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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅤ ④
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「俺は、あいつがあんなふうに動くなんて知らなかった。誰かを大事にしようとするなんて思ってもなかったし。……まぁ、そもそもで言うなら、あいつと今みたいに喋れる日が来るとも思ってなかったわけだけど」
懐かしそうな苦笑まじりの声はどこかやわらかい。それなのに、続くだろう台詞が容易に予想がついたせいか、妙にささくれた気分だった。
「あいつのことを心配するようになるなんて、本当に想像もしてなかったし。でも、どれも悪くないって思ってる。だから、なぁ、成瀬」
「なんだよ」
それでも苛立ちはにじませなかった。もはやただの意地だと自分でもわかっていたけれど。
人がひとりいなくなったくらいで、自分を変えたくはなかったのだ。一度でも許せば、ぐずぐずに崩れてしまいそうだった。
「あいつは、おまえのこと大事にしてると思うし、大事だと思ってると思う。……その、なんだ。変な意味じゃなくて」
なんだよ、変な意味って。揶揄してやりたい感情を呑み込んで、ただ淡々と成瀬は応じた。
「どうしようもないだろ」
はじめに言ったとおりで、向原は簡単に意見を変えはしない。篠原もわかっているはずだ。自分よりも昔から知っているというのなら、なおさら。
「だから、まぁ、こっちはこっちで、やるべきことを進めないと。補選の準備もあるし」
仕事の話を持ち出して、いつもの調子でほほえむ。
言っても無駄だと悟ったのか、時間を置こうとしただけかは知らないが、それ以上の追求はなかった。
「……ま、そうだな。この時期だ。三年から出すのもあれだし、二年か、いっそのこと一年からでもいいだろ」
溜息まじりだったわりには、篠原はあっさりと案を出してきた。考えてはいたのだろう。
一年生という提案に、「そうだな」と成瀬はひとりごちた。浮かんでいる顔は同じものにちがいない。昔からよく知る、年下の幼馴染み。篠原も、皓太が陵学園に入ってくる前からかわいがってくれているのだ。
――まぁ、実際、皓太なら、なんの問題もないんだろうけど。
能力的にも人格的にも妥当だと思うし、中等部での実務経験もあるから、途中からの参入でも問題なくこなすことはできるだろうと思う。
精神的な負荷を増やしてしまいそうで、申し訳ないとは思うのだが。それも――。
「っつか皓太でいいだろ。わかりやすくおまえの後継って感じで。ちょうどいい。一回聞いてみろよ」
「そうだな。本人次第だから、聞いてみないとわからないけど。受けてくれるんじゃないかな」
「だったら俺はありがたいけど、そうなの? あいつ、前にちらっと俺が言ったとき、めちゃくちゃ嫌そうだったぞ」
「うん、状況も違うし。皓太がやりたいやりたくないじゃなくて、受けたほうがここが落ち着くなら」
受けてくれるんじゃないかな、と成瀬は静かに繰り返した。
一年後、二年後の、この学園の「今」を維持するために必要ならば。行人が少しでも穏やかに過ごせる状態を維持するためならば。
本心はやりたくはなくても、今の皓太なら受けるのではないかと思う。
大方を察したらしい篠原が「あぁ」と苦笑をこぼした。
「そういや、榛名に告白したんだっけ。つがいになったとか、なんとか。うちの寮の一年がそんなこと言ってたな」
「うん。そうらしいよ」
「こういう言い方はあれかもしんねぇけど、よかったな。無難なところにおさまって。皓太もこれで言い寄られなくなってすっとするだろ」
面倒くさいという愚痴を聞いた覚えは、幾度となくあった。「かもな」と小さく笑って、事務作業に手を戻す。
「それに榛名も安心できたんじゃねぇの? あんな優良物件、そうそういないだろ」
「……うん」
いつだったか、自分も行人に言ったことだ。皓太なら大丈夫の一言で押し通した。結果的にまちがったことをしたとは思っていない。ひどい対応だったとは思っているけれど。あの子と違って、随分と不誠実だった、と。
――だから、嫌いになってくれたらいいのに。行人にしても、あいつにしても。
自分ができた人間でもなんでもないことは、少なくとも十分にあいつは知っているはずなのに。
自分がかぶっているのは、篠原が言ったように「そうそういない優良物件」だった年下の幼馴染みを模した、アルファの皮でしかない。
似ていると言われるのは、だからあたりまえなのだ。良くも悪くもアルファらしい傲慢さのない、まっとうな存在。
