらす。

 シスターは、宥めるように胸の前に手を挙げた。


「皆様の気持ちは、痛いほど分かります。これは、我らに与えられた試練かもしれません」


 礼拝堂にいた全ての人間の視線が、シスターに集中した。


「チャンスは、明日の晩の一度だけ。我らにできることは、撹乱のみ。それでも、皆様。私を信じ、ご協力頂けますか?」


 その問いかけに、一同は頷いた。


「ありがとうございます。では、これより皆様に、導きを授けます」


 月明かりの下、シスターは鮮やかに微笑む。
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