パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅢ ③

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「オメガは、せめて自分がベータだったらって言うだろ」
「ん? あぁ、まぁ、そうだな。ヒートさえなければ楽だろうからな」
「ベータのなかには、アルファじゃなくても、せめてオメガだったらって言うやつもいる」

 意図をつかみ損ねたのか、茅野が首をひねった。「それがどうかしたのか?」

「そういうやつは、アルファとオメガの絆ってやつに夢を見てることが多いんだと。アルファには到底なれない。だからオメガに自分を重ねるんだ。到底なれないアルファに選ばれて、大切にされる存在だからな」

 一般論だけどな、と言って、向原は皮肉るように笑った。
 他人に自分を重ね合わせること自体がナンセンスだと思う。けれど、そういった思考の人間が一定数いることは知っていた。自分に価値を置かない人間の操りやすさも。

「水城の信奉者らしいぞ。楓寮の一年が言うには、春先に最初に声をかけたのは水城だったらしい。まぁ、今となっては水城の犬だっていうのが共通認識らしいけどな」
「水城の取り巻きのアルファのあいだでは、の話だろう、それは」

 当人はまだ「親しい友人」のままのつもりなのだろう、というように眉根を寄せたまま、茅野の指先が手すりを叩いた。
 この男にかかれば、自分の寮の生徒は一様にかわいいらしいから不思議だ。

「犬だというなら、飼い主は正しいしつけをしてほしいものだな。飼い主の欲しがるものを代わりに盗んできて、グッドボーイか。冗談じゃない」
「正しいつもりなんだろ」

 自分が大切だとするものをほいほい増やして、目いっぱい腕を伸ばそうとするあたりの感覚が、成瀬と茅野は似ていると思うことがある。だから、連携が正常にいっているのだろうが。
 それをさておいても、向原はずっとひとつに絞ればいいと思っていた。自分の首を絞める前に。案の定だ。

「まぁ、そいつも本物の犬じゃねぇんだ。まともな判断を下せてない時点で同罪だと思うけどな、俺は」
「これは前にも言ったんだが」

 やるせなさそうな表情のまま、茅野が吐き出した。

「まぁ、言った相手は成瀬なんだが。俺には、水城のどこがいいのか、よくわからん」
「だろうな」

 茅野にはきっと共感はできないだろう。そういう男だ。たとえ理解はできたとしても。

「藤村にしても、自分が利用されていることくらいわかるだろうに。それでも言うことを聞くのか。アルファがオメガのフェロモンに惑わされるというのなら、百歩譲って理解できる。が、オメガへの憧れときたか。悩んでいるオメガからしたら、信じられない心情だろうな」
「今の自分に満足できてねぇから、そうなるんだろ。そいつにしても、水城にしても」

 第二の性に過剰にとらわれる人間は往々にしてそうだ、と向原は思っている。満足していないから不必要なまでに他人の目を気にするし、隠そうとするのだ。

「貪欲だよな」
 
 言葉にすると、あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑えてきてしまった。

「自分に与えられた領分で満足してりゃいいのに、満足できねぇで、化けの皮を被る。それで自分で自分の首を絞めてるんだ。ただの馬鹿だ」
「いやに饒舌だが、誰のことだ、いったい」
「一年の話だって言ってるだろうが」

 嫌味をいなして、「それで」と向原は水を向け直した。なにもなければ、こんなところまで自分を探しに来るはずがない。
 とりわけ、今日は。

「なんの用だよ」

 わずかにためらうような間のあとで、茅野が口火を切った。その視線はずっと眼下に注がれている。

「今朝、成瀬と風紀委員会室まで行っていたんだ。まぁ、なんだ。今後のためにも、第二の性にかかわる事項の取り扱いを確認しましょう、というきれいな話し合いだったんだが」
「ごり押ししてきたんじゃなかったのか?」
「人聞きの悪いことを言うな。ごり押しはしてない。というか、あいつが気に食わないことを大人しくごり押されるガラか」

 それはそうだろうが、お互い様でもあるだろうとも思う。まぁ、おもしろいものを見れたから、とも笑っていたが。
 それは告げないまま、向原は先を促した。

「それで?」
「あぁ、まぁ、そうだな。それで、――そのときに本尾が言っていたんだ。昨日の夜、うちの寮から複数のオメガのフェロモンがしていたらしいな、と」
「……」
「隠せると思っていたわけでもないし、一年か二年のあいだから漏れるだろうとは思っていた。広がるだろうとも覚悟していた。秘密なんてそう隠し通せるものじゃない。鼻が利くアルファはなにもおまえだけじゃないしな。ただ、早すぎる」

 そこでようやく視線が合った。

「おまえか?」
「だったら?」

 沈黙を破ったのは茅野だった。納得したというよりは諦めたというほうが正しそうな態度だったが。溜息まじりに頷いて、また眼下を見下ろす。

「違うなら、いい」

 なら、聞くなよ、と言う代わりに、向原も階下に目を向けた。いっそのことすべてを諦めて投げ出してしまえば楽だろうに、と何度も思った。
 他人事だが、他人事だからこそ、よく見えるのだ。今のままではここはもたない。
 茅野が言ったとおりだ。秘密は隠し通せるものではない。完全な人間だとありえない。いつか、崩れる。そのことを、向原は知っている。
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