ブアメードの血

ハイポクリエーターキャーリー

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 狩尾李華はふらついていた。

 突然の訃報から二日後、角野の斎場。

昨夜の通夜に続き、今日は大学を休んで、母親と一緒に参列している。

式は実家から少し離れた斎苑でしめやかに執り行われ、一通り終わっていた。


 そんな中、狩尾は心労が祟ったせいか、体調が悪く、式中に立ちくらみを起こして、さっきまで休んでいた。

それでも、角野を見届けようと、最後の出棺まで立ち会っている。


 「ファーーーーン!」

クラクションを鳴らして出て行く霊柩車の後ろを、路上に駐車していた白色のセダンがなぜかついて行く。

「和花…」

狩尾が手を合わせた時、斎苑の玄関先で騒ぎが起こった。

いつから来ていたのか、角野を自動車ではねた相手の男と和花の親戚が揉めているのだ。


「今さら、何しに来たんだ!」

「和花を返せ!」

「何しに来た!帰れ!」

一部の親戚が男に怒声を浴びせている。


「ちょっと、あいつね」

角野をはねた相手を一目見ようと、狩尾はその騒ぎに近付く。

三十代に見える男はひたすら頭を下げていたが、ついに堪えきれなくなったのか、

「和花さんが急に飛び出されて、こちらはどうしようもできなくて…」

と小さな声を漏らした。


 それは狩尾も聞いていたことだった。

角野はどうしたことか、近所の片側二車線の幹線道路を渡ろうとして、車道に急に飛び出たというのだ。

他人事なら、はねられた方にも過失があると思ってしまう仕方のない状況だ。

しかし、親近者であればそうはいかないだろう。


 「何、言い訳するの?」

怒声を浴びせる親戚同様、狩尾も気持ちは一緒だ。

怒りがまた、込み上げてくる。

とにかく、事故を聞いた後から悲しみよりも怒りが大きい。

ちょっとでも角野をはねた相手のことを思うと、怒りに歯止めがきかなくなるのだ。

親戚の人たちが怒っているのは、もっともだ。

この男が悪いのだ。

自分が悪いのに、言い訳までしている。

「あなたがちゃんと前を見ていれば、和花は死なずに済んだのよ!」

狩尾が叫んだ。

男が狩尾に向き直り、頭を下げる。

「謝って済む問題だと思っているの!

和花はどうやったって生き返らないのよ!」

「もうその辺にしておいたら…」

「この方もこうして謝っておられることだし…」

母親や周りの声も狩尾には届かない。

「すみませんでした…」

男は声を絞り出し、申し訳なさそうに頭をさらに下げる。

「土下座しなさいよ!心の中では謝ってないわ!」

男の態度に、狩尾はますます苛ついて土下座を強要した。

男は両膝をゆっくり付いて、頭を地面付ける。

「何よ、ゆっくりやって!

内心はしたくないんでしょう。

最初からそうすべきなのよ!」

怒りはどんどん、大きくなる。

<許せない!ぶっとばしてやる!>

男に向かって、さらに近づこうとした瞬間、めまいが起こり、よろけて膝をついた。

「大丈夫?」

母親が狩尾に駆け寄る。

狩尾は興奮したせいか、また鼻血が出ていた。

怒りと悲しみで、ろくに寝ていないせいもあるのだろう。

顔を上げると、男も頭を少し上げていて、恐る恐るといった様子でこちらを見ていた。

「何見てんのよ…!」


<どれもこれも全部こいつが悪い…

和花が死んだのも、私が寝られないのも、よろけるのも、鼻血が出るのも、悲しいのも、悔しいのも、この怒りも!

全部こいつのせえいいい!こいつが悪いいいい!

こいつがいなければ!

ちくしょこのやろコロしてやるわくそが死ねしねシネ!!>

狩尾の中で殺意が暴走し始めた。

<どうやって殺す!?

…噛みたい…噛み付きたい…噛み殺したい…

眠たければ眠るように、腹が減れば食べるように、悲しければ涙が出るように、憎ければ噛み付くのだ>

それが自然のことのように思えた。


 狩尾の中で何かが切れた。

額のいくつもの静脈が、太くなって浮き出てくる。

母親を突き飛ばし、膝立ちで自分を見ている男に向かって駆け出す。

男は、あっけにとられて、狩尾を見ているだけで逃げようとしない。

「かみ、かむ、かめ、かもー、きいーーー!!」

李華が甲高い奇声を発し、男の右肩と頭を鷲掴みにして少し持ち上げると、首元に噛みついた。

「うわ!痛!な、何を、痛いいい!ぐああ!」

男は仰向けになって狩尾を跳ね除けようともがく。

「きゃあああ!」

血で真っ赤に染まる狩尾の顔に、周りの女性から一斉に悲鳴や叫び声が上がった。

呆然自失となっている若い女もすぐ側にいた。

顔に鮮血がかかっている。

狩尾は男の首の一部を食い千切ると、もう一度噛み付く。

先ほどまで一緒に罵声を浴びせていた親戚の男二人は、その様子を呆然と見ていたが、我に返って狩尾を止めようとした。


 しかし…

信じられないことが起こる。

男の一人が両脇から李華の腕を掴んだのだが、吹き飛ばされたのだ。

またも悲鳴が上がる中、狩尾は立ちすくむ若い女に襲いかかろうとした。

すると、すんでのところで、次の男が狩尾に飛びついた。

しかし、その男も為す術なく、すぐに首元を何度も噛み千切られ、断末魔を上げて絶命した。


斎苑の前は凄惨な現場となった。
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