5 / 70
4
しおりを挟む
狩尾李華は寛いでいた。
大学から一人暮らしを始めている自宅に帰り、風呂に入ったところだ。
親から離れて暮らしたくて、無理して実家から遠い大学を受け、借りたのがこの1Kのアパート。
体を洗い終えた李華は、狭い浴槽につかりながら、今日のことを振り返る。
<結局、男は声かけてこなかったけど、あの和花がファンの声優って、案外、かっこ良かったなあ…>
そんなことを考えていると、急に鼻水が出そうになる。
指で拭いてみると、それは鼻血だった。
<あれ、私、何気に興奮しちゃったかな?
そう言や、声優ライブて和花も出してたかな>
高校の頃から、何もしなくてもたまに鼻血が出ていた狩尾は、特に気にせずに、湯船から上がり、顔を洗う。
血はすぐに止まった。
風呂から上がると、テレビを付けた。
学園祭で最後に買った焼きそばと、帰りのコンビニで買った惣菜などで、簡単に夕食を済ませる。
スマートフォンをいじっているとすぐに時間が立ち、気付くともう十一時を回っていた。
ベッドに潜り込んで、リモコンで電気を消し、部屋に暗闇と静寂が訪れた時、ふいに映研の映画を思い出した。
「明日の朝、起きてみたら、皆さんほんとにゾンビになってるかもしれませんよ~」
最後に司会のナースが言った言葉が妙に引っかかっていた。
<まさかね>
そう思った時、枕元のスマートフォンが突然鳴り響く。
「もう~、こんな時間に誰よ~」
着信表示は和花の家からだ。
ただ、和花がスマートフォンを持ち始めて以来、家からかけたことがあっただろうか。
「もしもし?どうしたの?」
狩尾は怪訝そうに電話に出た。
「夜分遅くに、ごめんなさい。
李華ちゃん?私よ、わかる?」
「あ、お母さん、ごめんなさい、てっきり和花ちゃんだと…」
「それはいいんだけど、あの~、和花がまだ帰って来ないのよ。
いえ、一旦は帰ったんだけど、いつの間にかまた、出ていったみたいで。
今日、李華ちゃんと会ったって言ってたから、もしかしたら知ってるんじゃないかと思って」
「いえ、私、駅前で別れてから連絡とってないんで、わからないですね。
どこ行っちゃったんでしょう。
電話はしてみたんですか」
「ええ、もちろんしてみたんだけど、それがあの子、スマホを家に置いたまま出ていってるの。
李華ちゃんなら知ってるでしょうけど、あの子、気が弱いでしょ?
今まで怖がって、自分から夜遅く出かけるなんてことなかったから、ほんと心配で」
「それはほんと心配ですよね。
私もちょっと友達に当たってみます。
わかったらすぐに電話しますね」
「ごめんなさいね、夜遅くにほんと」
<和花、どこ行っちゃったんだろう?>
母親の言う通り、和花は昔から怖がりで、人が思う以上にあれこれ心配する癖があった。
<臆病過ぎるくらいなのに…よく言えば、想像力豊かだけど…>
狩尾は心配になって、高校の頃から和花も入っているコミュニケーションアプリ「リネ」の十人ほどのグループに、和花を知らないか書き込んでみた。
するとすぐに、和花と比較的仲の良い一人から
「知らない。どうしたの?」
と、心配する猫のスタンプと一緒に返事があった。
その後も既読が増え、三人ほどから返事があったが、知っている者はいなかった。
<この時間だものねえ>
友達に当たると言ってはみたものの、これしかできない。
「行きそうなところもわからないからなあ。
まさか、あの好きな男のところに行ったわけでもないだろうし」
狩尾は、和花が帰り際に漏らしていた、好きな男ができたという話を思い出す。
狩尾がしつこく、好きな男はいないかと訊いて、やっと話させたことではあった。
その男は大学の図書館で出会い、同じ読書好きで、しかも好きな小説まで一緒だったそうだ。
和花の家の近くに住んでいて、帰りの電車が一緒になることが多いらしい。
だが、和花の性格上、当然ながら、告白までには至っていない、と言っていたから、関係ないだろう。
狩尾は和花の実家に電話をかけて、その男のことは触れずに、現状を知らせておいた。
その後は仕方なく、ベッドに入り直し、落ち着かない思いをしながら、やがて眠りに着いた。
翌日の日曜日、狩尾はまたも響いたスマートフォンのバイブで、目を覚ました。
「うん…はい、もしもし…」
「あの、李華ちゃん?!
