そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

文字の大きさ
30 / 32

そして物語はフィナーレに向かう ⑴

しおりを挟む

 ニコラがやや先行する形で、刑事二人は扉の前にたどり着いた。


「やっぱり。靴が挟まってる。女性もののローファー? 仕事用でしょうか?」


 ヴィクトーは頷くと、インターホンを鳴らした。
 室内で人が動く気配は無い。


「どちらかの人物が、慌てて外へ出たのでしょうか? 特に、血痕などはありませんが、とりあえず中に入りましょう。中で倒れていてはいけません。念のため、現場を荒らさないように……」


 ヴィクトーは、スーツのポケットから白い手袋を取り出し、手にはめた。
 ニコラも同様に準備を整えて、そろそろと室内に入る。

 開けっぱなしのダイニングに入ると、うっすらとラベンダーの香りが漂っていた。


「ロラ=マテューさん? いらっしゃいませんか?」


 ヴィクトーが声をかけるも、返答はない。
 ダイニングから続くキッチンやリビングにも、人の気配は感じられない。

 二人はダイニングを抜け、寝室に使われているだろうワンルームの扉の前に移動。
 ニコラが、扉越しに中の気配を伺うが、誰かがいる様子は無かった。

 ニコラはヴィクトーに視線で合図を送ると、そっと扉を開く。
 
 中は、こざっぱりと整えられた寝室で、置かれているのはベッドと本棚。ベッド横のローテーブルの上には、花を模ったベッドサイドランプと、美しい装丁の小説が置かれている。

 ヴィクトーは、目を細めた。

 その後、トイレやバスルームなども確認したが、家の中には誰もいないようだった。
 
 眼鏡を押し上げながら、ヴィクトーは考えるように、キッチンのシンクに置かれたティーカップに触れる。


「尾行班からの連絡では、ダニエルは普通に出かけていったそうですから、慌てて出て行ったのは、ロラの方でしょうね」

「ええ。ダニエルが忘れ物でもしたんですかね?」


 ダイニングテーブルの上を眺めながら、ニコラは首を傾げた。
 ヴィクトーは目を細める。


「なるほど。だとしたら、随分と重要なものを忘れたのですね。ちょっとしたものならば、追いかけるにしても、せいぜいバス停程度では無いですか? 鍵もかけずに飛び出したわけですから」

「確かに。ってか、先程ここに来た時、バス停には誰もいませんでしたね」

「カップがすっかり冷めていますから、出かけてから少なくとも数十分は経過しています。我々の到着が遅れたのが、悔やまれますね」


 ヴィクトーは眉を寄せた。
 珍しく凹んでいるらしい上司を見て、ニコラは困ったように頬を掻く。


「いやいや。出掛けに、被害者のお兄さんが苦情言って来たわけですから、仕方ないですよ。 蔑ないがしろには出来ないでしょ。係長のせいでは……」

「そうですね。とりあえず、報告を。状況も知りたいですから、一度捜査用車に戻りましょう」


 二人は一度管理人宅により、ロラの部屋の施錠を依頼、無線にて連絡を入れようとしたが、何やら無線が混み合っている。
 取り急ぎ、ニコラが携帯で連絡を入れ、ヴィクトーは無線に耳を傾けていた。
 流れてくる情報に、ヴィクトーは眉を寄せる。
 

「係長。今、連絡入れてきました」

「ありがとうございます」

「で、これは何の騒ぎなんですか?」

「それが……どうやら、ダニエルを見失ったようです。似たような背格好、服装の男がバスから出てきたそうで、捜査員はそれに釣られた、と。それで、今、全署員総動員で探しているのですが、何やら町中に、似たような服装の男性が大量発生しているそうです」

「は?大量発生って……」

「それどころか、メガネの女性も大発生しているらしいですよ?場所は中央通り……この街一番の繁華街です」

「何でまた、そんな……」

「捜査員がそのうちの一人に声をかけたところ、フラッシュモブイベントだそうで」

「はぁ? フラッシュモブって……あの、日時とか、ダンスの指定だけしてあって、全く知らない人たちがいきなり集まって踊り出すアレですか?」

「ええ。銀婚式のサプライズで、その人の普段の格好に合わせているとか」

「そんな偶然って」


 ニコラは頭を抱える。
 と、そこに署から着信。
 直ぐにヴィクトーが電話をとる。
 

「はい。……は、今ですか? ……ええ。はい。……分かりました。では、これから一度戻ります」


   怪訝そうに眉を寄せて電話を切ったヴィクトー。ニコラは首を傾げる。


「え?戻るって、署までですか?」

「ええ。以前街で会った、ソラル君を覚えていますか?」


 ニコラは苦笑いを浮かべた。


「ああ。はい。あの生意気なガキんちょ」

「今、署に来ているそうです。捜査員が出払っているので、戻ってきて欲しいと。何でも、亡くなったお姉さんの部屋で、見慣れない手鏡を見つけた、とか?」

「それが、どうしたんですか?」

「表面に、大きめの指紋がついていると」

「えっ?」

「ダニエルの指紋と一致すれば、証拠物件になります」

「やった!そしたら、令状どころか、一気に逮捕状出ますよ!」

「ええ。そうなんですが……」


 ヴィクトーが言葉を濁したので、ニコラは首を傾げた。


「どうしたんですか? 何か気にかかることでも?」


 エンジンをかけながら尋ねるニコラ。
 ヴィクトーは眼鏡を外してコメカミを抑える。


「気にかかる……ええ。そうですね。一つ一つは取るに足らないことなのですが、先ほどから どうにも、行動を阻害されている感じがするというか……」

「ああ。何か、上手くいかない時って、重なりますよね?」


 運転しながら、苦笑気味にニコラが答えると、ヴィクトーは考え込むように沈黙し、数秒後に口を開いた。


「とにかく、早く終わらせて、捜索に戻りましょう。何だか嫌な感じがします。何事も起きなければ良いのですが….」
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...