そうなりたくて成瀬は自分を律してきたし、昔から近くにいた幼馴染みは、自分の思想の影響を強く受けている。そうして、弟が兄の後を追って成長したと称されるような人柄ができあがっていった。
実際は、まったくの逆であるのだから、おかしな話だとも思っているけれど。
懐かしそうな苦笑まじりの声はどこかやわらかい。それなのに、続くだろう台詞が容易に予想がついたせいか、妙にささくれた気分だった。
「あいつのことを心配するようになるなんて、本当に想像もしてなかったし。でも、どれも悪くないって思ってる。だから、なぁ、成瀬」
「なんだよ」
それでも苛立ちはにじませなかった。もはやただの意地だと自分でもわかっていたけれど。
人がひとりいなくなったくらいで、自分を変えたくはなかったのだ。一度でも許せば、ぐずぐずに崩れてしまいそうだった。
「あいつは、おまえのこと大事にしてると思うし、大事だと思ってると思う。……その、なんだ。変な意味じゃなくて」
なんだよ、変な意味って。揶揄してやりたい感情を呑み込んで、ただ淡々と成瀬は応じた。
「どうしようもないだろ」
はじめに言ったとおりで、向原は簡単に意見を変えはしない。篠原もわかっているはずだ。自分よりも昔から知っているというのなら、なおさら。
「だから、まぁ、こっちはこっちで、やるべきことを進めないと。補選の準備もあるし」
仕事の話を持ち出して、いつもの調子でほほえむ。
言っても無駄だと悟ったのか、時間を置こうとしただけかは知らないが、それ以上の追求はなかった。
「……ま、そうだな。この時期だ。三年から出すのもあれだし、二年か、いっそのこと一年からでもいいだろ」
溜息まじりだったわりには、篠原はあっさりと案を出してきた。考えてはいたのだろう。
一年生という提案に、「そうだな」と成瀬はひとりごちた。浮かんでいる顔は同じものにちがいない。昔からよく知る、年下の幼馴染み。篠原も、皓太が陵学園に入ってくる前からかわいがってくれているのだ。
――まぁ、実際、皓太なら、なんの問題もないんだろうけど。
能力的にも人格的にも妥当だと思うし、中等部での実務経験もあるから、途中からの参入でも問題なくこなすことはできるだろうと思う。
精神的な負荷を増やしてしまいそうで、申し訳ないとは思うのだが。それも――。
「っつか皓太でいいだろ。わかりやすくおまえの後継って感じで。ちょうどいい。一回聞いてみろよ」
「そうだな。本人次第だから、聞いてみないとわからないけど。受けてくれるんじゃないかな」
「だったら俺はありがたいけど、そうなの? あいつ、前にちらっと俺が言ったとき、めちゃくちゃ嫌そうだったぞ」
「うん、状況も違うし。皓太がやりたいやりたくないじゃなくて、受けたほうがここが落ち着くなら」
受けてくれるんじゃないかな、と成瀬は静かに繰り返した。
一年後、二年後の、この学園の「今」を維持するために必要ならば。行人が少しでも穏やかに過ごせる状態を維持するためならば。
本心はやりたくはなくても、今の皓太なら受けるのではないかと思う。
大方を察したらしい篠原が「あぁ」と苦笑をこぼした。
「そういや、榛名に告白したんだっけ。つがいになったとか、なんとか。うちの寮の一年がそんなこと言ってたな」
「うん。そうらしいよ」
「こういう言い方はあれかもしんねぇけど、よかったな。無難なところにおさまって。皓太もこれで言い寄られなくなってすっとするだろ」
面倒くさいという愚痴を聞いた覚えは、幾度となくあった。「かもな」と小さく笑って、事務作業に手を戻す。
「それに榛名も安心できたんじゃねぇの? あんな優良物件、そうそういないだろ」
「……うん」
いつだったか、自分も行人に言ったことだ。皓太なら大丈夫の一言で押し通した。結果的にまちがったことをしたとは思っていない。ひどい対応だったとは思っているけれど。あの子と違って、随分と不誠実だった、と。
――だから、嫌いになってくれたらいいのに。行人にしても、あいつにしても。
自分ができた人間でもなんでもないことは、少なくとも十分にあいつは知っているはずなのに。
自分がかぶっているのは、篠原が言ったように「そうそういない優良物件」だった年下の幼馴染みを模した、アルファの皮でしかない。
似ていると言われるのは、だからあたりまえなのだ。良くも悪くもアルファらしい傲慢さのない、まっとうな存在。
そうなりたくて成瀬は自分を律してきたし、昔から近くにいた幼馴染みは、自分の思想の影響を強く受けている。そうして、弟が兄の後を追って成長したと称されるような人柄ができあがっていった。
実際は、まったくの逆であるのだから、おかしな話だとも思っているけれど。
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