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そして物語はフィナーレに向かう ⑴
しおりを挟むニコラがやや先行する形で、刑事二人は扉の前にたどり着いた。
「やっぱり。靴が挟まってる。女性もののローファー? 仕事用でしょうか?」
ヴィクトーは頷くと、インターホンを鳴らした。
室内で人が動く気配は無い。
「どちらかの人物が、慌てて外へ出たのでしょうか? 特に、血痕などはありませんが、とりあえず中に入りましょう。中で倒れていてはいけません。念のため、現場を荒らさないように……」
ヴィクトーは、スーツのポケットから白い手袋を取り出し、手にはめた。
ニコラも同様に準備を整えて、そろそろと室内に入る。
開けっぱなしのダイニングに入ると、うっすらとラベンダーの香りが漂っていた。
「ロラ=マテューさん? いらっしゃいませんか?」
ヴィクトーが声をかけるも、返答はない。
ダイニングから続くキッチンやリビングにも、人の気配は感じられない。
二人はダイニングを抜け、寝室に使われているだろうワンルームの扉の前に移動。
ニコラが、扉越しに中の気配を伺うが、誰かがいる様子は無かった。
ニコラはヴィクトーに視線で合図を送ると、そっと扉を開く。
中は、こざっぱりと整えられた寝室で、置かれているのはベッドと本棚。ベッド横のローテーブルの上には、花を模ったベッドサイドランプと、美しい装丁の小説が置かれている。
ヴィクトーは、目を細めた。
その後、トイレやバスルームなども確認したが、家の中には誰もいないようだった。
眼鏡を押し上げながら、ヴィクトーは考えるように、キッチンのシンクに置かれたティーカップに触れる。
「尾行班からの連絡では、ダニエルは普通に出かけていったそうですから、慌てて出て行ったのは、ロラの方でしょうね」
「ええ。ダニエルが忘れ物でもしたんですかね?」
ダイニングテーブルの上を眺めながら、ニコラは首を傾げた。
ヴィクトーは目を細める。
「なるほど。だとしたら、随分と重要なものを忘れたのですね。ちょっとしたものならば、追いかけるにしても、せいぜいバス停程度では無いですか? 鍵もかけずに飛び出したわけですから」
「確かに。ってか、先程ここに来た時、バス停には誰もいませんでしたね」
「カップがすっかり冷めていますから、出かけてから少なくとも数十分は経過しています。我々の到着が遅れたのが、悔やまれますね」
ヴィクトーは眉を寄せた。
珍しく凹んでいるらしい上司を見て、ニコラは困ったように頬を掻く。
「いやいや。出掛けに、被害者のお兄さんが苦情言って来たわけですから、仕方ないですよ。 蔑ろには出来ないでしょ。係長のせいでは……」
「そうですね。とりあえず、報告を。状況も知りたいですから、一度捜査用車に戻りましょう」
二人は一度管理人宅により、ロラの部屋の施錠を依頼、無線にて連絡を入れようとしたが、何やら無線が混み合っている。
取り急ぎ、ニコラが携帯で連絡を入れ、ヴィクトーは無線に耳を傾けていた。
流れてくる情報に、ヴィクトーは眉を寄せる。
「係長。今、連絡入れてきました」
「ありがとうございます」
「で、これは何の騒ぎなんですか?」
「それが……どうやら、ダニエルを見失ったようです。似たような背格好、服装の男がバスから出てきたそうで、捜査員はそれに釣られた、と。それで、今、全署員総動員で探しているのですが、何やら町中に、似たような服装の男性が大量発生しているそうです」
「は?大量発生って……」
「それどころか、メガネの女性も大発生しているらしいですよ?場所は中央通り……この街一番の繁華街です」
「何でまた、そんな……」
「捜査員がそのうちの一人に声をかけたところ、フラッシュモブイベントだそうで」
「はぁ? フラッシュモブって……あの、日時とか、ダンスの指定だけしてあって、全く知らない人たちがいきなり集まって踊り出すアレですか?」
「ええ。銀婚式のサプライズで、その人の普段の格好に合わせているとか」
「そんな偶然って」
ニコラは頭を抱える。
と、そこに署から着信。
直ぐにヴィクトーが電話をとる。
「はい。……は、今ですか? ……ええ。はい。……分かりました。では、これから一度戻ります」
怪訝そうに眉を寄せて電話を切ったヴィクトー。ニコラは首を傾げる。
「え?戻るって、署までですか?」
「ええ。以前街で会った、ソラル君を覚えていますか?」
ニコラは苦笑いを浮かべた。
「ああ。はい。あの生意気なガキんちょ」
「今、署に来ているそうです。捜査員が出払っているので、戻ってきて欲しいと。何でも、亡くなったお姉さんの部屋で、見慣れない手鏡を見つけた、とか?」
「それが、どうしたんですか?」
「表面に、大きめの指紋がついていると」
「えっ?」
「ダニエルの指紋と一致すれば、証拠物件になります」
「やった!そしたら、令状どころか、一気に逮捕状出ますよ!」
「ええ。そうなんですが……」
ヴィクトーが言葉を濁したので、ニコラは首を傾げた。
「どうしたんですか? 何か気にかかることでも?」
エンジンをかけながら尋ねるニコラ。
ヴィクトーは眼鏡を外してコメカミを抑える。
「気にかかる……ええ。そうですね。一つ一つは取るに足らないことなのですが、先ほどから どうにも、行動を阻害されている感じがするというか……」
「ああ。何か、上手くいかない時って、重なりますよね?」
運転しながら、苦笑気味にニコラが答えると、ヴィクトーは考え込むように沈黙し、数秒後に口を開いた。
「とにかく、早く終わらせて、捜索に戻りましょう。何だか嫌な感じがします。何事も起きなければ良いのですが….」
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