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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ ④
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「それと、もうひとつ聞いておきたいんだが」
「なんだよ、まだあるのか」
飽き飽きとした声にもめげることなく、茅野が問い重ねてくる。あくまでも、淡々とした調子を崩さないまま。
「あいつは、俺たちとは違うのか」
「なんでそう思うんだ?」
同じように淡々と問い返すと、また少し間が空いた。けれど、一瞬だった。茅野は変えないことを選んだ。変わらない態度で肩をすくめる。
「もしそうだったら、案外と単純な話に落ち着くのではないかと思ってな」
単純。――単純、か。
「アルファとオメガだったら、俺とあいつがまとまるって? ないだろ」
吐き捨てて、向原はフェンスの金網を指先で叩いた。鈍い振動が伝わってくる。そんなこと、ありえるはずがない。
「ないのか」
「ないに決まってんだろ。そもそもとして、あいつの第二の性は『アルファ』だぞ。気になるならIDでもなんでも見てみたらいい」
この国の人間が持つ公的な身分証には、第二の性も記載されている。前に一度見たことがあるが、たしかにそうなっていた。
どんな法外な手段を使ったかは知らないが、つまり、あの男は、書類の上では「アルファ」なのだ。
「……まぁ、おまえが言うなら、そうなんだろうな」
そう頷いてみせてから、茅野が呆れたふうに笑った。
「本当におまえは、成瀬には甘いな。まぁ、それも昔からか」
それもまた、何度も言われてきた台詞だった。茅野に、あるいは篠原に。そんなことはないだろう、といちいち否定を重ねることも、面倒になるくらいに。
「そこは少し安心した」
返事がないことにも気にするそぶりは見せないまま、「それと」と茅野は言葉を続けた。
「まぁ、おまえが思っていたよりも俺を信用していたらしい事実を知ることができて、いい収穫だった」
「はぁ?」
「照れなくてもいいだろう。おまえの代わりをしてやるつもりはいっさいないが、できることはしてやるつもりでいる」
だから安心しろ、とあっけらかんと請け負われて、向原は溜息を吐くことで応じた。茅野は成瀬の側につくだろうと踏んでいたことは事実だ。
けれど、それだけで、べつに安心させてほしかったわけではない。
「それと、最低限夜はきっちり帰って来いよ。これは寮長としてだからな」
「……わかった、わかった」
「本当にわかったのなら返事は一回にしろ、子どもか。あのな、おまえと成瀬が喧嘩をするのは個人間のことだから、必要以上にどうのこうのとは言わんがな。寮則は守れよと言っているんだ。当然だろう」
きっぱりと言い切られて、しかたなくもう一度頷く。この手の話になると茅野が折れることはまずないのだ。
わかったのならいい、と満足そうにしていた茅野が、再び問いかけてきた。まだ尋ねたいことが残っていたらしい。
「そういえば、向原」
「なんなんだ、今度は」
「おまえは、ずっと成瀬が歩きやすいに道をつくっていただろう」
黙ったまま、向原は煙草を一本引き抜いた。
「……寮以外でも禁煙したらどうなんだ、いいかげんに」
「寮で吸ってねぇだけありがたく思えよ」
既視感のあるやりとりを鼻で笑って、火をつける。ヘビースモーカーのつもりはない。ただ、なんとなく吸いたくなるときがあるだけだ。
空にたゆたっていく紫煙を呆れた顔で追っていた茅野が話を戻した。
「さっきの話だが。あの言い方だと語弊はあるが、少なくとも本尾はそう感じていたとは思うぞ」
「だろうな」
「成瀬も、まぁ、思っていたとは思うが」
たとえそうだとしても、と向原は考えていた。これからも、あいつは自分がやりたいようにしか動かないだろう。自分がいようが、いまいが、動きやすかろうが、にくかろうが。そういう男だと知っている。
「それもやめるのか」
「いまさらだろ」
窺うようだった問いかけを一蹴して、吸いさしをくわえる。いまさら、という言葉以上に正しいものはないようにも思えた。
現状も、自分たちの関係も、なにもかもが。
もう十分すぎるくらい、思い知った。この数年の間で。期待して、失望して、それでもとやはりと期待して、裏切られて。もうたくさんだった。このままでは、なにも変わらない。変わりようがない。
そうわかったから、動いたのだ。誰のためだと問われたら、まちがいなく自分のためだと向原は答える。
これは、自分のためのものだ。
「言ったからな。今日はちゃんと寮で過ごせよ」
最後にそうとだけ言って、茅野は今度こそ屋上を出て行った。扉の閉まる音と、階段を下っていく音。それらが遠ざかっていくのを聞きながら、灰を叩く。
