パーフェクトワールド

木原あざみ

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第二部

パーフェクト・ワールド・レインⅠ ③

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「誰にも言わないかな」
「誰にも言わない、ですか」
「そう。誰も巻き込まない。ひとりで生きていく」

 嘘でも建前でもなんでもなく、本心だった。自分の性を公表したいと思ったことは一度もないし、アルファに助けを乞おうと考えたこともない。
 同じようにしろと強要する気はないが、自分はずっとそうして生きてきた。
 まっすぐに見据えたまま、にことほほえむ。

「俺だったらね」
「そうですか」

 つくりもののような笑顔で、水城は応じた。

「いい会長ですね、あなたは」
「ありがとう」

 成瀬もまた、完璧な生徒会長の顔で応えた。ふたりのあいだを、甘い香りがふわりと漂っていく。アルファを誘うしか能のない、大嫌いなフェロモンの匂い。
 天使のほほえみを前にしても望む言葉のひとつも与えてやりたくないと思うのは、自分が彼と同じだからなのだろうか。
 沈黙を破って、彼が口を開いた。どこか白々しい声で。

「いつまでも、その世界が続けばいいですけど」
「そうだね」

 なんでもないことのように成瀬は同意を示した。

「俺もそう思うよ」
「本当に、そうだったらいいですね」

 意味深な笑みを残して、水城はくるりと踵を返した。夕暮れの中に消えていった華奢な背中を見送ってひとりになると、溜息がこぼれそうになる。
 直球すぎる挑発はいっそ清々しいくらいであるけれど、それ以上に気疲れをしたという感覚が強かった。向こうも相容れないと感じているだろうが、こちらも同じだ。どうしたって合わない。あの、アルファを完全に懐柔し、コントロール下に置こうとする思想とは。

 ――でも、べつに、それを全否定する気はないし、大人しくしてくれるなら、ほうっておいてもよかったんだけどな。

 あまりにも勢力を拡大されると捨て置けなくなる。だから早い段階で一度叩いたのだ。その甲斐あってみささぎ祭を境に、右肩上がりだった水城の信者数は横ばいで収まるようになっていた。
 そのままでいてくれるのなら、本当にこれ以上のなにかをする気はなかったのに。うんざりとした感情を抱えたまま、背後を振り返る。

「茅野、おまえ、いつまでそこで見てるつもりだよ」

 助け舟を出してほしかったわけではないが、観察されているようでいい気はしない、との思いが声ににじむ。その声をものともせずに姿を現したのは、予想どおりの男だった。
 校舎から出てきた茅野が、近づいてくるなりひょうひょうと言ってのける。

「おまえたちがバチバチとやり合っていたおかげで、出るに出られなかったんだ」
「そんなかわいい性格してないだろ、おまえは」

 そうでなければ、静観を決め込むはずがない。見上げた横顔も、まちがいなくおもしろがっているそれだ。

「そうか? 少なくとも一年時の俺は、生徒会長様に喧嘩を売ろうなんて考えもしなかったがな。案外といい根性をしている。少しだが、見直したぞ」
「見直すなよ」
「しかし、おまえにオメガは嫌いだと言わせたくてたまらない、といったふうだったな。水城は」

 その指摘に、おのずと視線が恨みがましくなる。

「いつからいたんだよ、本当に」
「あなたに伝えたいことがあるんです、くらいからだ。随分と物騒な告白だったな」

 他人ごとのていで笑われて、成瀬も曖昧に笑った。説明のしようがなかったからだ。ついでにとばかりに話を変える。

「それで茅野は、なんでこんな時間まで残ってたんだよ」

 寮長だからといつも足早に寮に戻る男にしては、十分に遅い時間だった。その問いかけに、茅野がわずかに表情を曇らせる。

「まぁ、ちょっとな」
「ちょっとって、どうかしたのか?」
「いや、そうだな。歩きながら話すか」

 おまえももう帰れるんだろうと言うなり歩き出した男に、しかたなく同行する。帰る場所が同じなのは事実だが、ここではできないような話なのか。いぶかしんでいた答えは、寮までの道を半分ほど進んだところで明かされた。

「実は、寮生委員会の関係で呼び出されていたんだ」
「緊急の議題でもあったのか?」
「まぁ、似たようなものだな。寮内でもめごとを起こしてくれるなよ、という学校側からのお達しだ。どうも一部界隈で風紀が乱れているらしい」

 楓の事案と想像がついて、疲れた声を労わる。その議題なら紛糾したに違いない。

「お疲れ様」
「本当にな。おかげで無駄に絞られた。まぁ、なんだ。オメガが入学したから荒れている、だなんて話は外聞が悪いからな。ついでに言うと、第二の性の話は表立って注意しにくい。俺くらいがちょうど言いやすいんだろう」

 つまるところ、寮生委員会の会長が生徒を代表して延々と小言を並べられた、ということらしい。気の毒になぁと思っているうちに、茅野が溜息まじりに続きをぼやき出した。

「楓の連中からすると、あのお姫様はかわいくてしかたないらしいからな。俺にはあれの良さがまったくわからん」
「でも、実際かわいい顔はしてるだろ」
「中身はさきほどのあれを見れば一目瞭然だと思うんだが。……信者どもは認めんか。なにせ、うちの卑劣な手段のせいで敗北を喫した、かわいそうなハルちゃんだ」
「まぁ、言いたいことはわからなくはないけど」

 みささぎ祭の準備期間中も、何度大人げないやり方だと非難されたことか。
 その非難をいけしゃあしゃあと交わし続けていた男は、「なにひとつルールに反してはいないだろう」と言ってから、天を仰いだ。
 空はもうすっかり暗くなっている。

「とはいえ、だ。楓の連中があれをかわいがるのはどうでもいいんだ。寮の内部だけでならな。俺はたしかに寮生委員会の会長だが、それぞれの寮の自治を尊重している」
「俺もそれでいいと思うけど」
「だろう。そうなんだ。あいつらの詰めさえ甘くなければ、それでなんの問題もないんだ。バレなきゃ目を瞑ってやるのに、雑な隠し方をするから」

 頭が痛いという顔を隠さない茅野に、堪えきれず笑ってしまった。寮長のことを公明正大だと信じているだろう下級生には、とてもではないが聞かせられない。
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