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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ ②
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「わざわざ言われなくても」
絡んだ視線の先で、ふっと馬鹿にするように本尾が笑った。
「そうさせてもらうつもりだ」
それ以上の応酬をする義理はなかった。そのまま外に出て屋上に向かう。放課後の学内は、まだそこかしこしに人の気配があった。この分だと、寮に戻っても騒がしいに違いない。
たった一日しか経っていないのに、真偽を問わない噂が学園中に飛び交っている。そうなるだろうとわかっていたが、それでも聞いていて気分のいいものではなかった。
――まぁ、ひどくなる一方だろうけどな。
それもこれも、なにもしなければ、の話だが。向原には、成瀬が積極的に対処するようには思えなかった。
昔から、そうだ。なんでもない顔で日常を過ごしていれば、どうにでもなると思っている節があの男にはあった。それが気に食わなくて、頼まれてもいないのに代わりに対処したこともある。
そのことに気がついてもなお、変わらないいつもの調子でほほえんでいるだけだったけれど。
今だけだから、とかつて成瀬はよく口にしていた。
この学園の外は、良くも悪くも第二の性に支配された世界だから。だから、せめて、ここにいるあいだくらいは、アルファもベータもオメガも、なにも関係のない世界でありたいのだ、と。
友人関係を築くのに第二の性を知る必要はないのだから、なんの問題もないはずだ。だから、第二の性のない世界にしたいのだ、と、そう。
そんな世界、あるわけがないだろう。
否定しなかっただけで、向原はずっとそう思っていた。暇つぶしのゲームにはちょうどいいと考えて、手を貸していたというだけで。
それだけのつもりだったはずが、「それだけ」でなくなったころ、気がついたことがある。
あの男の言うところの楽園にがんじがらめになっているのは、ほかでもないあいつ自身だったのだろうな、と。
すべて、歪ながらも楽園が形成されたあとの話だ。
――べつに、どうでもよかったんだけどな、それも。
たとえそうでも、あいつが納得しているのなら、騙し騙し付き合ってやってもいいと思っていた。どうせ、あと半年だ。
そう割り切っていたはずだったのに、なにかが切れた。それだけのことだ。それなのに、今ここは揺れている。
馬鹿らしいと切って捨てるのは簡単だった。こんな世界がいつまでも続くわけがなかったのだから。あたりまえのことだ。
オメガが、アルファに勝てるわけがない。幼子でも知っている、この世界の摂理だ。
「本当におまえは屋上が好きだな」
そんなことを呆れたふうに言いながら近づいてきた茅野が、フェンス際にいた向原のとなりで足を止めた。
「生徒会にいなかったら、まずまちがいなくここだ。だから探すのは案外と楽だったんだが。これからは、風紀委員会室も選択肢に入れないと駄目になるのか?」
「どっちにしろ二択なんだ。楽さは変わんねぇだろ」
「それはそうだな」
あっさりと笑って、茅野が話を変えた。目線は眼下に向いていた。寮に続く道を何人もの生徒が歩いている。
「懐かしいな。……と言っても、そこまで前のことでもないか。ここで榛名の寮室の鍵について話していたのは」
「あぁ」
あったな、と応じる。たしかに、そんなことがあった。
「依然証拠はないんだがな。というか、まぁ、ここまで来たら出てこないだろうな。学内全域で持ち物検査でもしたら出てくるかもしれんが、現実的じゃない」
「まぁ、そうだろうな」
「そうなんだ。実行した人間の目処が付いても、本人が認めなければ話は進まんし、仮に自分がやったと言ったとしても、水城に頼まれたとは言わんだろうしな」
じれったそう、というよりは、気疲れした調子だった。そういえば言ってたな、このあいだも。自分のところの寮生を疑うのは忍びないだとか、なんとか。
仏心を出すつもりはなかったのに、少しばかり気の毒になってしまった。寮長という立場はなかなかに心労が多いらしい。
「おまえが言ってた特進科の一年のうちのひとりだろ。あのベータの」
「なんで知ってるんだ、と聞くのも野暮だな。いや、違う。問題はそこじゃない。名前くらい覚えておいてやれ、同じ寮の後輩だろう。ベータの、じゃない。藤村だ」
苦言を呈してから、茅野は溜息まじりにこうも続けた。
「悪いやつじゃないんだ。良くも悪くも模範的なタイプの寮生で――。なんでなんだろうな。俺は最初、実行したのはアルファだと思っていた」
水城の取り巻きのほとんどはアルファで、水城自身もアルファにばかり良い顔を見せている。その交友関係のほとんどはアルファだ。
