パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
129 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅤ ⑤

しおりを挟む
 幼かった当時、成瀬の身近にいたアルファのなかで一番「まとも」だったのは、あの幼馴染みだった。
 両親のような高慢さを持たない、公平で優しく、それでいてアルファだと判断される空気も持っていた、年下の少年。
 アルファとして生きていくための、最良の参考材料だった。持って生まれた自分の性格と大きく乖離していなかったことも幸いして、真似ることは苦痛ではなかった。難しくもなかった。けれど、――だから。
 この学園の生徒たちが「会長」と崇めている自分は、紛い物だ。そうあるべきは、自分ではなかった。

 だから、行人が好きなのも、あいつが好きなのも、俺だとしても、俺じゃない。

 あたりまえのことを、あたりまえに言い聞かす。あたりまえなのに、なんでいまさらになって、こんなふうに思ってしまうのか。自分でもわからなかった。
 あと一年もないのに。そのあいだ、アルファの生徒会長を演じきれば、それでひとつ区切りがつくのに。
 そうすれば、また少し変わる。そうしていつか、ここであったことも、――箱のなかの楽園だと思って大切にしていた記憶も、すべて呑み込んでなかったことになっていく。そうなっていくはずだった。
 それなのに、いつからかおかしくなりかけてしまっていた。

 ――あなたが、私の自慢のアルファであるうちは、私は協力も努力も惜しまないわ。

 あなたがアルファであることは、あなた自身を守るための最善の策なのよ、という台詞は、幼いころから幾度となく刷り込まれてきたものだった。
 それを最後に面と向かって言われたのは、この学園に入学する前夜だった。そういうのを洗脳って言うんだよ、と呆れた顔で向原に指摘されたこともあるが、すべてが間違っているとはそれでも思えなかった。
 どうかと思うところはいくらでもある。けれど、あの人が言ったように、自分がアルファでさえあれば、うまく回る物事というものも、いくらでもあったのだ。

 ――だから、もし、アルファでいることができなくなったのなら、覚悟を決めるしかないわ。あなたにできるのは、そこまでよ。

 ずっと距離を置いていたはずの記憶ばかりがよみがえって、成瀬はそっと息を吐いた。
 認めたくはないが、相当やられている。こんなことくらいで、感情をコントロールできなくなる自分なんて、自分じゃない。
 ずっとそうやってひとりで生きてきたのだ。今までだって、一度だって、誰かを頼ったことはない。そう思っていたかった。

「今日にでも、皓太には話してみる」

 顔を上げて、いつものとおりにほほえむ。できることはそのくらいしかなかった。

「了解。おまえが言うとおり、受けてくれたら助かるんだけどな」
「たぶん大丈夫じゃないかな。……まぁ、茅野にはちょっと恨まれそうだけど」
「あぁ、あいつ、今、寮生委員か」

 そりゃ気の毒に、と笑っていた篠原が、ふと思いついたようにこう言った。

「補選のついでにさ、補佐ももうちょっと増やさねぇ?」
「あー……、うん。どうかな」

 これ見よがしに積み上がっている書類の山を指差されて、曖昧に頷く。その乗り気でない様子に、「あのなぁ」と篠原が眉を上げた。

「この際だから言っておくけどな。そもそもうちの生徒会が慢性的に人手不足なのは、おまえのえり好みが激しいせいだぞ?」
「でも、規定に反してはないだろ」

 最低限の人数で運営を回していた自覚はあるが、できているのだから問題はないはずだ。

「人数が多くても面倒だし」
「……おまえに憧れて入りたがってたやつらに聞かせてやりてぇよ、その台詞」
「なら、その時代のうちに増やしておいたほうがよかったかな」
「べつに、今も入りたがるやつはいくらでもいるだろ」

 気遣っているかのようなそれに、成瀬は小さく笑った。持ったままになっていた書類に目を通しながら。

「補選の手続きは皓太に話してから始めるつもりだから、適当に帰っていいよ」

 そもそも、こんな時間まで篠原が居残っていることが珍しいのだ。だらだらと喋っていることはあっても、仕事で、となると特に。

「おまえは?」
「もう少ししたら帰る」
「ま、じゃぁ、それくらいまで付き合ってやるよ」

 処理の終わった書類を箱に入れながら、呼びかける。

「篠原。おまえ、向原になんか言われただろ」

 責めたつもりはなかったのだが、バツの悪そうな間があった。

「だから、あいつはおまえのこと大事にしてんだって、本当に」

 半ば諦めた口調で繰り返されて、成瀬は口元だけで笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ずっと憧れていた蓮見馨に勢いで告白してしまう。 するとまさかのOK。夢みたいな日々が始まった……はずだった。 だけど、ある出来事をきっかけに二人の関係はあっけなく終わる。 過去を忘れるために転校した凪は、もう二度と馨と会うことはないと思っていた。 ところが、ひょんなことから再会してしまう。 しかも、久しぶりに会った馨はどこか様子が違っていた。 「今度は、もう離さないから」 「お願いだから、僕にもう近づかないで…」

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。

普通のβだった俺は

りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話 凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。 書き殴り状態なので少しずつ修正するつもりですです…。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

処理中です...