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事件は重要な局面を迎える
しおりを挟むその日、事件本部は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
それまで、情報らしき物が一切上がってこなかったこの事件において、ようやく犯人らしき人物の情報が出たのである。
ヴィクトー警部補らが持ち帰ったデータの解析が行われたのは、昨日の晩のこと。
捜査員らは全力をあげて、画像の確認にあたった。しかし、その人物はかなり用心深いようで、不審にならない程度に顔を隠しており、鮮明に撮れている画像は少ない。
そこで、その画像と直接本人を見た刑事四人の話を参考に、鑑識班が似顔絵を制作。
今朝方、二件目と三件目の事件の間にナイフを購入していた、ロラ=マテューの家に出入りしていたとして、その男は重要参考人として手配された。
それから捜査員は、大きく二班に別かれて男の身元を調べていたが、昼過ぎに、各地域に散らばって聞き取りを行っていた捜査員らが持ち帰った情報を聞き、更なる混乱が生じることとなる。
彼を知っている人物は、一様に『役者のように男前で人当たりもよく、仕事は要領よくこなし、女性にとてもモテる』と、その人物像を語る。
だが、その男の名前が一致しないのだ。
弁護士事務所でパラリーガルをしていたトマ。保育園で、バスの運転手をしていたアーチュー。洗濯代行業で、回収の仕事を請け負っていたポール。医療事務のバイトをしているテオ。
それらの職場で確認するも、名前だけでなく住所までもが、ばらばら。
役所に行き、記載された住所を確認したが、そこにそういった人物が住んでいるといった記録は無い。
「住所不定……アルバイトを掛け持ちし、夜勤以外の時は、ホテルや一人暮らしの女の家を渡り歩いていた? そう上手くいくものかね?」
「かつて働いていた職場の話を総合すると、数年前からこの街にいたようだ。職員寮を使っていた時代もあったようだが、その頃の名前も偽装だった」
「足がつかないように、数ヶ月もすると、住む場所を変えて別人になり変わる……詐欺師みたいだな。足がつきにくいわけだ」
「だが、現状はロラの家が拠点なのだろう?」
「ああ。今朝から捜査員が張り付いてる。今日、ロラは早朝出勤。男の方は、まだ家にいるらしい」
「しばらく交代で張り込みだな」
捜査員らは、ため息を落とす。
と、そこに、前科などを調べていた班が飛び込んできた。
「容疑者、住所転々としているようなので、過去国内で起きた詐欺事件の前科者を調べていたんですが、面白いのをみつけましたよ!証拠不十分で不起訴になった事件なんですが、これ、違いますか?」
資料に残されていた男の写真は、似顔絵と酷似していた。
名前は、ダニエル=モロー。
「なるほどな。結婚詐欺師が、何かの拍子にカモに手をかけ、味をしめたか?」
「ヴィクトー係長は?」
「一時間だけ仮眠すると言っていたので、そろそろ戻るかと」
「本部長、ロラの家から凶器が出れば……」
「ガサ入れるか。よし。令状取ってくる。明日の早朝なら間に合うだろ」
本部長の声に、刑事課長が答えた。
「良いですね。それまで、ダニエルに張り付いていれば、何かあっても現行犯逮捕できる。明日の人員決めておきます」
「でしたら、今日の夜間警戒は人員を多めにお願いします。相手が詐欺師となると、嗅覚も相当でしょう。逃げる可能性もなきにしもあらず」
口をはさんだのは、きっちり一時間の仮眠で戻って来たヴィクトー。
寝不足で充血した鋭い目に、本部長らは、頷くことしかできなかったという。
◆
その日の夕刻。
ダニエル(テオ)に張り付いていた捜査員の交代に先立ち、新たにやってきた捜査員らは、管理人宅にお邪魔していた。
監視カメラのデータの返却と、ロラの家に新たに入るらしい男性の名前の確認を依頼をするのが目的だった。
名前に関しては、『いつでも良い』と捜査員は念を押したが、管理人の女性は感謝されて良い気分になったらしく、その夜のうちに、ロラの家に確認に向かった。
その数分後、ダニエル(テオ)は家から出てきて、周囲をよく確認すると、足早にバス停に向かって歩き出す。
捜査員は、尾行を開始した。
怪しまれないようバスには同乗せず、バス停に配置しておいたタクシーで後を追う。
数駅先でバスを降りたその男性を追い、しばらく。男は年配の女性と一緒にレストランへ入っていった。
外から様子をうかがっていると、ダニエルだと思っていた男の顔が、全くの別人であることに気づき、捜査員は焦った。
長身で似たような髪色、同じような黒のズボンに黒のダウンコート。
そんな人物が、偶然同じバスに乗り合わせることなどそう滅多にない。
捜査員は、その場で本部に連絡をとり事情を説明、全捜査員が動員され、街中を調べる事態となった。
その頃、ヴィクトーとニコラは、ロラのアパルトマンの前にやって来ていた。
他の女性が被害に遭っている状況で、ロラが被害に遭わないとは限らない。
特に相手は詐欺師で、殺すことに躊躇いがない。もし逃げると決めたならば、ロラを殺しかねないと考えたからだった。
既にダニエルが外出した旨の連絡が入っており、二人はやや焦りを感じていた。
建物の前に立つと、部屋の中には電気がついている。
「一応、部屋の前まで行ってみますか?」
「そうですね」
ニコラに問われ、ヴィクトーは返事を返した。
階段をのぼり上がったところで、ニコラが不思議そうに呟く。
「あれ? 202号室、ドア少し開いてません? 何か挟まってるのかな?」
それを聞いて、ヴィクトーは目を見開く。
「いきますよ!ニコラ君」
「は……はい!」
二人は扉に向かって駆け出した。
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