パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
117 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅢ ②

しおりを挟む
「わざわざ言われなくても」

 絡んだ視線の先で、ふっと馬鹿にするように本尾が笑った。

「そうさせてもらうつもりだ」

 それ以上の応酬をする義理はなかった。そのまま外に出て屋上に向かう。放課後の学内は、まだそこかしこしに人の気配があった。この分だと、寮に戻っても騒がしいに違いない。
 たった一日しか経っていないのに、真偽を問わない噂が学園中に飛び交っている。そうなるだろうとわかっていたが、それでも聞いていて気分のいいものではなかった。
 
 ――まぁ、ひどくなる一方だろうけどな。

 それもこれも、なにもしなければ、の話だが。向原には、成瀬が積極的に対処するようには思えなかった。
 昔から、そうだ。なんでもない顔で日常を過ごしていれば、どうにでもなると思っている節があの男にはあった。それが気に食わなくて、頼まれてもいないのに代わりに対処したこともある。
 そのことに気がついてもなお、変わらないいつもの調子でほほえんでいるだけだったけれど。


 今だけだから、とかつて成瀬はよく口にしていた。
 この学園の外は、良くも悪くも第二の性に支配された世界だから。だから、せめて、ここにいるあいだくらいは、アルファもベータもオメガも、なにも関係のない世界でありたいのだ、と。
 友人関係を築くのに第二の性を知る必要はないのだから、なんの問題もないはずだ。だから、第二の性のない世界にしたいのだ、と、そう。
 
 そんな世界、あるわけがないだろう。
 否定しなかっただけで、向原はずっとそう思っていた。暇つぶしのゲームにはちょうどいいと考えて、手を貸していたというだけで。
 それだけのつもりだったはずが、「それだけ」でなくなったころ、気がついたことがある。
 あの男の言うところの楽園にがんじがらめになっているのは、ほかでもないあいつ自身だったのだろうな、と。
 すべて、歪ながらも楽園が形成されたあとの話だ。

 ――べつに、どうでもよかったんだけどな、それも。

 たとえそうでも、あいつが納得しているのなら、騙し騙し付き合ってやってもいいと思っていた。どうせ、あと半年だ。
 そう割り切っていたはずだったのに、なにかが切れた。それだけのことだ。それなのに、今ここは揺れている。
 馬鹿らしいと切って捨てるのは簡単だった。こんな世界がいつまでも続くわけがなかったのだから。あたりまえのことだ。
 オメガが、アルファに勝てるわけがない。幼子でも知っている、この世界の摂理だ。


「本当におまえは屋上が好きだな」

 そんなことを呆れたふうに言いながら近づいてきた茅野が、フェンス際にいた向原のとなりで足を止めた。

「生徒会にいなかったら、まずまちがいなくここだ。だから探すのは案外と楽だったんだが。これからは、風紀委員会室も選択肢に入れないと駄目になるのか?」
「どっちにしろ二択なんだ。楽さは変わんねぇだろ」
「それはそうだな」

 あっさりと笑って、茅野が話を変えた。目線は眼下に向いていた。寮に続く道を何人もの生徒が歩いている。

「懐かしいな。……と言っても、そこまで前のことでもないか。ここで榛名の寮室の鍵について話していたのは」
「あぁ」

 あったな、と応じる。たしかに、そんなことがあった。

「依然証拠はないんだがな。というか、まぁ、ここまで来たら出てこないだろうな。学内全域で持ち物検査でもしたら出てくるかもしれんが、現実的じゃない」
「まぁ、そうだろうな」
「そうなんだ。実行した人間の目処が付いても、本人が認めなければ話は進まんし、仮に自分がやったと言ったとしても、水城に頼まれたとは言わんだろうしな」

 じれったそう、というよりは、気疲れした調子だった。そういえば言ってたな、このあいだも。自分のところの寮生を疑うのは忍びないだとか、なんとか。
 仏心を出すつもりはなかったのに、少しばかり気の毒になってしまった。寮長という立場はなかなかに心労が多いらしい。

「おまえが言ってた特進科の一年のうちのひとりだろ。あのベータの」
「なんで知ってるんだ、と聞くのも野暮だな。いや、違う。問題はそこじゃない。名前くらい覚えておいてやれ、同じ寮の後輩だろう。ベータの、じゃない。藤村だ」

 苦言を呈してから、茅野は溜息まじりにこうも続けた。

「悪いやつじゃないんだ。良くも悪くも模範的なタイプの寮生で――。なんでなんだろうな。俺は最初、実行したのはアルファだと思っていた」

 水城の取り巻きのほとんどはアルファで、水城自身もアルファにばかり良い顔を見せている。その交友関係のほとんどはアルファだ。
 だから、茅野がそう考えていたとしても、なんらおかしくはなかった。けれど。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。 幼い日、高校、そして大学。 高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。 運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

処理中です...