だから、茅野がそう考えていたとしても、なんらおかしくはなかった。けれど。
絡んだ視線の先で、ふっと馬鹿にするように本尾が笑った。
「そうさせてもらうつもりだ」
それ以上の応酬をする義理はなかった。そのまま外に出て屋上に向かう。放課後の学内は、まだそこかしこしに人の気配があった。この分だと、寮に戻っても騒がしいに違いない。
たった一日しか経っていないのに、真偽を問わない噂が学園中に飛び交っている。そうなるだろうとわかっていたが、それでも聞いていて気分のいいものではなかった。
――まぁ、ひどくなる一方だろうけどな。
それもこれも、なにもしなければ、の話だが。向原には、成瀬が積極的に対処するようには思えなかった。
昔から、そうだ。なんでもない顔で日常を過ごしていれば、どうにでもなると思っている節があの男にはあった。それが気に食わなくて、頼まれてもいないのに代わりに対処したこともある。
そのことに気がついてもなお、変わらないいつもの調子でほほえんでいるだけだったけれど。
今だけだから、とかつて成瀬はよく口にしていた。
この学園の外は、良くも悪くも第二の性に支配された世界だから。だから、せめて、ここにいるあいだくらいは、アルファもベータもオメガも、なにも関係のない世界でありたいのだ、と。
友人関係を築くのに第二の性を知る必要はないのだから、なんの問題もないはずだ。だから、第二の性のない世界にしたいのだ、と、そう。
そんな世界、あるわけがないだろう。
否定しなかっただけで、向原はずっとそう思っていた。暇つぶしのゲームにはちょうどいいと考えて、手を貸していたというだけで。
それだけのつもりだったはずが、「それだけ」でなくなったころ、気がついたことがある。
あの男の言うところの楽園にがんじがらめになっているのは、ほかでもないあいつ自身だったのだろうな、と。
すべて、歪ながらも楽園が形成されたあとの話だ。
――べつに、どうでもよかったんだけどな、それも。
たとえそうでも、あいつが納得しているのなら、騙し騙し付き合ってやってもいいと思っていた。どうせ、あと半年だ。
そう割り切っていたはずだったのに、なにかが切れた。それだけのことだ。それなのに、今ここは揺れている。
馬鹿らしいと切って捨てるのは簡単だった。こんな世界がいつまでも続くわけがなかったのだから。あたりまえのことだ。
オメガが、アルファに勝てるわけがない。幼子でも知っている、この世界の摂理だ。
「本当におまえは屋上が好きだな」
そんなことを呆れたふうに言いながら近づいてきた茅野が、フェンス際にいた向原のとなりで足を止めた。
「生徒会にいなかったら、まずまちがいなくここだ。だから探すのは案外と楽だったんだが。これからは、風紀委員会室も選択肢に入れないと駄目になるのか?」
「どっちにしろ二択なんだ。楽さは変わんねぇだろ」
「それはそうだな」
あっさりと笑って、茅野が話を変えた。目線は眼下に向いていた。寮に続く道を何人もの生徒が歩いている。
「懐かしいな。……と言っても、そこまで前のことでもないか。ここで榛名の寮室の鍵について話していたのは」
「あぁ」
あったな、と応じる。たしかに、そんなことがあった。
「依然証拠はないんだがな。というか、まぁ、ここまで来たら出てこないだろうな。学内全域で持ち物検査でもしたら出てくるかもしれんが、現実的じゃない」
「まぁ、そうだろうな」
「そうなんだ。実行した人間の目処が付いても、本人が認めなければ話は進まんし、仮に自分がやったと言ったとしても、水城に頼まれたとは言わんだろうしな」
じれったそう、というよりは、気疲れした調子だった。そういえば言ってたな、このあいだも。自分のところの寮生を疑うのは忍びないだとか、なんとか。
仏心を出すつもりはなかったのに、少しばかり気の毒になってしまった。寮長という立場はなかなかに心労が多いらしい。
「おまえが言ってた特進科の一年のうちのひとりだろ。あのベータの」
「なんで知ってるんだ、と聞くのも野暮だな。いや、違う。問題はそこじゃない。名前くらい覚えておいてやれ、同じ寮の後輩だろう。ベータの、じゃない。藤村だ」
苦言を呈してから、茅野は溜息まじりにこうも続けた。
「悪いやつじゃないんだ。良くも悪くも模範的なタイプの寮生で――。なんでなんだろうな。俺は最初、実行したのはアルファだと思っていた」
水城の取り巻きのほとんどはアルファで、水城自身もアルファにばかり良い顔を見せている。その交友関係のほとんどはアルファだ。
だから、茅野がそう考えていたとしても、なんらおかしくはなかった。けれど。
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