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第三部
パーフェクト・ワールド・エンド13 ⑤
しおりを挟む「どうだった? ひさしぶりの下界は」
「感覚を正常に戻すためにも、たまには外に出ないと駄目だと思いましたね」
「そうだろう。良くも悪くも環境は人を変えるからね。閉じこもっているばかりじゃ、救いがない」
診療の延長線といったていで繰り出された世間話に、そうかもしれませんね、とだけ成瀬は相槌を打った。
否定する気もないし、あの学園が異質であることは承知していたからだ。
「そのついでに、ここにも顔を出せばいい。僕ももう少しきみの話は頻繁に聞いておきたいしね」
にこりとほほえむ顔を一瞥してから、適当な理由を選ぶ。
「面倒なんですよね。外で陵の制服を着てると、自意識過剰じゃなく視線を感じるんで」
「それはしかたないよ。その制服で出歩いている子は珍しいから。ただ、まぁ、うちはそういう病院には見えない外観だから、心配する必要はない」
――べつに、そういう心配をしてたわけじゃないんだけどな。
まぁ、そのこともわかった上で言っているだけなのだろうが。その証拠に、それ以上のなにかを言うこともなく、電子カルテに目を向け直している。
「検査の結果を待たないことには正確なことは言えないけど、現段階での僕の所見を言ってもいいかな」
「いらないんですけど、べつに」
「まぁ、まぁ、そんなこと言わずに」
そのあからさまな態度も懐かしいけどね、と苦笑ひとつで受け流して、彼は続けた。
「処方してもらうために必要な話だと割り切って聞きなさい。得意だろう?」
「……」
「きみのそれはね、メンタルの問題だ」
わかってはいたことだった。聞きたくはなかったけれど。
「そうですか」
気のない相槌に、彼が軽く肩をすくめた。
「これも知ってると思うけど。薬を増やしても、きみの求める効果は期待できないよ」
「でも」
「身体に無理が出るだけだ」
一時的には効いている気がするかもしれないけどね、と先手を打たれて、閉口する。それも、わかってはいた。
でも、一時的であったとしても、身体に無理が出たとしても、効果を得ることが今の自分にはなによりも必要なことだった。
「だったら薬の種類を変えろときみは言うだろうから、これも先に言っておくね。多少の変化は見られるかもしれないが、根本的な解決にはなり得ない。僕としてはカウンセリングをお勧めする」
「いりません」
「だよね。そう言うと思った。きみ、カウンセリングを受けるのは、心の弱い人間だと思ってるクチだろう。それね、ひどい偏見だよ。そういう意味では、この国は遅れてるんだ」
笑っていた彼の視線が電子カルテから上がる。
「これもわかってると思うけど、今日のことを含め、結果は璃子さんに伝えるからね」
そうなるだろうとも、わかってはいた。無駄な抵抗だとわかりつつもだんまりを決め込む。降ってきたのは、諭すような声だった。
「あのね、いくらしっかりしていようとも、きみは未成年だ。そういう意味で、僕にはきみのご両親に伝える義務がある」
「だったら」
正論だとわかっていても、面倒だった。
「せめて父にしてくださいよ」
「簡単な話だ。僕はきみのお母上の連絡先しか知らないからね」
「とんだ主治医ですね」
「合理的だと言ってくれないかな。きみのことに関する決定権を持っているのは、璃子さんじゃないか」
認めたくないことを、あっさりと笑いながら突き付けてくる。その諭そうとする顔が、成瀬は昔から好きになれなかった。
「それで、それはね」
辟易とした態度をものともしない調子で、言葉は続く。
「いくつになっても、きみが彼女の支配下から動こうとしないからだよ」
――おまえ、そういうのなんて言うか知ってるか。
思い出したのは、呆れ顔で向原に言われた台詞だった。随分と前のことで、そのときも自分は笑って受け流したけれど。
――毒親。洗脳。どう表現してやってもいいけど、つまりそういうことだな。
そういうこと。自分が独り立ちできていないということ。いつまで経っても、影響下から抜け出せないでいること。
「僕はね、きみが全寮制の学園に通うことは自殺行為だと思っていた。それで、――まぁ、だから、良識のある大人として、止めてあげるべきだとも思っていたんだ。でもね」
「でも、なんですか」
「ひとつだけ、きみにとってのメリットがあるとも思っていたんだ」
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