パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンド13 ⑥

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 メリット、という言葉を心のうちで繰り返す。陵学園に入学する前の自分が考えていたことは、だたひとつだった。
 有望なアルファが集う学園でトップを取れば、「本物」になれるような、そんな錯覚を抱いていた。狭い世界しか知らなかったのだ。

「少なくとも、きみが璃子さんと物理的に離れられる」

 予想外だったメリットに視線を上げると、彼が、にこりとほほえんだ。

「その六年のあいだに、きみが変わるような出会いがあればいい。見せかけだけじゃなく、本当の意味で強くなったらいい。そうであれば、戦える」

 戦うって、いったいなにとだよ。覚えた苛立ちを押し込んで、いつもの顔を成瀬は取り繕った。
 その態度にか、彼はまた小さく溜息を吐いてみせた。

「そう思ったから、最終的には太鼓判を押したんだ。それなのに、きみはどうだ」
「……」
「昔の、陵に入学する前のきみも、今と変わらずにこにことしていて、穏やかで優しかった。けれどそれは表面だけで、内心ではこの世界の不条理をひどく憎んでいただろう」
「……まぁ、否定はしませんけど」

 たしかに、あのころの自分はそうだった。
 アルファもオメガも、大嫌いだった。第二の性にすべてを左右される社会の構図も。でも――。

「それが、陵に入って、アルファの子たちと交わっていくなかで、少しずつ変わっていっているように、僕には見えていた。きみが口先だけで唱えていた性善説が、本物に見えるくらいに」
「そうですか」
「そうなんだよ。僕が言わなくても、一番きみがわかっているとは思うけどね。どうだい。アルファは、きみにとって憎いだけの存在ではなかっただろう?」
「そうかもしれないですね」

 否定する代わりに、いかにも大人ぶった返答を成瀬は選んだ。
 あの学園で過ごすうちに心境の変化があったことは事実だ。その変化をなかったことにしようとしたことも。

「アルファも、アルファである前に人間だからねぇ。きみがオメガである前に人間で、彼らと同じく平等であるようにね」
「それはそう思いますよ」
「うん。だから、よかったと思ってたんだ。きみがそういうふうに思えるようになってよかった。だから、行かせてよかったとも思っていた」

 よかったと三度も繰り返してみせてから、芝居がかった仕草で眉を下げる。不憫に思って、案じているかのような表情。
 再び込み上げてきた苛立ちを呑み込んで、ただ静かに頷く。聞き流せばいいだけのことだと言い聞かせながら。
 赤の他人で、オメガではないから、そういうことを言えるのだ。

「そう思っていたのに、また逆戻りだ」
「そうですか」
「僕が言う義理はないとわかってはいるけどね。だから、ただのお節介だ。でもね、祥平くん。あえて聞くよ。きみは、来年、どこでなにをしているつもりなのかな」

 幼い子どもへの進路指導のような調子を、成瀬は内心で笑った。

「言う義理がないなら、答える義理もないでしょう。あなたは俺の保護者でもないし、担任だというわけでもない」
「それは、まぁ、そうなんだけどね」

 きみを見ていると、老婆心として忠告のひとつくらいしたくもなるよ、と彼が苦笑する。
 本当に余計な世話だった。

「だって、きみの人生は、陵を卒業するところがゴールなわけじゃないだろう」

 ――その一年が終わったら、おまえはどうするんだよ。

 向原に似たようなことを尋ねられたとき、おまえとは違うと思ったことを覚えている。
 おまえとは違う。なんでも持っていて、誰からも望まれているおまえとは違う、と、そう。
 自分じゃないから、したり顔でそういったことを言えるのだ、と。

「そこから先に、無限の可能性が広がっている。ちがうかな」
「あなたに会うのは好きではないですが、あそこが異質な箱庭だと再認識できる数少なくない機会なので、嫌いではありません」

 屈託を押し隠して、答えになっていないことを成瀬は言った。

「箱庭?」
「大人のいない、アルファもベータもオメガも関係のない、子どもだけの世界」

 首を傾げた大人に向かって、淡々と言い切る。

「それが、俺がつくった箱庭です」

 ちょうどよく荒れていたあの場所を、正すついでに自分の思うような方向に動かした。
 そうして、つくった。

「きみは、王にでもなってみたかったのか?」
「さぁ」

 試すような問いかけに、成瀬は苦笑を浮かべ返した。

「俺よりすごいはずのアルファを何人も蹴倒して、その上に座るんです。自尊心を満たすには、ちょうどよかったんじゃないですか」
「良くも悪くも、きみはそこまで振り切れていないじゃないか」

 いっそ振り切れていたら楽だったとは思うけどね、とほほえんでから、彼はこう続けた。

「それとも、その世界を提供してあげたい誰かでもいたのかな」
「まさか」

 過った顔を打ち消して、一蹴する。

「俺は、そんなできた人間じゃありませんよ」

 そうだ。だから、これは――。

「ぜんぶ俺のためで、俺の勝手です」

 俺は、あいつとは違う。あの男のような優しさを持つことは、最後までできなかった。俺の優しさなんて、すべて上辺だけだ。

 ――逆に。

 ふいに昔聞いた説教の続きが、頭に思い浮かんだ。
 
 逆に、もしきみが、オメガであることを受け入れることができるときがきたのなら、恋をするべきだ。
 とびきり上等な、きみを愛してくれるアルファにね。
 それがオメガとしての一番の幸せだと、僕は思う。医者としてだけではなく、きみを幼いころから見守っている大人のひとりとして、そう思っている。
 何度でも言う。きみときみのお母さんがしようとしていることは、ひどく無謀で歪なことだよ。自然に逆らうということは、それだけの無理をするということなのだから。
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