本当に、うんざりだった。この学園の平和とやらも、そうして、この、くだらないお友達ごっこにも。
「なんだよ、まだあるのか」
飽き飽きとした声にもめげることなく、茅野が問い重ねてくる。あくまでも、淡々とした調子を崩さないまま。
「あいつは、俺たちとは違うのか」
「なんでそう思うんだ?」
同じように淡々と問い返すと、また少し間が空いた。けれど、一瞬だった。茅野は変えないことを選んだ。変わらない態度で肩をすくめる。
「もしそうだったら、案外と単純な話に落ち着くのではないかと思ってな」
単純。――単純、か。
「アルファとオメガだったら、俺とあいつがまとまるって? ないだろ」
吐き捨てて、向原はフェンスの金網を指先で叩いた。鈍い振動が伝わってくる。そんなこと、ありえるはずがない。
「ないのか」
「ないに決まってんだろ。そもそもとして、あいつの第二の性は『アルファ』だぞ。気になるならIDでもなんでも見てみたらいい」
この国の人間が持つ公的な身分証には、第二の性も記載されている。前に一度見たことがあるが、たしかにそうなっていた。
どんな法外な手段を使ったかは知らないが、つまり、あの男は、書類の上では「アルファ」なのだ。
「……まぁ、おまえが言うなら、そうなんだろうな」
そう頷いてみせてから、茅野が呆れたふうに笑った。
「本当におまえは、成瀬には甘いな。まぁ、それも昔からか」
それもまた、何度も言われてきた台詞だった。茅野に、あるいは篠原に。そんなことはないだろう、といちいち否定を重ねることも、面倒になるくらいに。
「そこは少し安心した」
返事がないことにも気にするそぶりは見せないまま、「それと」と茅野は言葉を続けた。
「まぁ、おまえが思っていたよりも俺を信用していたらしい事実を知ることができて、いい収穫だった」
「はぁ?」
「照れなくてもいいだろう。おまえの代わりをしてやるつもりはいっさいないが、できることはしてやるつもりでいる」
だから安心しろ、とあっけらかんと請け負われて、向原は溜息を吐くことで応じた。茅野は成瀬の側につくだろうと踏んでいたことは事実だ。
けれど、それだけで、べつに安心させてほしかったわけではない。
「それと、最低限夜はきっちり帰って来いよ。これは寮長としてだからな」
「……わかった、わかった」
「本当にわかったのなら返事は一回にしろ、子どもか。あのな、おまえと成瀬が喧嘩をするのは個人間のことだから、必要以上にどうのこうのとは言わんがな。寮則は守れよと言っているんだ。当然だろう」
きっぱりと言い切られて、しかたなくもう一度頷く。この手の話になると茅野が折れることはまずないのだ。
わかったのならいい、と満足そうにしていた茅野が、再び問いかけてきた。まだ尋ねたいことが残っていたらしい。
「そういえば、向原」
「なんなんだ、今度は」
「おまえは、ずっと成瀬が歩きやすいに道をつくっていただろう」
黙ったまま、向原は煙草を一本引き抜いた。
「……寮以外でも禁煙したらどうなんだ、いいかげんに」
「寮で吸ってねぇだけありがたく思えよ」
既視感のあるやりとりを鼻で笑って、火をつける。ヘビースモーカーのつもりはない。ただ、なんとなく吸いたくなるときがあるだけだ。
空にたゆたっていく紫煙を呆れた顔で追っていた茅野が話を戻した。
「さっきの話だが。あの言い方だと語弊はあるが、少なくとも本尾はそう感じていたとは思うぞ」
「だろうな」
「成瀬も、まぁ、思っていたとは思うが」
たとえそうだとしても、と向原は考えていた。これからも、あいつは自分がやりたいようにしか動かないだろう。自分がいようが、いまいが、動きやすかろうが、にくかろうが。そういう男だと知っている。
「それもやめるのか」
「いまさらだろ」
窺うようだった問いかけを一蹴して、吸いさしをくわえる。いまさら、という言葉以上に正しいものはないようにも思えた。
現状も、自分たちの関係も、なにもかもが。
もう十分すぎるくらい、思い知った。この数年の間で。期待して、失望して、それでもとやはりと期待して、裏切られて。もうたくさんだった。このままでは、なにも変わらない。変わりようがない。
そうわかったから、動いたのだ。誰のためだと問われたら、まちがいなく自分のためだと向原は答える。
これは、自分のためのものだ。
「言ったからな。今日はちゃんと寮で過ごせよ」
最後にそうとだけ言って、茅野は今度こそ屋上を出て行った。扉の閉まる音と、階段を下っていく音。それらが遠ざかっていくのを聞きながら、灰を叩く。
本当に、うんざりだった。この学園の平和とやらも、そうして、この、くだらないお友達ごっこにも。
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