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シュルドー廃教会
6.「否定をしていないのは、どちらだ? 身体か、心か」
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俺が視力を取り戻したときに広がったのは、先ほどまでの陰鬱な雰囲気を出していた教会の庭ではなく、人が一人入れるような小さい部屋の中だった。
電話ボックスのような縦に長い小さな部屋。強制的に椅子に座らされている。目の前には、白いカーテンと格子がついた窓がある。俺の正面には、微かに人のような、人ではないような――生命を感じるものの、ゲーム上だからか表現しがたい何者かの気配を感じる。
漫画や小説によく出てくる告解室に、俺は閉じ込められていた。
腰を上げたくても上げられない。どうやら、強制イベントのようだ。
正直、俺は興奮が抑えきれなかった。エルドすら今まで体験したことのないレアダンジョンのイベントが進行している。
「――よくぞ来られた、冒険者よ。よりにもよって貴様のような、愛を知らぬ者が告解の聖廟に選ばれるとは。話のし甲斐があるというものだ」
窓ごしに、低音の心地の良い声が聞こえてくる。年齢不詳の男性の声だ。老いているようにも聞こえるし、すごく若くも聞こえる。不思議だけれど、その不可解さすら納得できてしまうような説得力のある声。
その声の主が、凄くピンポイントに俺のことを指してくる言葉を発する。運営に会話ログとか、あの行為とか――盗聴されてるのだろうか。されているんだろうな、と思った。確信がまだ持てないから、俺は曖昧に笑って誤魔化しておく。
「此処は罪を語る場所。真実を暴く場所。貴様の答え次第では報酬を与えよう」
「――なるほど」
まさしく、レアダンジョン、レアイベントだ。
男の声は、俺の返答を待たずに続けられた。
「では、始めよう。貴様に問う。【愛】とはなんだ?」
まあ、そういう質問で来るよなぁ。
眉毛が動いてしまう。困ってるって顔を俺のアバターはしていそうだ。
「特定の誰かを大切に思うこと」
国語辞典みたいな返答をしておく。
「君にはその想いがあるか?」
「そりゃあ、まあ……」
誰だって親愛とか友愛とか、恋愛というカテゴリではない別のカテゴリだったとしても持ち合わせているだろう。
俺だってそうだ。実家にいる犬のことを心配したり、好きを伝えるために撫でたり、そういうことだって愛の一つだ。
「では、何故きさまはその想いを”スキル”で誤魔化している?」
「――は?」
もう一度聞き返すためではない。男の言葉に俺は、耳を疑い、そして、口が塞がってしまうほど驚いた。ざわりと空間が凪いで、俺のHPバーが揺らぐ演出。今、その演出をされるのは本当に心臓に悪い。
男は、この問いに関して俺の返答を求めていなかったのか、それとも俺が答えられずにいるのを察したのか、更に言葉を重ねてくる。正直、もうやめてくれ、と思った。
「次。きさまが今、身体を差し出している相手――その男を愛しているか?」
来ると思った。カインとミーナだったらきっと、すぐに首を縦に振っているのだろう。ふと、エルドのことが気になった。エルドも同じような質問をされているのだろうか。
――だとして、彼は、この質問になんと答えるのだろうか。
むず痒くて、恥ずかしくて、レアアイテムを前にしているのに俺は、縦に首を振れなかった。それはエルドに対しての裏切りであり、俺の誠実の表現であったり――とにかく、嘘をついてはいけないと思った。俺は声を絞り出す。
「わ、からない……でも、此処で俺は、報酬欲しさに嘘で頷いちゃいけない気がする。たとえここに、エルがいなくても……誰も見ていなかったとしても、嘘をつけない」
「なら、なぜ抗わない? 快楽に抵抗を持つ者が、何故与えられる快楽に身を委ねる?」
「だ、だから、それはこのゲームの変なシステムのせいで……!」
俺はいつの間にか、この男との、ゲームとの対話に夢中になっていた。目の前にいるNPCを説得しなくてはいけない気がする。説得することで俺が今、感情で蓋をしている気持ちに納得できる気がする。
「相手に流されることで、相手のせいにして、貴様は逃げている。流されても良いと言う甘えがある」
ずけずけとモノを言うNPCだ。俺は、質問に身構えた。
「否定をしていないのは、どちらだ? 身体か、心か」
俺は答えない。答えられない。頭が重い。脳が疲れているのか、VRが重いのか。俺は、俺のアバターが俯いていることで、俺自身が項垂れていることに気づいた。