和花が、和花が…!」
和花の母親のただならぬ気配に一気に目が覚める。
「車、車に轢かれて、し、し死ん…あぁあああ!」
電話の向こうで泣き叫ぶ声に、狩尾は茫然自失となった。
我を失った母親と電話を代わった親戚と名乗る男の話によると、和花は家を出た後に車道に飛び出して、乗用車に跳ね飛ばされたらしい。
救急病院に担ぎ込まれたものの、助からなかったそうだ。
何も持っていなかったので、身元確認に時間がかかり、朝になってやっとわかった、という。
<どうして…>
電話を切ると、涙が溢れて止まらなくなった。
鼻水も出てくる。
いや、これは鼻水混じりの鼻血だ。
狩尾はティッシュを取って、鼻の周りを拭いた。
<また出やすくなっただけ。
今はそれどころではない。
幼稚園から近所で幼馴染、中学校まで同じだった。
苗字が一字違いで同じクラスになれば学番も近く、いつも一緒だった。
高校になってからも、事あるごとに連絡を取り合って遊んでいた。
性格は全然違うのに、なぜか気が合う友達だった。
死んだだなんて、信じられない。
車に轢かれてって、どうして止まれなかったのだろう。
あんなにいい子だったのに、優しい子だったのに。
許せない…どんな奴よ!>
狩尾の心には悲しみと共に、ふつふつと今まで思ったことのないほどの、悔しさと怒りが込み上げていった。
大学から一人暮らしを始めている自宅に帰り、風呂に入ったところだ。
親から離れて暮らしたくて、無理して実家から遠い大学を受け、借りたのがこの1Kのアパート。
体を洗い終えた李華は、狭い浴槽につかりながら、今日のことを振り返る。
<結局、男は声かけてこなかったけど、あの和花がファンの声優って、案外、かっこ良かったなあ…>
そんなことを考えていると、急に鼻水が出そうになる。
指で拭いてみると、それは鼻血だった。
<あれ、私、何気に興奮しちゃったかな?
そう言や、声優ライブて和花も出してたかな>
高校の頃から、何もしなくてもたまに鼻血が出ていた狩尾は、特に気にせずに、湯船から上がり、顔を洗う。
血はすぐに止まった。
風呂から上がると、テレビを付けた。
学園祭で最後に買った焼きそばと、帰りのコンビニで買った惣菜などで、簡単に夕食を済ませる。
スマートフォンをいじっているとすぐに時間が立ち、気付くともう十一時を回っていた。
ベッドに潜り込んで、リモコンで電気を消し、部屋に暗闇と静寂が訪れた時、ふいに映研の映画を思い出した。
「明日の朝、起きてみたら、皆さんほんとにゾンビになってるかもしれませんよ~」
最後に司会のナースが言った言葉が妙に引っかかっていた。
<まさかね>
そう思った時、枕元のスマートフォンが突然鳴り響く。
「もう~、こんな時間に誰よ~」
着信表示は和花の家からだ。
ただ、和花がスマートフォンを持ち始めて以来、家からかけたことがあっただろうか。
「もしもし?どうしたの?」
狩尾は怪訝そうに電話に出た。
「夜分遅くに、ごめんなさい。
李華ちゃん?私よ、わかる?」
「あ、お母さん、ごめんなさい、てっきり和花ちゃんだと…」
「それはいいんだけど、あの~、和花がまだ帰って来ないのよ。
いえ、一旦は帰ったんだけど、いつの間にかまた、出ていったみたいで。
今日、李華ちゃんと会ったって言ってたから、もしかしたら知ってるんじゃないかと思って」
「いえ、私、駅前で別れてから連絡とってないんで、わからないですね。
どこ行っちゃったんでしょう。
電話はしてみたんですか」
「ええ、もちろんしてみたんだけど、それがあの子、スマホを家に置いたまま出ていってるの。
李華ちゃんなら知ってるでしょうけど、あの子、気が弱いでしょ?