「最後。君は、彼に選ばれたいのか? それとも誰でもいいのか?」
顔を持ち上げる。まるで、声しか聞こえないこのNPCに救いを求めるみたいな仕草だと他人事ながら思った。実際そうだ。なんでそんなことを聞くのかって言ってやりたい。
でも、きっとそれをゲームは求めていない。簡潔に、分かりやすく。ゲームが成功だと理解してくれる答えを俺は出さなくてはならない。その答えを言って、俺の感情が抉られようとも。そして、嘘はつかない。これは、さっき俺が決めたことだから。
正直に口に出す。
「――選ばれたい。俺は、あいつに、エルに、選ばれたい」
身体の関係があるとか、一度無視をして、炙り出されたこの感情を友愛だとして――俺は選択をした。そしてこれが本音だと言うことが、目の前の男に届くことを祈る。
「それが愛だ。愛とは選ばれたいと願う痛みのこと。少なくとも、この『BattleRift-アモルの覚醒-』ではそう定義している」
男の声が和らぐ。なんだか、目の前で微笑まれているような気がした。
「冒険者よ。貴様が、あの男とアモル様に選ばれることを祈ろう」
目の前から気配が消える。
俺の身体の力が不意にどっと、抜けた。喉が渇いた。
「なんだよ、このピンポイントイベントは……!」
俺は手探りでテーブルの上に用意していた水の入ったペットボトルを探すと、一気に飲み干す。
いや、違う。ピンポイントイベントだからこそ――ああいう、イベント内容だったからこそ。
「俺だから、出現したのか……?」
ただの会話イベントだったのに、リザルト画面が現れて報酬が映し出される。
細やかな経験値と、アモルの腕輪という装備。
装備をするだけでMPの継続回復が続く代物だった。クラーヴェルのショップには似た効果のものはなかった。
「あ゛ぁ~~~……」
脱力。ゲームの会話でこんなに緊張することがあるんだ。俺は、ゲーミングチェアに座り直す。
「……本当に気まずいゲームだな……」
エルドと合流した時、俺は上手く取り繕うことが出来るだろうか。
ボロが出たり、余計なことを口走らないように、告解室で神父に貰った、とだけ言おう。エルドがそれ以上のことを突っ込まないことを祈りながら。ちょっと悪い考えだけれど、エルドもあまり根掘り葉掘り聞かれたらいやだなぁって思うことを質問されていればいいな、と思いつつ。
それでも、俺がこのゲームからログアウトしないのは、
――エルドとゲームをするのが楽しいからだ。
電話ボックスのような縦に長い小さな部屋。強制的に椅子に座らされている。目の前には、白いカーテンと格子がついた窓がある。俺の正面には、微かに人のような、人ではないような――生命を感じるものの、ゲーム上だからか表現しがたい何者かの気配を感じる。
漫画や小説によく出てくる告解室に、俺は閉じ込められていた。
腰を上げたくても上げられない。どうやら、強制イベントのようだ。
正直、俺は興奮が抑えきれなかった。エルドすら今まで体験したことのないレアダンジョンのイベントが進行している。
「――よくぞ来られた、冒険者よ。よりにもよって貴様のような、愛を知らぬ者が告解の聖廟に選ばれるとは。話のし甲斐があるというものだ」
窓ごしに、低音の心地の良い声が聞こえてくる。年齢不詳の男性の声だ。老いているようにも聞こえるし、すごく若くも聞こえる。不思議だけれど、その不可解さすら納得できてしまうような説得力のある声。
その声の主が、凄くピンポイントに俺のことを指してくる言葉を発する。運営に会話ログとか、あの行為とか――盗聴されてるのだろうか。されているんだろうな、と思った。確信がまだ持てないから、俺は曖昧に笑って誤魔化しておく。
「此処は罪を語る場所。真実を暴く場所。貴様の答え次第では報酬を与えよう」
「――なるほど」
まさしく、レアダンジョン、レアイベントだ。
男の声は、俺の返答を待たずに続けられた。
「では、始めよう。貴様に問う。【愛】とはなんだ?」
まあ、そういう質問で来るよなぁ。
眉毛が動いてしまう。困ってるって顔を俺のアバターはしていそうだ。
「特定の誰かを大切に思うこと」
国語辞典みたいな返答をしておく。
「君にはその想いがあるか?」
「そりゃあ、まあ……」
誰だって親愛とか友愛とか、恋愛というカテゴリではない別のカテゴリだったとしても持ち合わせているだろう。
俺だってそうだ。実家にいる犬のことを心配したり、好きを伝えるために撫でたり、そういうことだって愛の一つだ。
「では、何故きさまはその想いを”スキル”で誤魔化している?」
「――は?」
もう一度聞き返すためではない。男の言葉に俺は、耳を疑い、そして、口が塞がってしまうほど驚いた。ざわりと空間が凪いで、俺のHPバーが揺らぐ演出。今、その演出をされるのは本当に心臓に悪い。
男は、この問いに関して俺の返答を求めていなかったのか、それとも俺が答えられずにいるのを察したのか、更に言葉を重ねてくる。正直、もうやめてくれ、と思った。
「次。きさまが今、身体を差し出している相手――その男を愛しているか?」
来ると思った。カインとミーナだったらきっと、すぐに首を縦に振っているのだろう。ふと、エルドのことが気になった。エルドも同じような質問をされているのだろうか。
――だとして、彼は、この質問になんと答えるのだろうか。
むず痒くて、恥ずかしくて、レアアイテムを前にしているのに俺は、縦に首を振れなかった。それはエルドに対しての裏切りであり、俺の誠実の表現であったり――とにかく、嘘をついてはいけないと思った。俺は声を絞り出す。
「わ、からない……でも、此処で俺は、報酬欲しさに嘘で頷いちゃいけない気がする。たとえここに、エルがいなくても……誰も見ていなかったとしても、嘘をつけない」
「なら、なぜ抗わない? 快楽に抵抗を持つ者が、何故与えられる快楽に身を委ねる?」
「だ、だから、それはこのゲームの変なシステムのせいで……!」
俺はいつの間にか、この男との、ゲームとの対話に夢中になっていた。目の前にいるNPCを説得しなくてはいけない気がする。説得することで俺が今、感情で蓋をしている気持ちに納得できる気がする。
「相手に流されることで、相手のせいにして、貴様は逃げている。流されても良いと言う甘えがある」
ずけずけとモノを言うNPCだ。俺は、質問に身構えた。
「否定をしていないのは、どちらだ? 身体か、心か」
俺は答えない。答えられない。頭が重い。脳が疲れているのか、VRが重いのか。俺は、俺のアバターが俯いていることで、俺自身が項垂れていることに気づいた。
「最後。君は、彼に選ばれたいのか? それとも誰でもいいのか?」
顔を持ち上げる。まるで、声しか聞こえないこのNPCに救いを求めるみたいな仕草だと他人事ながら思った。実際そうだ。なんでそんなことを聞くのかって言ってやりたい。
でも、きっとそれをゲームは求めていない。簡潔に、分かりやすく。ゲームが成功だと理解してくれる答えを俺は出さなくてはならない。その答えを言って、俺の感情が抉られようとも。そして、嘘はつかない。これは、さっき俺が決めたことだから。
正直に口に出す。
「――選ばれたい。俺は、あいつに、エルに、選ばれたい」
身体の関係があるとか、一度無視をして、炙り出されたこの感情を友愛だとして――俺は選択をした。そしてこれが本音だと言うことが、目の前の男に届くことを祈る。
「それが愛だ。愛とは選ばれたいと願う痛みのこと。少なくとも、この『BattleRift-アモルの覚醒-』ではそう定義している」
男の声が和らぐ。なんだか、目の前で微笑まれているような気がした。
「冒険者よ。貴様が、あの男とアモル様に選ばれることを祈ろう」
目の前から気配が消える。
俺の身体の力が不意にどっと、抜けた。喉が渇いた。
「なんだよ、このピンポイントイベントは……!」
俺は手探りでテーブルの上に用意していた水の入ったペットボトルを探すと、一気に飲み干す。
いや、違う。ピンポイントイベントだからこそ――ああいう、イベント内容だったからこそ。
「俺だから、出現したのか……?」
ただの会話イベントだったのに、リザルト画面が現れて報酬が映し出される。
細やかな経験値と、アモルの腕輪という装備。
装備をするだけでMPの継続回復が続く代物だった。クラーヴェルのショップには似た効果のものはなかった。
「あ゛ぁ~~~……」
脱力。ゲームの会話でこんなに緊張することがあるんだ。俺は、ゲーミングチェアに座り直す。
「……本当に気まずいゲームだな……」
エルドと合流した時、俺は上手く取り繕うことが出来るだろうか。
ボロが出たり、余計なことを口走らないように、告解室で神父に貰った、とだけ言おう。エルドがそれ以上のことを突っ込まないことを祈りながら。ちょっと悪い考えだけれど、エルドもあまり根掘り葉掘り聞かれたらいやだなぁって思うことを質問されていればいいな、と思いつつ。
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