今まで怖がって、自分から夜遅く出かけるなんてことなかったから、ほんと心配で」
「それはほんと心配ですよね。
私もちょっと友達に当たってみます。
わかったらすぐに電話しますね」
「ごめんなさいね、夜遅くにほんと」
<和花、どこ行っちゃったんだろう?>
母親の言う通り、和花は昔から怖がりで、人が思う以上にあれこれ心配する癖があった。
<臆病過ぎるくらいなのに…よく言えば、想像力豊かだけど…>
狩尾は心配になって、高校の頃から和花も入っているコミュニケーションアプリ「リネ」の十人ほどのグループに、和花を知らないか書き込んでみた。
するとすぐに、和花と比較的仲の良い一人から
「知らない。どうしたの?」
と、心配する猫のスタンプと一緒に返事があった。
その後も既読が増え、三人ほどから返事があったが、知っている者はいなかった。
<この時間だものねえ>
友達に当たると言ってはみたものの、これしかできない。
「行きそうなところもわからないからなあ。
まさか、あの好きな男のところに行ったわけでもないだろうし」
狩尾は、和花が帰り際に漏らしていた、好きな男ができたという話を思い出す。
狩尾がしつこく、好きな男はいないかと訊いて、やっと話させたことではあった。
その男は大学の図書館で出会い、同じ読書好きで、しかも好きな小説まで一緒だったそうだ。
和花の家の近くに住んでいて、帰りの電車が一緒になることが多いらしい。
だが、和花の性格上、当然ながら、告白までには至っていない、と言っていたから、関係ないだろう。
狩尾は和花の実家に電話をかけて、その男のことは触れずに、現状を知らせておいた。
その後は仕方なく、ベッドに入り直し、落ち着かない思いをしながら、やがて眠りに着いた。
翌日の日曜日、狩尾はまたも響いたスマートフォンのバイブで、目を覚ました。
「うん…はい、もしもし…」
「あの、李華ちゃん?!
和花が、和花が…!」
和花の母親のただならぬ気配に一気に目が覚める。
「車、車に轢かれて、し、し死ん…あぁあああ!」
電話の向こうで泣き叫ぶ声に、狩尾は茫然自失となった。
我を失った母親と電話を代わった親戚と名乗る男の話によると、和花は家を出た後に車道に飛び出して、乗用車に跳ね飛ばされたらしい。
救急病院に担ぎ込まれたものの、助からなかったそうだ。
何も持っていなかったので、身元確認に時間がかかり、朝になってやっとわかった、という。
<どうして…>
電話を切ると、涙が溢れて止まらなくなった。
鼻水も出てくる。
いや、これは鼻水混じりの鼻血だ。
狩尾はティッシュを取って、鼻の周りを拭いた。
<また出やすくなっただけ。
今はそれどころではない。
幼稚園から近所で幼馴染、中学校まで同じだった。
苗字が一字違いで同じクラスになれば学番も近く、いつも一緒だった。
高校になってからも、事あるごとに連絡を取り合って遊んでいた。
性格は全然違うのに、なぜか気が合う友達だった。
死んだだなんて、信じられない。
車に轢かれてって、どうして止まれなかったのだろう。
あんなにいい子だったのに、優しい子だったのに。
許せない…どんな奴よ!>
狩尾の心には悲しみと共に、ふつふつと今まで思ったことのないほどの、悔しさと怒りが込み上げていった。
0
あなたにおすすめの小説
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
怪奇蒐集帳(短編集)
naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。
怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——
どれもがただの作り話かもしれない。
だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。
本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。
最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。
【完結】ホラー短編集「隣の怪異」
シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。
日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。
襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。
身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。
じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。
今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる